エリカの想い
永遠の眠りについた後、ずっと世界線の管理を担ってきた。
愛するこの世界が存続するように、全霊を込めて修正と調整を行ってきた。
だというのに。
私の管理する世界線はとある時期を境に先が途切れてしまっている。どう調整しても、過去のどの部分を修正しても同じ時期に途切れてしまう。
そうならないようにするために、私は魂を分割してまで守ろうとしたというのに。この結末はあんまりだと思う。
世界線の保持機構が暴走して全ての生命を奪い、循環が途絶えた結果魔力が過剰に膨張して根幹部分を破壊。そうして世界が終わってしまう。
回避できたとしてもそれは僅かに数年程度。模索して、模索して、模索して。それでも見つけることが出来ずに絶望していた。
そんな時だった。別の世界線の管理者である、いけ好かない男が私に提案を持ってきた。
終わる世界線であるここに、一つの魂を降ろしてほしいと言う。意味が分からなかった。
初めは断るつもりだった。生まれたとしても三十年と持たない世界など、残酷以外の何物でもない。
それでも受け入れたのは、変化があったからだった。途切れた世界線が長く、永く続いていた。
果てが観測できないほどに伸びた世界線は、提案を断ればことごとく掻き消えていく。
この世界が存続するならば受け入れる価値はある。そんな打算をもってソイツの提案を受け入れた。
その男の管理者としての手腕は私などよりよほど高い。むしろバケモノのように思っているくらいだ。
数十万も魂の欠片を巡らせて、一つの大陸を隠して世界の文明レベルを調整し、魔法に関する技術を完全に隠蔽した王の成れの果て。
そんなやつの紹介なんだから、きっと途轍もない魂なんだろう。ついでに二つ、いや三つね。魂の交換を求められたけど、世界の存続のためなら安いもの。
そして送られてきた魂を見て愕然とした。なんてことはない、普通の男の子の魂だった。
死んだ経緯を聞いて気の毒には思ったけれど、この子が世界を存続させるなど思いもしなかった。
魔王として生きていた時代にも、アイツ……今はレスターと名乗る管理者の世界線から流れてきた子はいた。
今では魔法使いの父などと崇められているようだけど、あの子はただ目立ちたいだけに思えた。
レスターが念を押して大事に扱えと言ってきたから、しばらく様子を見ていた。
色々考えているみたいだったけど、赤ん坊の体では思うようにいかず苦労している姿に思わずときめいていた。
だから、つい言葉をプレゼントしてしまったのだけど、意外とイタズラっ子だったり素直な気持ちをよこしてきたりと、翻弄されっぱなし。けれどそれがとても心地よくて、この子にお姉様と呼ばれてとてもとても嬉しくて。
レスターがこの子を溺愛するのが分かった気がする。あのバケモノも一応は人の子ではあったみたい。
兄様なんて呼ばれて、緩んだ顔を見せているのにはかなり引いていたけど、私も人の事は言えないわ。
いつしか世界線と同じくらいにエルナーが気にかかっていた。
エルナーが妖精の泉に辿り着いて、使徒アルシェーラに黄金に輝く魔力を注いだ瞬間だった。
使徒アルシェーラに宿る私の魂の欠片が活性化し、その存在をはっきりと確認できた。
同時に、他の魂の欠片の反応が消えそうなほどにか細くなっている。私の『誓約』は不完全だったのか、あるいはそれだけでは足りなかったのか。
いずれにせよ、世界線の保持機構を万全に稼働できなければ世界が終わる。
魂の欠片を通じて調整をしてきたつもりだったけど、全てが通っていたわけではなかったみたい。これは私の失態だ。
他の場所の保持機構を確認しつつエルナーの様子を窺っていると、あの子ってば私の過去を想像していた!
想像通りの行動をしていただけにとても恥ずかしい。それに今しがたの行動まで予想されて、私はもうだめかもしれない。
あの子が身を削るようにヒトを助け、それでなお笑顔でいるのが眩しく見える。
私はいつしかヒトに期待するのを止めていたけれど、この子はどこまでもヒトを信じている。
できるのならば、余計なしがらみ無く世界を楽しんでほしいと願ってしまう。けれど、私は打算で受け入れたという負い目もある。
ああ儘ならない。この子がいっそ独裁的であったなら利用するだけでよかったのに。
素直で、優しくて、温かい気持ちを私にくれる、愛おしい弟。あなたに強いた運命を、私は心のどこかで否定してほしいと願ってしまう。
けれどエルナーは決断してしまったわ。魔王を継承して世界線を繋ぐ道を選んでしまった。
私の目の前に伸びる世界線が、途切れていた先を紡いでいく。果てが見えなくなるほどに長く永く。
ヒトとしての最期を迎えられない結末への道を、歩き始めてしまった。
管理者としては喜ばしい事なのに、姉としては胸が痛む。
ならばせめて、残りの時間を存分に楽しんでほしい。あなたの望む冒険をしていってほしい。
魂の欠片を通じて、エルナーの想いが伝わってくる。本当に、なんて優しい子なのだろう。
世界のために色々諦めていた私の想いまで大切にしてくれて、言葉でも心でも私の魂を揺さぶって。
エルナーにとっても大切な世界であれたなら、これほど嬉しい事は無いわ。
もはや私の優先順位は世界よりも弟の方が高い。管理者としては失格ね。
エルナーが全力を出し切って休息に入ったのを見届けた。そうして考えるのは今後の事。
今、あのバケモノ――レスターが抑えている私たちの上位者は、きっと何か手を出してくる。
前任の管理者は使徒を降ろす事で対処した。私が介入できるリソースはほとんど残っていないけど、願いはすでに私の使徒に託してある。
無事に乗り越えてくれることを祈ることしかできないけれど、永く続く世界線があなたの生存を保障してくれている。だからどうか大きな怪我だけは気を付けてほしいかな。
エルナー。
あなたの冒険を終えた先、あなたが納得する結末だけを望みましょう。
あなたの選択した結果、世界がどう動こうとも受け入れましょう。
たとえその選択が世界中のヒトから疎まれようとも、たとえその行動が世界の在り方を変えようとも。
エルナー、あなたの姉はあなたの味方だからね。
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