魔王宣言
魔力視を魔物の反応のみに切り替えてみれば、いたって普通の霧のように見える。けれど実際には負の感情によって発生した魔力が蔓延っている。
『無垢の寄せ櫃』に集まる無垢の魂に影響がないのか不安を覚えるところだけど、シャルナス様がこの淀みを峡谷の上部に追いやっていることを思い出した。積もり積もった結果がこの状況なんだろう。
「魔力の澱みがひどい。何があるかわかりません、慎重に行きましょう」
改めて峡谷を下る場所を見てみると、崩れた崖の残骸や狭まった足場が薄っすらと判別できる。それでもヒトが四人ほど並んでも余裕があるくらいには道幅はある。この深い霧によって先が見えない恐怖もさながら、淀んだ魔力が何も引き起こさない事は無いだろう。
警戒していく。魔物の動きをいち早く察知できるよう魔力視はそのままに、雑草すら生えていない岩場のような坂を下りていく。濃い魔力が僕達に反応しているのか、常にひりひりと肌に刺激を感じているせいで僅かばかり集中に欠けてしまっている。
――オオオオン……ッ!
ぞわり、と鳥肌が立つ。狼の遠吠えらしき音を捉えた瞬間、妖精の祝福が激しい動揺を見せた!
「――ッ!? やばい、後ろから大量の気配だ!」
「下からも魔物の魔力反応がかなりありますッ!」
ラーシャーさんと僕の察知した非常にまずい状況。この足場と視界で大規模な魔物の挟み撃ちという絶望的な展開。急ぎ地図魔法を展開し操作を試みてみるも、濃すぎる魔力が邪魔をしているのか転移が実行できなかった。
「くっ、転移できません! 迎撃します!」
クゥナリアさんとラムダの魔力が僅かに感じ取れる。霧を吹き飛ばして僅かばかりの有利を作り出そうとしているんだろう。二人を守るように位置取り、僕とゾーイとアリーチェとくーちゃんで下から迫る魔物の群れに対処する。
やはりというか、現れたのはウルフの群れだった。見る限り踏み外して落ちていく個体もいるようだけど、それを除いても埋め尽くさんとばかりの群れが駆けあがってきている。
身体強化をさらに練り上げ、グラディウスにも魔力を通す。加速する時間の恩恵によってウルフたちの動きが僅かにゆっくり感じ取れる。ざっと見て優先的に倒す個体を見定めていくよ。
三人同時に斬り掛かる。剣が霧を巻き込んで線を描き、次から次へと襲い掛かってくるウルフたちの肉を断っていくッ!
ザシュウウウウッッッ!!
『ガルルルルウウウッッ!!』
充満する血の匂いと、狂的なまでの殺意の咆哮。死んだ個体はその瞬間から分解されて霧へと還っていく。
お陰で悪い足場が余計悪くなるような事は無いのが幸いだった。一切動きを止めることなく斬って、斬って、斬りまくるッ!
駆けあがってくる圧倒的な数のウルフに対し、迎え撃つ僕達は僅かに三人。当然打ち漏らしもでてくるし、僕たちを素通りする個体もいる。それらの進行を許してしまえば、『雷牙』と『金の足跡』の背後を襲われる危険がある。
けれどその心配はしていないよ。間に位置するのは僕らが使徒様、くーちゃんさ。
くーちゃんは魔力体であるためその姿は変幻自在。特に炎の特性を持つくーちゃんは、その気になれば炎そのものとなれる。まるで火の鳥だね、と言った事があったのを思い出していたよ。
そこに居たのは巨大な火の鳥さ。駆けあがっていたウルフですら怯むほどに巨大となったくーちゃんは、啄むように嘴を叩き込む。ウルフを巻き込みながら地面に激突したくーちゃんの嘴は、そのまま地面を広がり一瞬で火の海を作り出していた。
くーちゃんの前に現れた燃え盛る赤い海と、僕達の間に空白が生まれる。
そう、空白だ。霧も魔力も介さない、まっさらな空間。そこに飛び込み地図魔法を急いで操作し、戦う二人に叫ぶよ。
「二人とも、急いで僕の後ろまで後退!」
「わかった!」
「了解ですッ!」
最後の一薙ぎを見舞って即座に引いた二人を確認し、地図魔法による転送を実行。眼前に現れたのはラムダの『スチームショット』用に作っておいた巨大な岩塊さ。坂の引力に任せて転がり始めた岩塊は、駆けあがってきたウルフを盛大にひき潰していく。次の瞬間には死体は崩れて消えていったよ。
坂の下に魔物の魔力反応は見られない。ひとまずクリアといったところだろう。
より脅威である反対側への応援に向かう際、くーちゃんとすれ違う。
『ここは私が受け持つですの』
「うん、お願いね」
くーちゃんならば信用できる。現に炎そのものとなったくーちゃんを突破できるのはそうそう居ないと思う。
『雷牙』と『金の足跡』の元に着けば、そこは混迷を極めていたよ。
カッシュさんとジンが物量をもって襲い掛かってくるウルフの群れを、盾に肩を当てながら全力で押さえつつどうにか堰き止めている。ルルゥさんとシューゲルは絶えず矢を放ち、ラーシャーさんが横合いから大剣を豪快に振り回して戦線を維持していた。アルトとメローネはラーシャーさんの援護で、届かない場所のウルフをひたすらに倒している。
三人同時に戦線へ飛び込み、目につくウルフを片っ端から斬っていく。
ここに技術だなんだというものはまるで存在していない。生き延びるために全力で動き続けているため息が荒くなってきている。わずかでも気を緩めれば、数にのみ込まれるのは目に見えていた。
だからこそ、牙を剥いて笑って見せる。殺意を剥き出しに迫ってくるウルフたちに対して、そして霧を通してみているであろうシャルナス様に対して。
自然と溢れる黄金の魔力を身に纏い、ただ力任せに振るった横薙ぎで三匹の首を落としながら叫ぶのさッ!
「僕たちは、こんなもので折れはしないぞッ! この程度なら何度だって跳ね返してやるッ!」
もちろん虚勢だ。こんな襲撃が何度もあったらとてもじゃないけど乗り切れないので勘弁してほしい。
言葉が通じないウルフたちはともかくとして、狂っていようと知性を持っているシャルナス様になら届くと信じるしかない。
声に反応して僕に向かってくる数が増える。踊るように斬り払いながらこっそりと霧に魔力を流していくよ。
ウルフたちに容赦のない斬撃を浴びせていく。いくら魔物とはいえ、どれほど攻めても衰えない存在相手に何も感じないわけではないのだろうね。ラーシャーさんが放った『放電』を契機に、ウルフたちから恐れの感情が伝わってくる。
未だ途切れを見せない大群に圧され、先頭のウルフたちは止まることを許されない。無慈悲の刃は戦場を踊り、命をことごとく霧の世界へと還していく。
「“魔王”の行く先を阻むのならばッ! それは世界の敵となると知れッ!!」
それなりの範囲に浸透させた魔力を場として膨れ上がらせる。霧が消し飛び僕たちを中心に広がる黄金の世界が周りを煌々と照らしている。
好機と見たクゥナリアさんとラムダの叫びが戦場に響き、ウルフの群れを一掃せんと魔法を放つッ!
「火よッ!」
「水よッ!」
「「消し飛ばせええええええッ!!」」
クゥナリアさんの『マッドラーヴァ』によって灼熱と化した地面に、ラムダの水弾が着弾した瞬間、凄絶な水蒸気爆発が発生した。風によって強制的に指向性をもたらされた灼熱の水蒸気は、風下となったウルフたちに襲い掛かりその身を焼いていく。
断末魔がこの戦場を支配した。後方にいたウルフたちも、ようやく前線の様子を知ったのだろう。身を翻して逃げ去ろうとしている動きを、魔力視が捉えていた。
許しはしないさ。そうして散ってしまえば小人達に被害が及ぶ。
この黄金の世界となっている間は地図魔法も使えるからね、アリーチェとゾーイを伴って峡谷の入口へと転移する。
逃げてきたウルフたちが怯む様子が見て取れる。アリーチェは『炎舞』を宿して踊り、悪意もろとも斬り祓っていく。同じように僕も『炎舞』を纏うも、グラディウスは黄金の炎に包まれていた。
魔力に作用する僕の黄金の魔力は、レスター兄様とエリカお姉様を想像して生まれた魔法の源だ。それを魔法として放つのが『神々の寵愛の焔』であり、この魔法自体に攻性は無い。
ではこの黄金の炎を纏ったグラディウスはどうだろう。どう考えてもこれは攻撃のためのものだ。
心躍るよ。愛する兄と姉を想って生まれた魔力が、魔法と魔技とで僕を助けてくれている。
“魔王”を称した僕の初陣さ。黄金に燃える剣を掲げ、この魔技の名を呼ぼう。
「魔力の淀みを浄化しよう。それが今代の役目であるならば。いくよ――『浄魔の焔刃』!」
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