8、ベイラ遺跡
「あ、次の勇者の行き先が決まったみたいだな。ベイラ遺跡だ」
王家からの連絡に目を通したアカシさんが、次の目的地を伝えてくれる。それぞれが出発の準備に取り掛かった。
「へぇ、少しレベルを落としましたね」
シェイドさんがアイテムボックスの中を確認しながら、アカシさんに話しかける。
「ヘラクレート洞窟がキツかったんじゃないの?」
どうでもよさそうにアカシさんは答えた。本当に勇者パーティーに興味がなさそうだ。
会話が耳に入った俺は勇者パーティーのレベルやスキルを思い出していた。ジェレミーたちの実力だと、確かにヘラクレート洞窟はギリギリだったと思う。次のベイラ遺跡で様子見といったところか。
「アカシさん、用意できましたー!」
転移魔法の準備をすませたレイさんが声をかけてくれた。俺も魔法陣の上にすべりこむ。
「んー、じゃぁ、行くかー」
今回もアカシさんの少し気の抜けた声で出発した。
***
ベイラ遺跡は年中霧が立ち込めていて、2メートル先ですら見えないようなダンジョンだ。地下に潜ったりはしないが、広大な遺跡はすべて周るのにも霧が邪魔するので苦労する。
遺跡は朽ち果てている部分も多く、気を抜けば足を取られた隙に魔物に襲われるような場所だった。
そんなダンジョンに向けて、アカシさんは俺に優しく注意を促してくれた。
「この遺跡は霧が濃いからはぐれないようにね」
「はい、わかりました」
————って言ったそばからはぐれちゃったし!!!!
ヤバい……アカシさんに怒られるな……仕方ない、素直に謝ろう。
「アカシさーん! シェイドさーん! レイさーん! マリナさーん!」
呼んでも返事がない。困ったな……気配遮断の魔法ってどれくらい持つんだろう? まぁ、もし魔法切れても『影』のスキル使えばいいか……。
『影』のスキルは気配遮断の魔法と同じ効果のもので、自分自身に使うスキルだ。パーティー全体には使えないが自分だけなら魔物から身を隠せる。
そこへ目の前をレイスが音も立てずに通り過ぎていった。この魔物は神出鬼没で、宙を浮いてるので足音がしない。そして何より壁や柱を通り抜けられるのだ。
こんな霧の中で遭遇率が高くなるのは必然だった。
あっぶなかったー! さすがにぶつかったら戦闘になるよな。
……あ。
気付いたら俺の腹からレイスが半分突き出ていた。バッチリと眼があう。
あぁ、これは逃げられないヤツだ……!
他の仲間を呼ぶ前に、完全即死のスキルで片づける。
「完全即死」
双剣を腰に戻して、辺りをうかがう。先ほどよりも霧が濃くなっている気がした。
このベイラ遺跡はゴーストタイプやアンデッドモンスターの巣窟だ。
レイさんのかけてくれた魔法が切れてしまったので、『影』のスキルを使用しながら遺跡を歩き回った。
どれくらい歩き回っただろうか。
遭遇するのはレイスばかりで、アカシさんどころか、人の気配なんて微塵もない。
はぁー、なかなか会わないな。まさか、置いて行かれたりしてないよな……?
イヤな思考が頭の中を占領して、途端に身体が重くなる。
いや、アカシさんたちは絶対にそんなことしない! それは俺がよくわかってる。あきらめないで探してみよう。トラップは見つけたら破壊していけば二度手間にもならないし。
……あんなに優しい人たちだから、大丈夫、大丈夫だ。
あの後も何度か戦闘になったが、その都度、騒がれる前に完全即死で片付けている。進んだ先は行き止まりになっていた。だか、幸運なことに足元に何やら箱のようなものがあった。
あ、ここに丁度よく椅子がある。ちょっと一休みしよう。
と、腰を下ろした瞬間だった。
「こら! お前、どこに座ってる!」
「うわっ! すみません!!」
聞こえて来たのは探し続けていたアカシさんの声だった。慌てて立ち上がるも、濃い霧の中から姿が現れた時には、やっと会えたとホッとした。
よかった! 置いて行かれたわけじゃなかった……!
「ハル! これトラップ付きの宝箱だぞ! 大切な宝箱ちゃんの上に座ったらダメだろ!」
「本当にすみません……」
そうか、怒るのはそっちなんだ……それでこそアカシさんだよね。いや、むしろいつも通りで安心しました。
アカシさんのあとにレイさんやシェイドさん、マリナさんも姿を現した。
「おー、ハルどこ行ってたんだよ。おぉ! トラップ付きはこれだな!」
「ここで会うとは……ハルも宝箱の匂いがわかるようになったのでしょうか」
「ふむ、今度は紫色の宝箱か……どのような仕掛けなのだろう」
俺がはぐれたことよりも、みんなはもうトラップ付きの宝箱に夢中だった。いや、怒られなくてよかったんだけど、なんていうか……うん、さすがユートピアのメンバーだ。
「レイ、先に宝箱持ち帰ってくれ。ハルの仕事がすんだらオープンしよう」
「了解でーす! シェイドとマリナも手伝って」
「いいだろう」
「承知した」
ダンジョン内では転移魔法が使えないので、持ち運びするしかない。地味に重たい宝箱を運ぶのに、もちろん魔法も使うが人手も必要だ。
俺はトラップ破壊するために、アカシさんに連れて行かれる。そして、もうはぐれないようにと紐でつながれた。お互いのウエストに紐を回して縛っていく。
「アカシさん……あの、これじゃないとダメですか?」
紐で縛ることはいいんだけど、長さが若干足りなくて少し歩きにくいくらいの距離感だ。
「ダメだ。すぐはぐれたんだから文句言うな」
「う、すみません……」
それには反論できない。でも近すぎな気がするんだけど……。
アカシさんのいつも高く結っている髪が目の前で揺れている。
話しかたや仕草はちょっとだけ男っぽいけど、実はツヤツヤの髪の毛だったり、ふわりと香る甘い匂いが女性らしい。近くで見ると思ったよりも華奢なんだよな。なんてぶん殴られそうなことを考えていた。
「ハル、この通路の先までトラップ破壊だ」
すごくいい匂いだな……ってポーっとしてたら、振り向いたアカシさんに肘鉄を喰らった。
「真・面・目・に・ヤ・レ」
「はい……ずみばぜん……」
そうだ、アカシさんはこういうタイプなんだ。気を取り直して仕事をする。トラップが仕掛けられている壁に手を添えて、スキルを発動した。
「トラップ完全破壊」
黒蛇が捕らえた通路のトラップはガガガガッと音を立てて、崩れていく。その衝撃で崩れ落ちてきた瓦礫がぶつかりそうだったので、サイドステップで避けようとアカシさんの身体に腕を回す。
後ろから抱きしめるようになってしまったけど、仕方のない状況だった。瓦礫を避けるためだって、分かってくれたみたいだ。
ここは矢が飛び出してくる仕様だったけど、アカシさんの鑑定のスキルで、ちゃんとすべて破壊されたか確認しながら進んでいく。
はぐれた時もトラップ破壊しながら歩き回っていたので、残りは半分ほどだった。
「次行くよ」
俺は気付いてしまった。
平静を装って指示を出してくるけど、アカシさんの耳が真っ赤になっていた。この距離だからイヤでも目に入ってくる。
でも気づいてないフリをした。可愛いところもあるんだ……って思ったけど、言ったらガチでブチ切れそうなので黙ってた。
***
王都エスリンの酒場で、盗賊職の冒険者があつまり酒を酌み交わしている。今回の話題は消えたトラップについてだ。
「ええ!! ウソだろ!? ベイラ遺跡のトラップが消えた!?」
「嘘じゃねえよ。この目で見て来たんだ」
「それならこの前、『鍵屋』がトラップ解除に入ってたな」
「あー、ユートピアだろ。あの勇者の案件か。てことは、もしかして……ヘラクレートの洞窟も?」
「いや、前から明らかにトラップの少ないダンジョンあったよな?」
「一体誰がどうやって、ダンジョンのトラップを消してるんだ……?」
この頃から、ダンジョンのトラップ解除を担当していた盗賊職のあいだで、『鍵屋』が訪れたダンジョンはトラップが消えるようだと噂になり始めていた。
それはつまりダンジョン攻略の難易度がさがり、レベルの低い冒険者もワンランク上のダンジョンに挑戦できることになる。そうなれば冒険者たちの収入が格段に上がるのだ。
その日はトラップが消えた謎について、夜が更けるまで語られていた。






