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お客様?ご来店?

「斯様に堅固なモノを建てるとは、そなたはいずれ名のある御仁であろう。しかし、ここは我らの地である!」


扉の向こうで先程の大男と思われる人の・・・人なのか?とにかく低い声がする。


「我が配下が警告もなく手を出した非礼は詫びよう。しかし、彼奴等とて一族の安住の地を断りもなく侵されれば、黙ってはおれぬのだ。ともかく、我はそなたの弁明を聞きたく思う。」


よく分からないけど、というかよく分かりたくないんだけど、平たく言うと町内会長さんが、ボクが、というかあのオジサンが勝手に建てたこの店に関して、お話がしたいということかな。

まあ、お話というよりは、退去を勧告したいのかもだけど。

あのオジサンが彼らと事前交渉やら、引っ越しのご挨拶やらしていてくれればよかったのに。

もうすでに、勝手にお店を建てちゃってる以上、事後承認という形をとるしかない。


「なあ、マイ。この店を移築したりすることは可能か?」


そもそも、こんなひどい立地だ。地元の方々との折り合いがつかないなら、どこか手頃な街にでも移転した方がいい。


「地球とのゲートはこの地でしか安定して運用できない上、この建物は地脈と接続しワタクシ及び全システムの一部を構成しているため、増改築は可能でも、移設は不可能です。」

「そう・・・」


どうあってもこの場所でやっていくしかないのか・・・

こんな立地で遠方からのお客さんが頻繁に来るとは思えない。そもそも誰も来ないかもしれない。

だとすると、地元の方々は貴重で唯一のお客さんになるかもしれない。

関係は良好じゃないとマズいなぁ。

でも、彼の言ってることから予測するに、彼は先程から外を騒がしていたドラゴン達のリーダー格だよなぁ。


「ええい!何か申さぬか!我ができるだけ穏便に事をすまそうとこうしてわざわざ出向いてきたのだぞ!」


いけない、怒り始めてしまった。どうやら、彼はあまり気が長い方ではない様だ。


「わかりました、今扉をお開けします。」


正直、メチャクチャ怖いけど、これ以上怒らせるともっと怖いことになりそうなのでそっと扉を開ける。


カラン


ゆっくり開けたためかベルは一つしか鳴らなかった。


「こんなところで、立ち話もなんですのでよかったらお入りください。お客様には少々窮屈かもしれませんが・・・」


ボクは大男を店内に招き入れる。彼は扉をくぐる際に頭をぶつけないようにグッと前かがみになった。

近くで見るとますます大きい。天井に頭がつくほどではないけど、転生して身長が高くなったボクでも彼と視線を合わせようとすれば、結構な角度で見上げなければならない。

カウンターは狭いだろうからボックス席に案内する。彼がドカッと座ると三人分のスペースが埋まる。

どこぞの親分さんのような貫禄だ。黒目に金色の瞳孔、黒い髪は怒髪天な感じで総逆立っている。

見た感じの年齢は40代半ばといったところか、顔にはそれなりに皺が刻まれている。

服は貫頭衣というのか簡素な造りだが、白く艶のある見事な毛皮だ。

縫い目が見えないんだけど、外にはこんな大きさの毛皮がとれる生き物がいるのかと寒気を感じる。


取り敢えず、BARだし、何か出した方が良いかな?ちょっと意味合いは違うけど初めてのお客様だし。


「まだ開店準備中なので、たいしたおもてなしはできませんが、お飲み物でもいかがでしょう?」

「いらぬ。」


ことわられました。

気を取り直してご挨拶。


「そうですか・・・。申し遅れました。私、当店のマスターをしております、リョウジと申します。この度は出店のご挨拶が遅れましたことお詫びいたします。」


何気にマスターって名乗っちゃった。でもBARの責任者といえば店長じゃなくマスターだよな。


「我はドラゴンの長、ウララカンである。先程から、そなたは店だの客だのと申して居るが、ここは何だ?人族向けの食事処か?」


やっぱり、彼、ウララカンさんはドラゴンの親分だった。

しかし、先程、扉の向こう見えたザ・ドラゴンっていう見た目の人と違って人の姿なのはありがたい。

まあそうじゃないと、とても店の中には入れなかっただろうけど。

外のドラゴン達はどう見ても10メートル以上あったからなあ。


「ええ、似たようなものです。お食事はごく軽い物ならご用意させていただきますが、おつまみ程度になります。基本はゆっくりとお酒を楽しんでいただくBARです。」

「しかし、このような場所では人族は来ぬぞ、そなたの目的は何だ。」

「はあ、信じてもらえるかはわかりませんが・・・」


それから、ボクは転生者であることと、ここでBARを開くことになった経緯を簡単に語った。

最初は訝しげに聞いていたウララカンさんだったけど、あのオジサン、メリクス様の名前が出ると、あからさまに態度が変わった。

今までどこか敵対的だったのに、ふいに優しいまなざしを感じた。


「そなたも苦労するのう。」


あれ?同情されている?


「あの、おいぼれの命では仕方あるまい。あんなのでもこの世界の主神だからな。」

「メリクス様をご存じで?」

「最後に会ったのは4、5000年前だったか。我らにこの地に住むように命じたのはあやつだ。」


おう、ウララカンさんはいったいおいくつなんだ?


「どういった、理由だったんですか?」

「知らぬ。有無を言わさず片っ端から力ある者たちをこの地に住ませたのだ。その後数百年は縄張り争いで苦労したものだ。」


ウララカンさんは遠い目をした。詳しくは聞くまい。


「そなたの事情は理解した。この地で店を開くことに関しては我らは何も言うまい。」

「ご理解いただき、感謝します。」


ボクは深く頭を下げる。地元の方々の理解が得られたことは、大きな一歩だ。


「しかし、先程も言ったが、こんな場所では人族は来ぬぞ。どうするつもりだ?」


問題はそこなんですよねー。

ボクはウララカンさんにことわってから、マイにも会話に参加するようにお願いした。


「それは、私も考えあぐねてまして・・・。マイ、お客様は人族じゃないとダメなのかい?」

「いいえ、お酒を嗜好品として楽しむ種族ならどなたでも大丈夫です。」


おお、これは光明が見えてきたぞ。


「ウララカンさん達もお客さんになれる?」

「はい、問題ありません。」

「ということです、ウララカンさん、どうです?お酒はお好きですか?」

「む、さ、酒か・・・酒は好きだがな・・・」


ウララカンさんは急にしどろもどろしはじめた。

ははーん、支払いを気にしているのか。

タダ酒が飲める場所と思われるのはBARとしては、ダメなんだろうけど、ボクの使命は突き詰めればただ単にこちらの世界の住人に地球のお酒を飲ませることだけだから、お代は頂かなくても問題ない。

いや、お酒を飲んで貰うことこそお酒の代価。

なんという、酒飲みのためだけのシステムなんだ!


「お代のことなら、お気になさらず、先程お話しした通り飲んでいただくことが目的ですので。」

「いや、そうではない。払うべきものはきちんと払う。人族の通貨も持っている・・・」

「では、何か気になることでも?」

「ん、ああ、うーむ、(バレなければ問題ないのではないか・・・)、特にはないが、異世界の酒は美味いのか?」


ああ、それはそうか、いきなり得体のしれない液体を飲めと言われてもなあ。

これは配慮が足りなかった。


「なるほど、確かに知らないものをお召し上がりになるのは躊躇われますよね。ウララカンさんはどのような味がお好みでしょうか?」

「いや、酒なら何でも好むが、そんなに色々と種類があるのか?」


あれ?異世界の謎飲料に忌避感があるわけじゃないのか?


「そうですね、取り寄せ可能なものは数え切れないほどありますね。ははは。」

「おお、そんなにか!」


ウララカンさんの顔が綻ぶ。

どうやら、本当にお酒が好きらしい。

金色の瞳孔が開いている、正直メチャ怖い。


「では、そなたのおススメを頂こうか。」

「かしこまりました。」


おススメといわれても、ボクはさっき初めてビールを飲んだばかりだ。

知らないお酒をおススメするわけにもいかないので、ウララカンさんに出すのはビールで決まりだな。

ボクはカウンターの中に入ると冷凍庫からジョッキを取り出し、サーバーからビールを注ぐ。

うん、今回もなかなか美味しそうに注げたな。

思わず、ノドがゴクリとなる、輝きとふわふわの泡だ。


「お待たせいたしました、こちらビールでございます。」

「ほう、なかなか美味そうではあるが、原料はなんだ?」

「え?あー、大麦という穀物です。」

「ふむ、エールか。」


ウララカンさんは若干テンションが落ちたようだけど、ジョッキを受け取ると口元へ運ぶ。


エールってなんだっけ?ビールの種類だっけ?

ヤバい、考えてみたら当然かもだけど、お酒についての質問とかされるんだな。

お酒についての勉強も必須だな。


「な、なんだ!!これは!!」


突然大声を出す、ウララカンさん。


「も、申し訳ありません、お気に召しませんでしたか?今すぐお水をお持ちいたします!」


ボクはとっさに謝って、水を注ぎにカウンターの中へ急ぐ。

すると、ウララカンさんもガバッと立ち上がってボクの後を追って来た!


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。」

「これが落ち着いてなどいられるか!」


そう言ってウララカンさんはドンっとカウンターの上に()()ジョッキを叩きつける。


「お代わりだ!」

「え?」

「頼む、もう一杯飲ませてくれ!」


ボクは新しいジョッキを取り出してビールを注ぐ。

ウララカンさんはボクから奪い取るようにしてビールを飲み干す。


「もう一杯!」

「あの、もう冷やしたジョッキがないのですが・・・」

「この杯でよい、もう一杯!」

「急に大量のお酒を飲まれますと体に毒ですよ。」


そういって、ボクが窘めるとウララカンさんは、「なんだそんなこと」と笑い飛ばした。

いやいや、急性アルコール中毒ってホントに怖いんですよ!


「我は今は人の姿をしているが本来ならば小さな山ほどの体格なのだ、人族の酒くらいではどうということもない!」

「そうですか?」


言っても聞かなそうだったので、結局、樽が空になるまで飲ませてしまった。

あくまで、彼がドラゴンだから大丈夫なんだからね!

人族の皆さんは絶対マネしてはいけません!

大事なことなのでもう一度言います!

人族の皆さんは絶対にマネしてはいけませんよ!


「なに?もう無くなってしまったのか。」

「今日はまだ開店する予定ではなかったもので、スミマセン。」


マイに頼めばいくらでも提供できるのだが、小山程ある大酒のみに付き合っていては埒が明かなそうなので、丁重にお断りする。

がっくりとうなだれるウララカンさんは店に入ってきた時の貫禄や威圧感はどこへやら、子供の様にいじけている。


「それで、この店はいつ正式に開店するのだ?」

「そうですね、4,5日内には開店したいと思っています。」


カランコロンカラン


ボクとウララカンさんがそんなやり取りをしていると、またもや扉のベルが鳴った。


「アナタ、随分と長いこと戻ってこないと思ったら何をしているのです?」


ボクらは二人とも固まった。

ボクはその人のあまりの美しさに。

ウララカンさんはその人のあまりの恐ろしさに。

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