3、暗殺者は鍵屋になる
「は?」
思わず素で返してしまった。
それくらい衝撃的だ。何を言ってるんだ、この人は。俺はただのしがない暗殺だけど? 同情するにも程があるだろう。あの伝説級冒険者の集まりのユートピアだぞ?
「いや、他に行くならここで働けばいいじゃん。ハルのスキルならウチにピッタリなんだよ!」
握りこぶしで熱く語ってる。確かに『トラップ完全破壊』なんてあんまり聞かないスキルだけど。正直、また誰かとパーティーを組んだりするのが怖かった。
「少し……考えさせて下さい。すぐに決めるのは難しいです」
「もちろん! まずはゆっくり身体を回復させような!」
そして最後にアカシさんは「もう、ひとりじゃないからな」と言って部屋を後にした。
その後、白魔道士のシェイドさんに診てもらうと、何と1ヶ月の安静を言い渡された。俺が驚いた。そんなにボロボロだったのか? 感覚が麻痺してたのか、自分ではわからなかったな。
まぁ、確かに最後は体が動かなかったけど……そうか、あれは助けを求めてもいいレベルだったのか。
勇者パーティーと旅をしていたので、住むところもなく頼る家族もいない俺を、アカシさんは当たり前のように受け入れてくれた。
命を救ってくれただけじゃなく、看病までしてくれるなんて……もう、アカシさんに足を向けて眠れない。
2週間が経つ頃、そろそろ身体を動かしたくて手伝えることはないかとアカシさんを探していた。
ここはユートピアのギルド兼寮になっていて、メンバーで共同生活を送っていると聞いた。人数も少ないし上手くやっているみたいだ。
1週間はとにかく寝まくって、回復に努めた。睡眠不足が解消されて、ずいぶん頭がクリアになってきた。そして少しずつ行動範囲を広げていく。
木造3階建ての建物で、1階はギルドとしての受付や応接間なんかがあるけど、ほとんど使われていない。ただのドデカい玄関と化している。
2階はみんながよく集まる食堂やキッチン、お風呂や家事場の生活スペースがある。
3階はメンバーの個室が並んでいた。今ではこの建物の中なら、自由に移動できるようになるまで回復していた。
初めて会う伝説級冒険者に緊張しながらも、簡単な自己紹介だけはすませている。すれ違った時は挨拶を交わすけど、それ以外は特に触れられることはなかった。
正直、色々聞かれなくてホッとしていた。
食堂から話し声が聞こえたので声をかけようとして、ためらってしまう。いや、わかってたけど、雲の上の冒険者たちが集まってるんだ。挨拶の時はひとりずつだったけど、勢揃いしてるとオーラが半端ない。
そこへ「ハル」と聞こえてきた……どうやら、俺の話をしているようだ。
「ハルの回復はどうだ……?」
「早く元気になればいいのになぁ」
「身体の方は僕の回復魔法で全快したのですが……心の問題だとしたら、時間がかかるでしょう」
「まぁ、様子見ながらのんびりいくさ。気長に待とう」
俺のことをこんなに心配してくれてるなんて思わなかった……嬉しさと、なんでそんなに? と疑問がわきあがる。
声をかけそびれてしまって、そのままそっと部屋に戻ったのだった。
夜になって様子を見にきてくれたアカシさんに、何か手伝いがしたいと申し出ると、共用部分の掃除を頼まれた。翌日から、みんなが仕事に行ってる間に廊下や玄関、食堂などを綺麗にしていく。
久しぶりに動いたから、すぐに疲れてしまったけど休み休み作業を進めた。
食堂のキッチンに入ったところで、メモ紙と包みが目に入る。
ハルヘ
お疲れさま! これ美味しいから、オヤツに食べて☆
レイ
レイさんからの差し入れだ。中身を見てみると王都で人気のある菓子店で売られている、マカルミアナッツの入ったチョコレートだった。ひとつ味見してみる。
チョコレートの深いコクとマイルドな甘さに、香ばしいマカルミアナッツの歯応えが楽しい。
「……美味い」
少し疲れた体にチョコレートの甘さと、レイさんの優しい気持ちが染み込んでくる。ますます何でこんなによくしてくれるのか、わからない。俺は偶然ダンジョンで行き倒れてた、一介の冒険者だ。
ユートピアのメンバーにプラスになるものなんて、何もない。やっぱり、こんなすごいギルドで働くのは無理だ。
回復したら早く出て行こう。そんなふうに思っていた。
その後も寮の掃除をしながら、のんびり過ごしていた。日に日に心も健康を取り戻していく。色褪せた世界に、少しずつ色が戻っていくような感覚だった。
そしてふとした時に気がついた————
温かい食事には回復が早まるように、シェイドさんの魔法がかけられている。だって一口一口に魔力の暖かい流れを感じる。
お風呂に入るときには、心が解れるような香りの石鹸が置かれていた。この前マリナさんとすれ違った時に、同じ香りがフワリと漂ってきた。
そして眠るときには、部屋の温度が快適になるようにレイさんの魔法で調整されていた。どんなに日中が暑くて汗をかいても、夜は汗もかかずにぐっすり眠れてる。
そしてアカシさんは毎日くだらない話をしにきては、最後に「ハルはもう、ひとりじゃないからな」と言って部屋を去っていく。
————こんなにも優しくしてくれる人たちがいるんだ。
ひとりベッドで涙を流した。
本当は、ずっとツラかった。
もう、ひとりで頑張らなくてもいいんだ。助けてくれる人たちがいるんだ。こんな俺でも、手をそっと差し伸べてくれる人たちがいるんだ。
ジェレミーたちのパーティーに入ってから、ずっと孤独だった。誰にも話を聞いてもらえず、いくら訴えても10倍になって返ってくる。
感情を持てば、自分が壊れてしまいそうだった。
何も感じないように、何をされても心が痛くならないように、考えることを辞めていた。
目の前に現れた敵を屠ることだけ考えて、トラップがあれば破壊して、ただそれだけだった。
ずっと張り詰めていたものが、この瞬間に決壊した。
この時、ようやくアカシさんの「もうひとりじゃないからな」という言葉が心にスッと入ってくる。
俺はここで恩を返したい。俺の心まで救ってくれた人たちの、役に立ちたいとそう思ったんだ。
翌日の朝、食堂にみんなが集まった頃に顔を出した。この時間に俺がここにくるのは珍しいので、何事かとみんなの視線が集まる。
意を決して、足を進めた。
「アカシさん」
「どうした? ハルがこの時間に来るの、珍しいな」
大きく息を吸って、一息で俺の想いを吐き出した。
「俺……ここで働きたいです。お役にたてるように頑張るので、働かせてもらえませんか?」
「やっと決心してくれたかー! よろしくな、ハル!」
そう言って満面の笑みで答えてくれる。その笑顔に、心の底からホッとした。受け入れてもらえたという、安心感に包まれていく。
「え! ハルも一緒に仕事すんの!? やった!」
「よかった、待っていましたよ」
「うむ、これからは頼むぞ」
レイさんも、シェイドさんも、マリナさんもずっとずっと、手を差し伸べてくれた。
そんな人たちに報いたい。
「よろしくお願いします!」
こうしてちょうど1ヶ月が経つ頃、俺はトラップ付き宝箱専門ギルドの一員となった。






