報告と指輪の意図
窓の外を見れば夕日が辺りを橙色に染めていた。家に皆が入ってきたのをレイスとなった獣人の少女が教えてくれたので、広い食堂へ向かうことにした。
集まってきた他のレイスの子たちから、僕たちがいなかった間の事を教えてもらいながら丁度タナカさんの話をしている最中に食堂へ着く。
ドアを開けた先にいたのは、箒を逆さに立てて小指、人差し指と親指を立てながらこちらに突き出し、なぜか見得を切っている人体模型がいた。
レイスの子たちが笑いながら逃げ去っていく。僕とアリーチェはタナカさんの奇行を受け入れる意思を笑顔に込めて、じっと見つめていたよ。
「つっこんで!」
「今日もタナカさんはタナカさんだね」
「私たちが留守の間の事、少しだけ聞いちゃった!」
「待ってください黒姫様、どれですか、どれを聞いたんですか!? ねえ黒姫様ッ!?」
笑顔で横をすり抜ける僕たちに縋りつく人体模型。奥の方で鎧に憑いているガードさんが笑い転げているんだけど床が傷むってば。
この家ではよくある騒ぎを聞きつけて皆が集まってきた。カッシュさんとジンがボロボロなのは分かっていたことだけど、皆もどこかしら怪我が見えるね。
僕の肩に止まるくーちゃんから白い炎が放たれ、皆の前で止まった。
「触ってみてよ、くーちゃんの権能凄いんだよ?」
「クーデリカ様の権能なのか……そういえば初めてですね」
そう言ってラーシャーさんが迷いなく触れると、全身を包むように燃え広がる。初めこそ驚いた様子だったけど、傷が癒える感覚というのか、温かさを感じているであろうラーシャーさんの表情が和らいだ。
皆も同じようになっていて、見ている僕たちからすればちょっとしたホラーだった。
「すごい、傷が治ってる……」
「ジンと打ち合って痛めた手首も治ってる……クーデリカ様ありがとうございます!」
クゥナリアさんとカッシュさんが感動した面持ちでくーちゃんを見つめる。その目に宿る熱量にくーちゃんもまんざらではなさそうだね。
「それじゃ僕はゾーイを迎えに行ってきます。ただ、もしかしたら遅くなるかもしれないからその時は先に食べててね」
ゾーイの館に転移すると、ちょうどゾーイが帰ってきたところだったみたい。あまりのタイミングの良さに驚いたけど、それはゾーイも一緒だったようだ。
「お手数かけます、エルナー様」
「そんなことないよ。それよりもちょっと聞きたいんだけど、『リリックサンク』って今食糧足りてる?」
「……いえ、他国に被害を出さないために封鎖した手前、働き手の減少と共に厳しくなっておりました」
「よかった。実はさ、『ラーナスタ王国』周辺でオークが大量発生しているらしくて、討伐要請を受けてるんだ。オーク肉は美味しいらしくて貴族から求める声が上がっているらしいんだけど、多くの冒険者が対応しているから僕たちが倒した分は、こっちに寄付しようと思ってるんだ」
「それは助かりますが……よろしいのですか?」
頷くことで答えると、ゾーイは笑顔を浮かべて頭を下げた。
倒したらこっちに転送して、解体も任せたいと伝えると少し考えて、それならばとゾーイが示したのは王都から東にある元牧場。ここなら広さも十分あり解体する場所もあるうえ、なんと氷室も備えているという。
確かに最適な場所ではあるのだけど、牧場主は許可してくれるのだろうか。
「問題ありません、というのもなんだか複雑ですが……。この牧場主は、初めに霧に呑まれた者でして。放牧していた家畜も魔物に襲われて全滅してしまいました」
「なるほど……。申し訳ないけど、今は使わせてもらおうか。各村の運搬も任せても大丈夫?」
「ええ。護り手たちも今は手すきの時間がありますからね。彼らにも手伝ってもらうことにします」
これも城に伝える必要がある為、ゾーイはこっちで一泊してまた改めて登城するという。
まあ、ゾーイもイーリアさんと一緒に居たい気持ちもあるだろう。深い絶望の時間を消し去る為にも、今は幸せを存分に感じていてほしい。
明日の昼にまた来ることとなり、『王都ファウラ』の家に戻って皆と食事を摂ることが出来た。
タナカさんの料理を堪能しバウ茶で一服しながら、皆にオークの話をすることにした。
「ああ、それなら結構あちこちで聞いたな」
「僕たちも西の街道沿いにいるオークを討伐します。ただ、解体する時間というか手間があるからね、『リリックサンク』に寄付しようと思って。それでいいですか?」
確認を取ると拒否するのは誰も居なかったから安心したよ。いやと言われたらどうしようかと思った。
出立は明後日の朝ということを伝え、明日は自由に過ごすという事にして解散。タナカさんがお風呂を準備してくれていたらしく、入ってから寝ることにした。
母屋であるここのお風呂は女性用として使われている。男性用は離れの浴場である。
女性陣がお風呂を使う際、僕たち男性陣は母屋に入ることは許されない。これがルールなのである。ちなみにレイスの子も締め出される。
目が覚めたのは日が昇る少し前だった。このくらいの時間から多くの人が動き始めるため、この世界ではごく当たり前の時間帯ではある。
睡眠の必要がないタナカさんたちは、僕たちの起床に合わせて朝食を作ってくれており、朝から元気を取り入れた僕とアリーチェは今、『リリックサンク』との国境にある街に来ていた。赤い建物の店である。
「いらっしゃい……! ああ、君たち!」
「こんにちは。もう国境の封鎖は解除されますよ。撤去され始めるころだと思います」
「ご友人の方も無事でしたので、安心してください!」
僕たちの報告に驚いたような、困ったような表情を浮かべている。頬を掻きながら男性が告げた言葉は予想外で、ある意味では正しいものだった。
「……小人族の国に持っていく商品を揃えないとな。今は何が不足していそうだった?」
「ははっ。そうですね、野菜とか飲用の水なんかが喜ばれると思います」
「あとパンとかあると嬉しいかも?」
「そっか。なら小麦粉と野菜、水を中心に持っていこうかな。いやあ、国境封鎖解除の報告が一足早く聞けてなによりだよ」
そう言って笑う商人の男性の目には涙が浮かんでいて。繋いだ手に少しだけ力が入ったのは、握り返してくれたアリーチェと同じく嬉しさの表れだ。
「これで情報料は支払えましたね。一安心です」
「貰いすぎたけどね? ちょっと待ってて」
奥に消えていったのを、二人で首を傾げて見送った。戻ってきた男性が手に持っていたのは小さな箱。それを僕たちの前で開け、中に入っていたのは丁寧に保管されていた二つの指輪だった。
「小人族の伝統的な意匠でね。遠く離れても二つで一つという意味で作られているんだ。ほら、こうすると指輪同士でくっつくんだ」
「わあ……っ」
捻じれながら成形されたその指輪は、僅かに刻まれた溝を重ねるとぴったりくっつくようにデザインされていた。こっそりと『マテリアルサーチ』を使ってみると、この指輪は純銀で出来ている。
二つで一つという言葉から、どういった意味合いの指輪なのか分かってしまった。
「おや、その様子だと君はこの指輪が何なのか予想が付いたみたいだね。元々は魔法使いの父と呼ばれる人がもたらした風習なんだけど、伝わったのが小人族だけらしくてね。まあ、これは私からの貰いすぎた情報料と、個人的なお礼という事で素敵なお二人へプレゼントだよ」
意地が悪いなあと思うも、既にアリーチェがお礼を言いながら受け取ってしまっている。にやにやしているこの男性を睨むも、きっと赤くなっているであろう顔じゃ怖くなさそうだ。
嬉しそうにアリーチェが指輪を付けている。左手の、薬指に。
思わず天を仰ぐよ。ああ、天井がキレイダナー。
「ねえねえ、エルナー! これってどういう意味の指輪なのっ!?」
ああ、笑顔が眩しい。ものすっごい恥ずかしいんだけど、言わないと許してくれ無さそう。
「…………結婚指輪、なんじゃないかなあ。僕の知ってる知識だと、嵌める指はここ」
左手の薬指を指すと、きょとんとしていたアリーチェの顔が真っ赤に染まっていく。
錯覚かもしれないけどね、アリーチェの目がぐるぐる回っているように見えるよ。
あー、恥ずかしっ!
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