越える壁の高さ
どうやら父さんたちの矛先はゴルトーさんに向いているらしい。僕たちではもうどうしようもないからね、ゴルトーさんの命運を祈るばかりだ。出来る限りのフォローはしたけど、二人が浮かべている爽やかな笑みが怖い。
話を逸らすわけではないけれど、一つ父さんにお願いをしてみることにする。僕たちがどこまで追いつけているか、模擬戦を申し出てみると快く頷いてくれたよ。
外に出て二年前までよく使っていた、訓練場代わりの広場まで移動して、まずは僕が挑ませてもらうことになった。不満ではあるけど、僕とアリーチェを一瞥した父さんが言うには、初めに僕と模擬戦をして体を温めるとのことで。そりゃあね、アリーチェと比べると劣るのは自覚してるけどさ。その油断を後悔しないといいね、父さん?
「……レナみたいな笑み浮かべるな?」
「――ッ!? 魅力的だった!?」
「ッ! あ、ああ。そうだな!」
妖精が騒めいてね。見学している母さんを横目に見ながら、急いで発言の方向性を修正したよ。
父さんも失言に気づいて乗ってくれたお陰で、妖精も落ち着いてくれたようだ。準備しておいた椅子に座っている母さんは、淑やかな笑顔を保っているのに、伝わってくるのは『次はないからね』という強迫じみた感情だった。
父さんと対峙してグラディウスを抜き、身体強化を使って準備を整える。
右足で踏み込み、一気に加速して横薙ぎを放つも、難なく弾かれて腕が僅かに浮いてしまう。
分かりやすい隙を作って見せた。父さんは当たり前のようにそれを見逃さず、体のひねりを使って剣を振るってくる。普通であれば受けとめるのが間に合わずここで終わりとなる場面。故にこそ虚をつくための絶好のタイミングでもあるんだよ。
『向上』を使って振り下ろす速度を上げる。かつて見た、前後から斬り掛かった僕とアリーチェを同時に防いだ気持ち悪い動きの再現だ。不自然に加速した剣が縦に線を描き、父さんの横薙ぎを打ち叩くッ!
ガキイイイイイイイイィィィンッ!!
「なっ……」
驚きで一瞬でも動きが止まってくれればよかったのだけれどね。そうなる事は無かったよ。
弾かれた勢いを利用して、軸足を使って回転して斬り掛かってくる。その速度が異様に早いのは、父さんもまた『向上』を使い始めたからだ。
徐々に高速化していく剣戟だけど、こうなると不利なのは僕の方だ。単純に技量が追い付いていないせいで、もたついてきている。どうにか防いだ袈裟切りを最後に、グラディウスに器用に剣を絡めて巻き上げられてしまった。
「……むう、負けたー!」
「いや驚いたな。強くなってるじゃないか。いい経験をしているんだな、エルナー」
がしがしと頭を撫でられたよ。ダメ出しをされると思っていたのに、こうして褒められるとは思わなかった。父さんはこういうところがずるいと思う。
くーちゃんが翼で僕の手を包み込み、『治癒』の権能で癒してくれる。心なしか疲労感も落ち着いたような気がする。
少し休憩してからアリーチェと父さんが向き合う。二人とも身体強化を使うだけに留めていて、お互いに出方を窺っている。
きっかけ作りとして赤い『火精』を一匹呼び出し、ポンッと可愛らしい爆発を起こす。
動いたのはアリーチェだ。逆袈裟から始まった剣戟は、身体強化を使った視覚を以てして高速と言えるのに、二人ともところどころフェイントを交えて剣を結びあっている。どうしても思考して動く癖のある僕としては、最初のフェイントでたぶん脱落していると思う。
恐ろしい事に、それを笑みを浮かべながらお互いに凌ぎ合い、攻め合っている。経験と直感と、鍛錬に裏打ちされた剣の技巧。それらを遺憾なく発揮し、互角に渡り合う二人に少しばかり嫉妬してしまうね。
畑違いというのは分かっているけど。それでも二人の域に至ってみたいと思うのは、仕方のない事だと思うよ。
時間にしてほんの数秒。だというのにあまりに濃密過ぎる二人の攻防を、息をするのも忘れて見入っていた。
隣に座る母さんが、父さんに乱された僕の髪を梳くように撫でつけてくれる。それで落ち着くために深呼吸をしてじっくり見学を再開する。
注意深く見ていると分かってくることもある。どうやら多くの攻撃は受けられたり、避けられたりすることを前提としているという事だ。
だからこそ思い切りよく振り抜いていたり、あえて少し速度を落としていたりしている。その意図まではまだ分からないけれど、二人にだけ通ずる剣の意思があるのだろうね。
「アリーチェちゃん、ほんとうに強くなったわね」
「うん。いろんな経験を積めば、父さんを超えるのはそう遠くないと思うよ」
「ふふ、そうね。でも今はまだ、レックスの方が上手のようね」
その通りで、『向上』を使わずとも技術だけでアリーチェを下がらせている。力加減さえもアリーチェに合わせている有様であり、それを誰よりも感じているアリーチェは苦い表情をしている。
それでも果敢に攻め、少しでも勝機を見出そうとするアリーチェは、とても眩しく映るんだ。
「がんばれ……がんばれ……っ」
「…………ふふっ」
だけどそれでも。僕たちの剣の先生という壁はとても高かった。『風錬』や『雷迅』を使えば勝ちの目は大いにあっただろうけど、アリーチェは剣の腕で越えようとしていた。だからこそ負けて悔しそうにしてはいるけど、それ以上に嬉しさというものが溢れているのさ。
壁は高いほどいいからね。僕たちの前に立ちはだかるその壁の高さを再確認して、けれどその天辺は見えているんだ。まだまだ遠いけど届かない訳じゃない。それを理解できた模擬戦だったよ。
剣の後は母さんの希望で、魔法の歓談をすることになった。父さんやアリーチェも休憩ついでに参加することになったから、外じゃなくて家に戻ることにした。
バウ茶を用意して席に座り、何から話そうかと逡巡していると、母さんが話題を提供してくれた。
「エルナーの魔法を見ていると、器用に威力を調整しているわよね? それって込める魔力量によるのかしら?」
「魔力というよりも、想像力次第かな。どういった結果を望むのか、確かな像を描けるかが大事なんだ」
「なるほどねぇ。あ、それじゃあ火と風の場を半々にして、温風とかも出せるのかしら」
「ああ、いいねそれ。便利そう」
早速とばかりに小さな場を作って試してみる。おー、暖かい。母さんも無事できたようで、自慢の空色の髪が温風によってなびいている。
「髪の手入れに便利そうね」
「……アリーチェ、良ければ温風係になるよ?」
「んー、考えとくね!」
そこから次々と便利そうな魔法を話したり、試したりしていた。中でも氷を作り出して見せると、母さんはとても喜んでいた。
「火の魔法で冷却なんて、考えもしなかったわ……。けどこれを完璧に使いこなせれば、暑い日も快適に過ごせるわね」
「えっと、体内を巡る魔力で熱量を調整すればいいんじゃないの?」
「ダメよエルナー。それができない人はどうするの? 誰もができるわけではないのよ。氷を作って各家に提供すれば、それだけでも役に立てるでしょう?」
目からうろことはこういうことを言うんだね……。確かに、僕はいつの間にか自分を基準に考えていた。そうではないことを分かっていたはずなのに、恥ずかしい限りだよ。
それにしてもだ。話に聞いている昔の母さんと、今の優しい母さんが全く結びつかない。大人になったという事なんだろうけど、それでここまで思慮深くなるものなんだろうか。
まあ、時々片りんを見せることはあるけれど、それは全体的に僕たちが悪いからね。
日が傾いてきたから、アリーチェを送って家族団らんの時間を作ったよ。久しぶりだからね、遅くまで話てしまったけれど、笑って受け入れてくれた父さんと母さんの子で、本当に良かったと思えたよ。
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