緒戦の勝利
アルシェーラ様の回答のお陰で、僕を苛んでいた懸念が取り払われた。
その安堵に身を委ねている間、周囲を舞い踊っている様々な色の光を放つ妖精達を眺めていたよ。
次第に思考が回り始めてくる。アルシェーラ様は、魂とは基本的には不滅と言っていたね。場合によっては消滅することもあるということでもある。
その答えの一つは知っている。魂の在り方を変えてしまう『誓約』がそうだ。世界線の循環から外れ、在り続けるという事はそれだけ新たな命が生まれないという事だ。
それはそれで危機的な状況とも思えるし、知らずに実行していた負い目もあるけど、王都の家にいる子たちの事を想うと間違いだった、などとは言いたくはない。
僕の行いが世界線の保持から外れたものだったのだとしたら、すでに異常をきたしている秘境の問題に挑むことはもはや義務だという想いが、より一層強くなった。
切り替えよう。弱音は破棄して『無垢の寄せ櫃』に挑む算段を立てていく。
霧の場の制圧を実行しても、魂が散る訳ではないと理解した今、魔法使い組のやることは変わらない。
ただそれは視界の確保のためであって、濃密な魔力を常に防いでいる訳ではないから、各自の身体強化による魔力対策を確認しなければいけない。これはこれから戻ってから確認すればいいね。
現状で出来うることはここまでだろうかね。残りはぶっつけ本番ということになるけれど、そこは問題ではない。臨機応変に動くのは冒険者の常だからね。
目元に触れていたくーちゃんの翼にそっと手を添える。そうして視線を合わせてゆっくりと目礼をしてから、アルシェーラ様に戻る事を伝えたよ。
『二人とも、またの』
転移で掻き消える一瞬前にそんなことを言われた。返事をする間もなくゾーイの館の食堂にいる。ええ、また近いうちにお伺いしますとも。今度は僕たちの冒険譚を聞いていただこう。
「ただいま戻りました。クゥナリアさん、ラムダ。朗報です。霧の場を制圧しても魂は無事のようです!」
二人も安心したようだった。表情がかなり柔らかくなっていたよ。
全員で館の前に出て身体強化を行ってもらう。唯一魔力視ができる僕が、全員を包むように水の場を作って少しずつ魔力を皆に注いでいく。
しばらくは指摘を繰り返し、昼を少し過ぎた頃には全員に全力で魔力を通そうとしても、弾き返されるようになっていた。
「お疲れ様でした。今できる準備としてはこれで完了でしょう。あとは明日からのアタックに集中していきましょう……!」
皆がそれぞれの気合を込めた返事を返してくれる。心地よくも荒々しい、冒険者達の熱が伝わるような、まさに意気軒高といった意志の高ぶりを感じる。特にゾーイからは並々ならない程の戦意を感じ取れたよ。
その後は各々自由に過ごして休息日を送ることになっていたけれど、みんな鍛錬だとか持つ技術のさらなる研究だとか、自身を高めることに費やしていた。これがなんだか自分たちらしく感じる。
そうして休息日を過ごした翌日。僕たちは北東へ向けて進んでいた。なんとか降りられそうな所があるらしく、ひとまずそこに向かってみることに。
移動中はくーちゃんが上空に飛び、先の警戒をしてくれている。僕達も警戒はしているけれど、空から得る情報とは比べ物にはならないからとてもありがたい。
『前方に霧ですの! 強い魔力を感じるですの!』
急降下してきたくーちゃんの言葉を受けて、僕たちは速やかに戦闘態勢を整える。
遠目からはもこもことした白い塊が、凄い勢いで迫ってくる。魔力視をしてみれば霧に宿る魔力は酷く濁っていて、あまりにも濃い。
「魔力が濃い! 身体強化を!」
霧が到達する前に準備は整えきった。肌がひりつく感覚があるけれど崩壊する様子は見られない!
深い霧で視界は最悪だけど、宿る妖精に要望を出して魔力視を調整してもらう。霧の中を駆け回る狼型の影と、周囲で構えている仲間たちのシルエットが浮かび上がった。
『風錬』で全身に風を纏い一閃。斬りつけると同時に吹き荒んだ風が霧を揺るがせるも、即座に穴を埋めるように濃さを取り戻していく。
霧の中での戦闘の経験を僕以上に積んできた皆は、実に安定した戦闘を繰り広げている。かなりの数のウルフに囲まれているけれど問題は無いね。身体強化中の僕たちにとってウルフの動きは遅すぎる。
走り抜けるように斬り捨てて奥へ奥へと突き進んでいく。それなりに進んだところでクゥナリアさんとラムダが動き、一気に霧が拡散していく。ふと後ろを振り返ってみれば、倒したウルフの肉体がすでにボロボロになっていた。
「チィッ! 知らずに突っ込んでいたら俺たちがああなっていたって訳かッ!」
群がるウルフを休むことなく切り伏せながら叫ぶアルトに同意する。グラディウスを振るい続けながら北東をみやれば、大きいシルエットが薄っすらと見える。地図魔法でも確認すれば、シャルナスの幻霧と表示されていたよ。
その間にも霧は再び僕たちの視覚を遮っていく。構わず斬り進みながらある程度近寄った所でその巨体が動くッ!
『グルルルルォォォォッッッ!』
咆哮と共に淀んだ魔力を叩きつけられるッ! ただの魔力の放出ではなかった。怒りや敵意といった激情を乗せたソレは僅かながら僕たちを怯ませる。
その一瞬でシャルナスの幻霧が距離を詰め、巨体から繰り出される爪での攻撃が横合いから繰り出されるが、そこにジンが割って入る!
重く硬質な物同士がぶつかり合う音を周囲に響かせ、されどジンは一歩も引いてはいなかった。軸となった足は地面にめり込み、盾を構えた側の肩を押し当てて体全体を使って止めて見せていたよ。
再び霧が拡散していく。好機と見た僕とアリーチェ、そしてメローネが『風錬』を剣に纏わせてシャルナスの幻霧に駆ける。僕が正面からジンが抑えている方と逆の脚を、アリーチェとメローネが後ろ脚をそれぞれ狙い、ほぼ同時に斬りつける!
ザシュウウウウウウウッッ!
『グルルオオオォォッ!?』
霧で出来ているとは思えないほどの肉感的な感触だった。斬り払った勢いそのままにシャルナスの幻霧の胴を薙いでいく。徹底的な攻めの姿勢を見せるのさ。そうしている間に霧が集まってくるけれど問題ない。集まる傍からクゥナリアさんとラムダが制圧していくんだよ。
僕たちが斬った箇所が霧によって修復されていく。同時に周囲からウルフの威嚇が複数聞こえている。
それに対応しているのはラーシャーさんとカッシュさん、そしてアルトだ。三人が露払いをしていてくれるからこそ、修復していく傍から攻め立てて優位を取らせないことに成功している。
今は視界良好。であるなら更なる追撃もあるのさ。風を纏った矢が二本、シャルナスの幻霧の頭と右前脚の付け根に突き刺さり、貫通したのち風によってズタズタにしていく。幻霧とはいえ頭を潰されれば行動はできないらしいけど、それでも修復を見せるのはかなり厄介だ。
勝機はここだ。動きが止まって隙を見せているシャルナスの幻霧に対し、三人同時に『魔剣』を放つッ!
離れた場所から解き放たれた『風錬』の風はシャルナスの幻霧でぶつかり合い、荒れ狂った暴風が辺りを吹き飛ばさんと広がっていく。それは霧もろとも連れ去り、爆心地となった地面は大きくえぐれていたよ。
緒戦は僕たちの完勝だ。とはいえまだ警戒は解いていない。魔力視を戻して周囲を探り、不穏な魔力の流れが無いのを確認してから戦闘態勢を解除する。
「周囲の魔力はクリアです」
「だが警戒は怠るな。もう秘境が近いんだ、何が起こるか分からん」
ラーシャーさんの注意に全員が頷いて、再び秘境へと近づいていく。
深い霧が立ち込める崖に行きつくのにさほど時間はかからなかった。下りられそうな場所を探ってみると、もう少し北側から南に向けて坂となっている場所が見つかった。
そこまで近づき、警戒のために魔力視を使って秘境を見やると酷い吐き気を覚えたよ。
「うっ……」
「ッ!? どうしたの!?」
そのあまりの光景にたじろぎ、よろめいてしまった。そこを隣にいたアリーチェが支えてくれたから崩れ落ちる事は無かったよ。
魔力視を使った僕の目には、どす黒く濁った魔力が秘境に蓋をするかのように広がっていた。
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