30、魔王が捨てたかったもの
ユートピアの地下室では、たったひとつの宝箱に向けて様々な攻撃が放たれていた。
「破滅の雷神」
「完全撃破」
「エンド・オブ・ゼフィ」
「流星岩の暴雨」
「強欲な掏摸」
これだけの攻撃を放っても、宝箱はビクともしていなかった。
魔王城にあったトラップ付き宝箱は、極太の黒い鎖が巻き付いていてまずはこれの撤去から取り掛かったのだ。だが、その鎖は切れることもなく、宝箱も傷ひとつついてない。
「あー! どうやったらコレ切れるんだ!?」
「あれだけ攻撃してもダメか……」
レイさんが頭を抱えてうずくまり、アカシさんは打つ手なしといった様子でため息をついた。
「ちょっと近づいて見てもいいですか? 俺なら幸運あるし最悪の事態は避けられると思うんです」
「わかりました。首が切り落とされない限りは僕が回復しますから、安心してください」
シェイドさんが心強い応援の言葉をくれる。……首は切り落とされないと思いたい。
「万が一に備えて、後ろでフォローする」
そう言って、マリナさんが俺を背後から守ってくれる。
俺は慎重に黒い鎖に触れて見た。鎖の部分は特に反応がない。黒い鎖が外れないように、南京錠でつながれている。鍵穴のない南京錠は、アカシさんがみても特殊な仕掛けはないようだった。
俺は南京錠を手にとって、魔力を流し込んでみる。
アカシさんもやっていたけど、属性が変われば何かが変わるかもしれない。
「っ! これ……は」
「ハル、何かわかったか?」
ガクンと魔力が持っていかれて一旦手を離す。
「オレの闇属性の魔力を吸いとりました。もしかしたら、正解の魔力属性があるのかもしれません」
「あー、だから私じゃ反応しなかったのか」
「でも、かなり持っていかれるので俺じゃキツいです」
「魔力属性ならオレが調べるよー」
シェイドさんはこう見えて全属性の魔法が使える天才魔道士だ。素直にお願いして様子を見ていた。
風属性と闇属性は確認済みなので、他の属性で試していく。
「ほうほう……ふーん……あー、なるほどね」
やがて手を離して、シェイドさんにニヤリと笑った顔を向けた。
「正解は闇属性と氷属性。そして大正解は聖属性だ。シェイドの出番だな」
「そうですか、それなら僕がやりましょう」
そう言ってシェイドさんが南京錠に魔力を注ぎ込んでいく。
「これは……なかなかですね。万物の叡智」
シェイドさんは魔力を注ぎ込みながら、スキルで回復するという離れ技をやってのけた。でも、確かにこれなら間違いなくいけると思う。
そして何度か『万物の叡智』を唱えたあと、ガチャンッと大きな音が地下室に響いた。
「……ふぅ、開きましたね。ではアカシさん、お願いします」
ガチャガチャと重い音を立てて、黒い鎖は床へと落ちた。残るは本体だ。
「よし、開けるよー」
パカリと開いた宝箱から飛び出してきたのは、ブラックドラゴンだった。地下室の結界を軽々と破り、天井を突き抜け上の建物を破壊して、地上へ現れた。
「あああー!!!! ギルドぶっ壊れた!! 私の城が!!」
「くっ! まだ研究途中の回復魔法の資料があったのに……」
「うわー! ないわ! マカルミアナッツ、2日前に買いだめしたばっかりなのに!」
「むぅ、一番お気に入りの宝箱が……破壊されるとは」
アカシさんが絶叫した。シェイドさんもギリギリと奥歯をかみしめながらつぶやいている。レイさんは頭を抱え、マリナさんはすでにバトルアックスに魔力を込めていた。
俺も今日の食事当番にそなえて、2日前から仕込んでいた食材をダメにされている。
この瞬間、間違いなくブラックドラゴンの命運は決まったのだ。
「強欲な掏摸!!」
「エンド・オブ・ゼフィ」
「流星岩の暴雨!」
「破滅の雷神」
「完全撃破」
俺たちの怒りの一撃が、間髪いれずにブラックドラゴンに叩きこまれた。
ブラックドラゴンは叫び声をあげる間もなく、黒い塵となって消え去った。
「しまった……初めての二重トラップだったのに、つい全力を出して楽しむ余裕がなかった……」
アカシさんがガックリと肩を落としている。落ち込むところソコデスカ?
ていうか、今日から俺たちどこで寝ればいいんだろう?
「あれ、なんか落ちてる」
レイさんがブラックドラゴンの塵の中から、淡く光る球体を拾い上げた。アカシさんがすぐに鑑定する。今回の報酬だ。
「はぁ!? これは……! レイ、すぐに転移魔法で魔王城に戻って」
「え、別にいいけど……なんで?」
「これは『魔王の良心』だ」
「「「はぁ!?」」」
俺たちは光る球体を抱え、魔王城へと戻ったのだった。
***
数時間前に去った魔王城に俺たちは戻ってきていた。
目指すは魔王がいる部屋だ。戦闘になっても戦ってはいけないので、防御を固める準備は怠らない。
「これで物理攻撃はほぼ防げるでしょう。マジックバリアは重ねがけしましたが、なにせ魔王ですからダメになったら、すぐにかけ直します」
「ハルには気配遮断3重で掛けたけど、念のため『影』のスキルも使ってくれ」
「わかりました。それでは作戦通りに動きます」
俺だけ3重の気配遮断と『影』の使用で、極力空気みたいな存在感になった。そして魔王がいる王の間へ入るアカシさんたちの後ろについて入り、そっと距離をとった。
聞こえてきたのは低く冷たい声だ。
「……何者だ?」
王の間の最奥に、ひときわ豪華な背の高い王座があった。そこに足を組んで優雅に座る魔王がいる。
宵闇のような青紫の瞳がアカシさんたちを捕らえていた。俺の存在には気づいていないのか、それともわかっていても無視しているのか、視線すら向けられていない。
「ユートピアのギルド長、アカシ・パウエルだ。お前が魔王で間違いないか?」
アカシさんの赤い瞳が光っている。鑑定スキルを使って、魔王の言葉に嘘がないか調べているとわかった。
「いかにも。ふん、もはや勇者ですらないものが来るとはな……私もなめられたものだな」
そう言ってゆっくりと立ち上がり、攻撃を仕掛けようと右手に魔力を集めていた。
「いや、違うんだ。お前を倒しに来たんじゃない。あるものを見つけて、返しに来たんだ」
「……何だと?」
魔王の殺気がやんだ。右手に集まっていた魔力も霧散していく。俺はいつでも出ていけるように、気配を殺したまま、魔王の背後についた。
「魔王の良心を見つけた」
アカシさんの一言に、魔王は思い切り顔をしかめる。
「それはとうの昔に捨てたものだ。私には必要ない」
「二重トラップの宝箱に大切にしまわれていたように見えたけど?」
「いらぬと言っておるだろう! 下らぬ事を申すなら、お前たちから片付けてくれる!」
爆発的に魔王の両手に魔力が集まっていく。さすが魔王だ、こんな攻撃喰らったら、アカシさんたちが危ない。俺は気配を殺したまま背後から魔王の良心をそっと返した。
淡く光った球体は、スゥっと魔王の身体の中にとりこまれていく。
「うっ……うぅぅ」
球体が完全にとりこまれると、魔王はその場にうずくまってしまった。苦しそうにしているので、思わず声をかける。
「あの……大丈夫ですか? どこか痛いですか?」
「……痛いです……心が……痛い」
そう言って宵闇色の瞳から、それはそれは綺麗な涙を流していた。
***
ひとしきり泣いた後、魔王は「申し訳ありませんでした」と頭を下げてきた。礼儀正しく正座をしている。
「実は私は出来そこないの魔族でして……元々は魔界に住んでいたのですが、千年以上前に追放されて人間界に来たのです」
そうなのか……どこの世界も生きていくのは大変なんだなと、しみじみ思う。
「千年の間に人間界を恐怖のどん底に落として来いと言われていたのですが、どうも懸命に生きている皆さんに、そのような酷な仕打ちができなくて……それで、追放される原因となった私の良心を封印したのです」
魔王が言うには、魔族にはそもそも良心という概念がないそうだ。ただ、己の欲望のままに生きて喰らい尽し、気が向いたら愛でる。だから、他者を思いやるような心を持った魔王は異端児だったらしい。
「それでも、ダンジョンの中だけしか恐怖を与えられなかったのなら、私はもう魔族だと認められないかも知れません」
うつむいた顔は、漆黒の長髪に隠れて表情は読めなかった。
やりたくない事でもやらなければいけなくて、逃げ場もなくて。いっそ心を無くしたら楽だろうと、閉じ込めて。
アカシさんに会う前の俺と同じだと思った。
「それなら、魔族やめればいいじゃん」
思わずポロっと出てしまった俺の言葉に、「えっ……」と魔王は顔をあげる。今の俺だから、あの色のない世界から戻ってきた俺だから、伝えられる事がある。
「このまま人間界で生きていけばいいよ。もっと、自分の心を大切にしていいんだよ」
魔王は驚いて眼を見開いていた。
「そんな……そんなことが許されるのですか……?」
「うーん、何とかなるだろ。心配しなくてもいいよ。俺が助けるから」
すでに覚悟は決めている。ここまで言うなら魔王がひとり立ちするまで、自分で面倒をみるつもりだった。
最悪ユートピアも辞めて、ひとりの冒険者に戻ろうと思っている。
「そうだね、じゃぁ、今日から魔王はユートピアのメンバーだな」
「「えっ!?」」
俺と魔王の声がかぶった。
「何、文句は言わせないよ。それに魔王だからって特別扱いはナシだから」
「いや……いいんですか?」
俺はアカシさんたちに迷惑がかからないように、どこか遠くに行ってひっそりと暮らしていくつもりだったんだ。恩は返し切れていないかもしれないけど、そこは一生かかっても少しずつ返していければと思っていた。
「何が?」
「私が……魔王の私がお世話になるのは、ご迷惑がかかるのでは……」
良心を取り戻した魔王は、見た目とはうらはらに心根の優しいただの好青年だ。
「この私を誰だと思ってるの。ギルド長の命令なんだから黙って聞きな」
「ありがとう……ございます」
魔王は嬉しそうに微笑って、キラキラした涙を流していた。






