シャルナス浄化
怒りで満ちた目を向けてくる。威嚇するその口は猛々しく牙を剥き、低く重い唸り声から返礼代わりに僕へ向けて咆哮をしてくる。
『ガルルルルオオオオオオオオオンッッ!』
アリーチェの扱う『雷迅』と似た速度で突っ込んでくるシャルナス様。振り上げた腕から襲い掛かってくる攻撃を予測して躱し、続く噛みつきにはステップを踏んで横合いに避ける。
僕を追うように顔を向けて来るけど、そいつは悪手というものさ。怒りで思考が狭まっているんだろうけど、そこに付け込ませてもらうよ。
「はああああああああああああッ!!」
『ギャウン!?』
『浄魔の焔刃』の金色の線を描いて反対側からアリーチェが斬り裂く。浄化の焔が噴き出しながら霧の体躯を飲み込んでいくのが見て取れるよ。
当然ながら追撃をする。ゾーイは槍に風を宿して突き込み、ルルゥさんとシューゲルも同じように風を宿した矢を放つ。風がシャルナス様の体内で暴れるも、本体だからかその効果はあまり見られない。
構わないよ。弱らせはするけど倒したりするつもりはない。ダメージとなるなら問題は無いのさ。
『オオオオオオオオオオオオンッ!!』
谷の霧が押し寄せ、強引に黄金の場を突っ切ってくる。シャルナス様に収束して斬られた場所が修復されると共に、浄化の焔もかき消されてしまう。
振出しに戻る? いいや、そうでもないのさ。場を強引に突破する手段がある事を知れた。知ってしまえば対策のしようもあるんだよ。
「はあッ! 攻撃を止めるな! 修復するってことは確かに効いている!」
カッシュさんとジンがシャルナス様の前面でタワーシールドを構え、その間からラーシャーさんが縦に大剣を振り下ろしながら叫ぶ。物理が効かずとも体が散らされる事には変わりはない。妨害の面では有効ではある。
そしてもう一つ、分かったこともあったよ。
頭をかき散らされたシャルナス様の操る霧が、その勢いを緩めていた。頭部の役割は霧の体躯であろうとも変わらないらしいね。
それは隙となり、クゥナリアさんとラムダによる霧の場の制圧が行われたよ。それに便乗して僕とアリーチェが鋼と踊るッ!
ザシュウウウウウウウウウウウッ!!
連撃を叩き込む。燃える範囲を広げる目的もあるけど、注意を逸らすのためでもあるよ。
頭部が修復されたシャルナス様が苛立たった様相で僕を見やる。憎悪に満ちたどす黒い目で、だ。
「けれど、それももうすぐ終わりにします。その身に巡った魔力の淀み、今代の魔王として取り祓ってさしあげましょう」
魔力と想いを練り上げる。上に大きく振りかぶり、燃える黄金が勢いを増していく。
僕を警戒したね、それでいい。大振りな攻撃は躱されやすいから少しでも僕に注意を向けていてほしいものだよ。
くーちゃんにメッセンジャーとなってもらい、アルトとメローネに伝えて二人がシャルナス様の後方に位置している。その手には鉄扇を広げて構え、僕に意識が集中しているのを確認したと見るや同時に振り切るよう頼んであった。
「せー……、のッ!」
鉄扇が後ろ脚をすり抜ける。物理的に引き起こされた風が霧となった足の部分を吹き散らしてシャルナス様のバランスを奪い去った。
「はあああああああああああああッ!」
『魔剣』を放つッ! 周囲の魔力をも焼きながら迫る黄金の焔がシャルナス様に命中した。内部で暴れる焔に含まれる魔力から、妖精があるモノを見つけ出していた。
随分と小さいけれど、それは確かに馴染みのある魔力だった。穏やかな、けれど燃えるような赤い魔力。『誓約』の際に黄金に代わる前の、魔王の魔力。
見つけたのはその魔力を内包した魂の欠片だ。いかにも消えそうなほどに小さくなった魂の欠片は、暴れる黄金を求めるように動いている。
「見つけた……ッ! 『神々の寵愛の焔』ッ!」
『グルルルオオオオオオオォォォォン……』
爆発的に広がる黄金の世界。魔力視で見れば魂の欠片の輪郭が大きく、はっきりとしてきている。
浄化の魔法により苦しむように暴れていたシャルナス様の動きがピタリと止まり、魔法の残滓が消えた後も全く身動きをしない。大丈夫だよね?
まさかやりすぎたのだろうか。このまま消滅、なんてことはないよね?
思わず空を仰ぐ。と言っても霧しかないんだけど…………あ。
「霧っ! そうだよ、霧だよ!」
「うお、どうしたエルナー」
「クゥナリアさん、ラムダ! 場を解いて霧を!」
あー、と隣からラーシャーさんの声が漏れる。シャルナス様の修復対策に霧を排除していたのをすっかり忘れていた。
「ああもう、締まらない……」
「エルナーはいつもこんな感じだよ?」
「ひどい!」
そりゃ、結構やらかしたりしてるけどさ。締めるところはきちんと締めてるよ、たぶん。
反論しては笑顔のアリーチェに指摘され、どうにも旗色が悪くなった頃にシャルナス様が身を起こした。
開かれた目に先ほどの黒さは無く、霧に溶けるような銀色。魔力視で確認すれば綺麗な白だ。異常なしとみてよさそうだね。
尻尾を巻いて項垂れるように頭を下げながら、シャルナス様が僕の方に向く。
『魔王ノ子。手間ヲ掛ケサセタ……、スマナイ』
「気になさらず。あと魔王様の子ではなくて弟のポジションです!」
「え?」
隣のアリーチェが僕を凝視している。圧が凄い。後で詳しく聞かせてもらうとか考えていそうだ。
「後で詳しく聞かせてね」
「はい」
うう、何をやらかしたのかが分からない。
「えー、シャルナス様。いくつか聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
『アア。償イニハ足リヌガ、答エヨウ』
「ありがとうございます。では早速ですが、『無垢の寄せ櫃』はまだ正常に稼働していますか?」
最も重要度が高いのはこれに尽きるだろう。僕の今後の活動を思えばここが手遅れだったら意味がない。というか世界がもう危ない。
『狂ッテイテモ、ココハ守ル。ソレガ約束ダッタ』
「護ることを優先して、方法がおかしなことになってしまったという事ですね」
『スマヌ……』
「ああ、責めている訳ではありません。魔王様の魂の欠片、その存在が希薄になったからこそ起きた変異ですから。むしろ『無垢の寄せ櫃』を守ってくれて感謝です」
シャルナス様の尻尾が揺れる。
おかしくなっている間の記憶は残っているらしく、ゾーイに対してかなり負い目を感じているようだった。ゾーイにしても元々の原因が負の感情から発生する魔力とあっては、責めることも出来ないんだろう。
元々管理者のもとで動いていた存在だったから、黒い靄の危険性は知っていたらしいし。
ヒトの言葉は慣れていないらしく、ところどころ聞き取れない箇所があったりもしたけど、何度か聞き直しても怒ることなく対応してくれた。
この台地を南下していくと再び下りる場所があり、しばらく進むと底に着くという。そこからさらに南に向かえば秘境の核の部分に行き当たるらしい。
『ワタシハ先ニ行ク。繭ヲ、視テオキタイ』
そう言って霧に消えていくシャルナス様を見送り、僕たちは南に動き出す。
確かに下りる道らしきものはあった。足元は深い霧でよく見えないけど、足先の感覚を信じれば地面が無い。ではどこに道があるのか、それは十メートルほど先に、だ。
「崖崩れですかね?」
視覚確保のために霧を排除していたら偶然確認できたからよかったけど、気づかないで進んでたら落ちていた事だろう。
「そうなんだろうな。だが、シャルナス様がこのことを伝えなかったのはどうしてだろうかね」
「障害にならないと思っているのでは? シャルナス様なら飛び越えられるでしょうし、そもそもこの秘境の中では自由に移動できるみたいですし……」
確かになあとラーシャーさんが頷き、視線をクゥナリアさんに向ける。クゥナリアさんもそれで理解したのか、魔力を通して場を作り、霧を追いやった。
現在地と途切れた先の道の間の霧が晴れたタイミングで、地図魔法による転移を行う。
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