魔王の渇望
一応全員いるか見渡して無事を確認し、再び坂を下りていく。
シャルナス様を正常に戻したとはいえ警戒をしつつの移動は、身体強化を使いながらという事もあって結構な体力を奪っていく。疲労の色が見え始めた頃、ようやく底に足を踏み入れることが出来た。
「ここから更に南だね。みんな大丈夫?」
それぞれの返答が帰ってきた。疲れてはいるけど無理はしていない感じだから大丈夫だろう。
念のためにこまめに魔力を放って、いつでも場を作る準備をしておけば緊急避難も出来るだろう。
ふと視界の端に強い魔力を見た。惹かれるようにそちらへ足を向け、進んでいくと徐々に霧が晴れていく。
そうして視界に入ったソレを見て、全員が息を呑んでいたよ。
霧が絹糸のように寄り集まって複雑に絡み合う、純白の巨大な繭がそこにあった。輝いて見えるのは錯覚などではなく、魔法かあるいは魂そのものの放つエネルギーなのだろう。
光の柱が繭を貫くように地面から空高く伸びており、時折うごめくような脈動が上から下へと続いていった。
「これはまた、存在感とでも言うのか。圧倒されるな……」
「命の重さとでも言うんでしょうかね。世界を持続させるための仕組みですから当然と言えば当然なんでしょうけど……」
ラーシャーさんと所感を言い合い、ふとクゥナリアさんとラムダを見れば二人そろって空を見上げている。釣られるように見上げてみれば、青々とした空が見える。光の柱の周りを霧が回るように円となり、螺旋を描くように上から下へと流れているのが分かる。
魔力の流れも一緒だった。ゆったりとした速度で止まることなく流れ続ける魔力に引かれ、霧も一緒に下りてくる。上の方こそ淀んでいるけど、繭に近づくにつれてその淀みが取り除かれていく。横合いからも霧が繭にからめとられていることから、間違いなく核がこれなんだと理解させられた。
「とても大きくて、とても力強くて。それなのに簡単に壊れそうで近づくのが怖い。不思議な感じ……」
じっと繭を見つめるアリーチェと同じような感覚だよ。
「無垢の魂、ってやつだよね。ねえアリーチェ、私この感じ、知ってるよ」
「え、本当? メローネ教えて?」
「うん。あのね、村で生まれた赤ちゃんを抱いたとき、似たような事を感じていたんだ」
そうか、と思う。僕とアリーチェは、村ではずっと最年少だったから。赤ちゃんを抱く機会なんて無かったし、見る事も無かった。
生命力に溢れているのに脆くて弱い存在。それを光り輝く純白の繭に重ねていたよ。だからだろうか。耳の奥でわずかに聞こえてくる音があった。
「笑い、声……?」
並んで立つラーシャーさんとルルゥさんも、僕の呟きに対して頷きで返してくれる。他の皆も同じように聞こえているようだ。
『コノ繭ハ魔法。コレカラノ生命ニ幸アレト言ウ、想イノ形』
「魔法は、想い……」
『世界ハ、生マレル命ヲ祝福スル』
『生マレヌ命モ、マタ笑エルヨウニト、コノ揺リ籠デ眠ル』
「ああ、だから霧なんだ……。揺蕩うように流れるのは世界にあやされているんだね」
シャルナス様が頷く。無垢の魂が安らぐようにゆっくりと、この地であやして眠らせる。
そうして次へと送り出し、新たな命を祝福するための場所。
「ここはまるで、お母さんだね」
アリーチェの例えにその通りだと思う。世界という母親に大切に想いを注がれる揺り籠だ。世界線の保持機構ではあるけれど、創造主は確かにここに愛情を込めていたんだろう。
その安らぎの場所に、かつて巨人族は生贄を放ったのか。落とされた小人族の怨念はどれだけの劇物となったのだろう。それを目の当たりにしてきたシャルナス様がヒトを目の敵にしたのも頷ける。
かつてエリカお姉様も、この地で同じ思いを感じたのかな。残酷を止めたその足でここにきて、愛情をもって『誓約』をしたのだろうか。清らかなこの地を想い、無垢な魂たちを想い。捧げられた愛情と送られる子らの事を想って魂の欠片を譲渡したのだろうか。
「継がなきゃ、いけない。世界のためにも、僕自身の想いのためにも」
溢れるがままに黄金の魔力を広げていく。僕が知る母の愛情は二つある。
一つは前世、一つは今世。そのどちらにも共通するのは、僕は確かに母親の愛情を注がれていた。
「愛情を注ぐ母親の温かさを知っている。それが失われるなんてダメだ」
魔力が繭に絡めとられていく。複雑な流れに逆らわず、全体に交じるよう想いを注ぐ。
そして見つけたよ。暖かな赤い欠片を。愛するお姉様の想いの結晶を。
「今後生まれる子らのためにも。生まれた子に愛情を注ぐ母親のためにも」
僕の黄金を赤い欠片が飲み込んでいく。いつしか光の柱から大地に魔力が注がれていた。
そして敢えて上の柱の流れに逆らい、高く高く流していく。痛みが走るが知るものか。
「優しき魔王は涙した。今ならその理由もよくわかる」
穢れちゃいけない、穢れさせてはならない。無垢な魂が集まるこの地に、希望以外を与えるのは酷すぎるから。
世界は決して優しいだけではない。それを知るのは生まれ育ってからでもいいはずだ。
生まれる前から絶望などしていたら、世界から愛情は枯渇する。
「恨みつらみはこの地に必要ない。穏やかに眠っていてほしい、目が覚めた時にこれからの期待をもったまま」
これから生まれる子たちには、世界を存分に楽しんでもらいたい。純粋なまま世界を見て、自分という色に染まっていってほしい。
それが生きることの一つの在り方なんだと信じているから。
「魔王は今後の生命を祝福しよう。そして世界の在り方をこれからも渇望するッ!」
シャルナス様と純白の繭にある赤い欠片を黄金の魔力が繋ぐ。準備は万端、ありったけの想いを込めて僕なりの愛情の魔法を世界に捧ぐッ!
「『神々の寵愛の焔』ッ!」
初めに純白の繭とシャルナス様が黄金に包まれた。爆発的に広がる黄金の世界が周囲の霧を巻き込んで、一帯が荘厳な景色へと変貌する。
光の柱上方でも黄金が爆発し、周囲の淀みを喰らって広がっていく。
寵愛の焔は霧となった魂たちを包み込んでいく。僕だけの想いじゃない。エリカお姉様の魂の欠片から読み取った想いも重ねた。この愛しい地を守りたい、世界の未来を守りたい。
そうさ。魔王らしく世界を望む。ただしそれは支配ではなくて愛情ありきなのさ。
シャルナス様の、感情が溢れた遠吠えを耳にする。ああ、全力を出し切ったぞ。頭が割れるように痛んでいる。
アリーチェが僕を支えてくれる。心配そうに、けれど隠し切れない嬉しさをその笑みで表現して僕を覗き込んでくる。
「お疲れ様、格好良かったよ」
サイドテールでまとめた綺麗な黒髪が揺れる。愛情を深く想っていたからだろうかね、愛しい顔と声を間近に感じてニヤリと笑うのを自覚した。
「無理をしたけどね。また倒れるだろうし。でも後悔はしてないよ」
「知ってる。それがエルナーだもん」
ゆっくりと地面に横たえられる。頭はアリーチェの膝の上に置かれたよ。
くーちゃんが僕に覆いかぶさって心地いい温かさが睡魔を刺激してくる。抗いがたいソイツに僕は即座に白旗を上げるのさ。
黄金に染まった霧を背景に、皆が笑顔で僕を見ている。
『雷牙』はなんでか跪いて泣き笑いしているし、『金の足跡』にはアリーチェと僕を囲んでじっと見つめられていた。
恥ずかしいけれど悪くないかな、そんな事を思いながらゆっくり瞼を降ろしていく。
そんな中、ジンとメローネの口元が動いたのを見た。
幸か不幸か、その口の動きは良く知っているものだ。
暗転する意識の中、その動きを言語化する。すなわち、
――魔王様。
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