考えていた疑問
その魔力の流れを例えるならば、雄大な滝と言えるだろう。それほどに圧倒的な量が縦穴を落ちていく。
大半の魔力は無秩序に動きながら流れていくけど、それに交じって、祈りにも似た想いのこもった魔力が、真っ直ぐ下へと降りていく。
キィン、キィンと響く音と共に、周りよりもいくらかゆっくりと流れるその魔力の色は、暖かな橙色。
荒々しさすら感じる周りの魔力を宥めるように、音が響くたびに流れに秩序を与えていくようだった。
これだけの魔力が、いったいどこから来たのか。明らかに『無垢の寄せ櫃』の霧よりも濃度が高く、それでいて色が混雑しすぎている。
まるで無差別に集めているような、そんな印象を受けたよ。だからだろうか、この縦穴の底に存在する何かの意思というのかね。向かうことが正しい在り方なのだと、何故だか理解できている。
「エルナー、エルナーッ!」
「……え、アリーチェ、何? どうしたの?」
気づけば、アリーチェが僕の体に腕を回して、引き寄せていた。
「私のセリフだよ! エルナー、今手を伸ばしながら歩み寄ってたんだよ!?」
「……えっ」
「本当の事だぞ。それに、今なら分かるが、エルナーの気配が極端に薄くなっていた。だからすぐに気づけなかったんだが……なあエルナー。お前何を視た?」
魔力視を止めたことで思考がクリアになり、考えを巡らせていく。
まず膨大な魔力の流れを視た。様々な属性や想いがこもっているのも確認した。
滝のように流れ落ちるそれら魔力は、無秩序に動き回るも、確実に縦穴の底を目指している。
その流れを視たことで、僕にも世界線の保持機構である『虚質の紡錘』の、魔法圏内に入ってしまっていた?
「……だめですね、うまくまとまりません。ただ、この縦穴の底を目指すということだけ、わかりました」
「エルナー様、もしや魔力にあてられたのではないですか? 指向性を持った何かしらの想いのこもった、そんな魔力を視たのではないですか?」
「……視たね。みんなも聞こえてるかな、この甲高いキィン、キィンっていう音」
みんなが頷いたという事は、これ単体では意味は無いのかな。
ひとまず、考えをまとめる意味でも視たものを共有していく。
さっき巡らせた考えを言葉にしつつ、頭をよぎったのは橙色の暖かな魔力の事だった。
「今も聞こえてるこの音と一緒に、橙色の魔力が真っ直ぐ降りているんだ。この魔力がちょっと不思議で、妖精の祝福は『感謝』の感情を受け取っていたし、僕自身としては何か懐かしいものを感じたんだ」
「その懐かしいものっていうのが、ヒントになるのかもしれないな」
「ですね。ただそれが何なのか、もう少しってところで出てこないんですよね……」
視て感じ取れたのが僕だけだから、ラーシャーさんとしても助言の出しようがないんだろう。
ここで悩んでいても仕方がないという事で、カッシュさんとアルトを先頭に縦穴の壁際にある、ゆったりとした下り坂を慎重に歩いて行く。
足場が途切れたところで横に入る道があり、そっちに進んでようやく一息ついた。
「『無垢の寄せ櫃』とはまた違った、別の怖さがありましたね」
「視界が悪いのも怖いが、底の見えない暗闇ってのも怖いもんだな」
知らず緊張していたために、少しばかり息が上がっていた。そのことに苦虫を噛み潰したような、そんな表情となっていたラーシャーさんと溜め息を吐く。
このまま進むのは色々危険という事で、小休止を取ることにしたよ。
全員分の水筒を転送して、中に入っていたバウ茶をゆっくりと飲む。冷めたバウ茶もなかなか美味しい。
目まぐるしく回る思考が、ようやく冷静さを取り戻してきたような感覚。どうやら無自覚な行動で、余程に混乱していたらしい。自分では落ち着いていたと思っていたのに、実際はそうではなかったとか、笑えてくるね。
ただまあ、懐かしさの正体は未だに分からないのだけれど。
「ん……小休止は終わりだね」
アリーチェが先を見ながら呟くと、カッシュさんとアルトが溜め息を吐きながら立ち上がる。
ほぼ同時にルルゥさんとシューゲルも立ち上がり、矢をつがえて魔力を練り上げると、僕にはまだ見えていない敵目掛けて放つ。
一拍置いた後、金属が擦れる音が二つ響いた。隣でアリーチェが感嘆の声を上げたから、きっと倒したのだろう。
矢でより硬くなっているはずの魔鉄を射抜くとか、笑えない脅威じゃないかな。
いや、魔技の共有をしたのは僕とゾーイなんだけど、さすがに鉄は射抜けないだろうと思ってたんだよ。
剣も、魔法も、弓さえも。父さんの魔技である『向上』をベースにアレンジしている。それだけ汎用性に富み、特効性に長けるまさに万能型。攻撃的であった過去を持つ父さんらしい、攻めの技は今こうして僕たちを助けてくれている。それが少しばかり誇らしいよ。
それとは別にずっと考えてたことがある。ちょうど手持無沙汰な魔法使いが三人揃っているんだ、訊いてみるのもいいかもしれないね。
「クゥナリアさん、ラムダ。ちょっと付き合ってくれる?」
「うん? いいよー、どうしたの?」
「もちろんいいよ。エルナーの思い付きって、僕たちにとっても有益だから」
損益考えながら付き合ってたの? まあいいか、ラムダだしね。
「魔法って、無から有は生まれませんよね」
「そうだね?」
「僕とラムダが作るゴーレムだって、材料あってこその魔法だ」
「えっと、エルナー? それって常識だよね?」
そう、常識。かつてエリカお姉様も言っていたけど、無から有を生み出せば世界が圧迫してしまう。だからこその疑問なんだよ。
「それじゃあさ、魔物って何?」
二人が口を開いて、そして固まる。
そうなのだ。魔物は“発生”すると言われているし、実際に見たこともあった。
ならばその体は何なのか。言い方は悪いけど、材料は? その肉体の元はなんなのだろう。
動物であれば、生殖によって作られる。かなりメタな考えになると思うけど、遺伝子によって“体”を得て器とし、そこに魂が宿ることで“命”となる。
対して魔物は魔力から発生し、同じく魂が宿るのだろうけど……この流れだと総じてレイスになってしまう。
「ここの場合は、土くれだったり鉄だったりするわけだけど、それは豊富にあると思うんだ。けど、オークだったりウルフだったり、その肉体はどこから来るんだろう?」
「それ、は……」
「確かに、言われてみれば不思議だねー……」
他にもある。例えるならば、今しがた上がったオークの事もそうだ。
「オークって、鬼人族の国『エストハレン』と森人族の国『エーレイル』付近に、よく発生するんだよね? どうしてそういう分布が出来るんだろう。ウルフやゴブリンはどこにでも発生するのにね?」
討伐することで、確かに肉体があるのを確認しているし、オークに至っては食べてさえいるかもしれない。
聞いた話では、オークのような魔物の肉は魔力さえあれば腐ったりしないという。それは生物として在り得ざることで、やはり純粋な存在ではないのだろう。
「発生の仕方は、たぶん魔物もゴーレムも同じなんだと思うんだよねぇ……。ゴーレムと違って、オークもゴブリンも、骨があって血肉があって、生物としての体を保ってる」
「……今にして思えば、濃い魔力を浴びると、肉体が崩壊するって言うのも、おかしな話だよね?」
「あ、そうだよね。ラムダ君鋭い。あれ? だとするとボクたちの体って、基本構造体は……」
「……魔力?」
……自然環境下における、魔力的エントロピー。このむやみに面倒な理論って、もしかして肉体にも適用されるのだろうか。
言うなれば、生物力学における魔力的エントロピー。それぞれの種に応じた魔力量の差異によって変質する、この世界線に掛けられた魔法なんじゃないだろうか。
だとしたら……。
「僕ってば、実は魔法生物だったりする……?」
「……あれぇ? なんでエルナー君そんな嬉しそうなの?」
「……気が抜けるなあ。エルナー、秘境巡りが落ち着いたら一緒に考察まとめようね」
ま、まあ、あれだよ。魔物の肉体についてはまだ結論出てないからセーフだよ。
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