少年の生涯
――冒険がしたい。
そう思うようになったのは、幼い頃に読んでもらった絵本の影響だった。
少年がびしょ濡れの野良猫と出会うことで始まったその物語は、最後まで幼い僕の心に響いた。
特に、竜と親交を果たすなどとても魅力的に感じたものだった。
その後は両親にこの少年のような冒険をしたいと語ったことは今でも覚えている。
――冒険がしたい。
生まれてから数年は本当に活発に行動していたらしい。
「らしい」というのも、今の僕はあまりベッドの上から動けないからである。
原因は不明。既存の症状からもヒントが得られない奇病と診断されている。症状としては単純に体が動かず、それでいて五官は正常なうえに食欲も睡眠欲も人並みにはあるという。
食事量も同年代と比べても同じくらいの量とのことだけど、それでも僕の体は徐々に痩せ細っていった。
――冒険がしたい。
五歳の頃から徐々に体が動かなくなり、たくさんの病院の世話になった。海外の高名なお医者様にも診てもらったこともあるが、その結果が原因不明の奇病だった。
幸いと言うか、体の動きが不自由な事以外は至って健康なため自宅療養の形となり自室のベッドが僕の世界となった。が、しかしながら五歳児というのはじっとしていられない。
――冒険がしたい。
寝ているだけなことに飽きた僕は、こっそりベッドから抜け出して家の屋上に出た。
後になって知ったことで、この家は僕がこの奇病に罹ってから静かに療養できるようにと購入したという。所謂お金持ちだったのかと思ったが、どうも無理をしてのことらしかった。
そんなことは露知らず屋上に出た僕はそこから広がる景色にただただ心を奪われた。
山陰に落ちていく夕日に照らされた黄金に色づいた棚田の風景。雑多な感情を未だ持ち合わせていない歳にも拘らず綺麗だと感動した。
ふらふらと、まるで夢を見ているような感覚でその景色に歩み寄った――瞬間に体が崩れ落ちた。病が悪化した瞬間だった。
どれだけの時間が経ったのか、あるいはすぐだったのか定かではないけれど、階下から母の叫び声が聞こえた。心配をかけたからか、叫び声が悲痛なものだったからか、僕は強い不安に駆られていた。
僕の姿が見えないと探し回っていた母が、倒れた僕を見つけ慌てて駆け付け泣きじゃくりながら抱きしめたのは辺りを星月が優しく照らす時間帯だった。帰宅し、母と同じように慌てた様子で僕たちを探し回った父が僕たちを見つけるまで、母と二人泣きながら謝りあい続けていた。
それからは僕を大切に愛してくれている両親を心配させまいと冒険心はしまい込んだ。
辛うじて動く手を使い、冒険譚を題材にした漫画を読み続けていた。漫画は良い。楽しみながら文字の勉強もできるし、読めなくても振り仮名があるからね。雑多な知識があるのもいい。ベッドの上が世界のすべてになった僕には知りえない知識の宝庫なのだ。
気になった知識については与えられたタブレットで四苦八苦しながら徹底的に調べたりもした。その内容をたまたま見た母が驚いた後感動した面持ちで、
「勉強熱心ね!」
と抱きしめてきたりと優しいハプニングがあったものの、漫画とタブレットで楽しく過ごせた。
――冒険が、したい。
十歳の誕生日が近づくにつれて意識を保つことが困難になってきた。
意識があるときは常に母が傍に寄り添ってもう自力ではできない聖典、もとい漫画を読ませてくれた。
一度、疲れて目を閉じていたことがあった。母は僕の意識が落ちたと思ったのか、軽く抱きしめてごめんなさいごめんなさい、と声を押し殺して泣いていた。
今、目を覚まして傍にいる母を見やるも相当に憔悴しているようだった。髪はぼさぼさで目は泣き腫らしている。どうにも、僕は数日眠ったままだったのだとか。
「お、母さ、ん。泣かな、い、で? 僕、しあ、わせ、だよ?」
喋るだけで相当に消耗した。けれども、今伝えないといけないという焦燥があった。
「屋上、で、見た、外……。とても、綺麗、だった……」
なにかが自分から抜けていく。そんな感覚とともに必死で言葉を紡いだ。
「金色で、暖かくて、優しく、て、お母さん、と、お父さん、と、似て、いて」
いよいよどうにもならない、そんな確信もあって胸が軋む感覚をねじ伏せた。
「幸せ、でし、た……。ハァ……ハァ……これ、から……冒険、に、行って、くる、ね?」
強く抱きしめられながら、僕の世界は暗転した。
瞼越しに感じる強い光にゆっくりと目を開ければ……白い光を纏うイケメンが泣きながら抱きしめてくるところだった。
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