26、惑わす宝箱
「これは……圧巻ですね」
いつもはあまり感情を乱さないシェイドさんも、さすがに一瞬ひるんだようだ。
一万体のデーモンに取り囲まれ逃げ場はない。いや、そもそもクリア条件を満たさないと、ここから出られない。クリアできなければここで人生を終えるだけだ。
「うっわー、えげつない数いるね。あぁ……一万体だっけ」
レイさんが遠い眼をしてる。わかります。自分見間違いかと思いましよ。
「なに、ひとり二千体ほど倒せば終わるではないか」
「とりあえず、新しいスキル試したいし手当たり次第やってくるわ」
マリナさんとアカシさんは何でもない風に武器を構える。この強靭なメンタルは見習いたい。俺も覚悟を決める。
「……殺るしかないですね」
「わかった、とりあえず、ガッツリ削るから待って」
一歩前に出たレイさんが、両手に魔力を込めていく。そして手のひらを空に向けて魔法を放った。
「流星岩の暴雨」
天から降り注ぐ魔力をおびた隕石が、眼の前のデーモンたちを次々と塵に変えていく。その攻撃を合図にしたように俺たちに一斉に襲いかかってきた。
「強欲な掏摸!」
アカシさんはスキルを使いながら、デーモンたちからレアドロップ品を奪い取っていく。盗賊というより強盗……その時、一瞬ピジョンブラッドの瞳が俺を見た。一瞬込められた殺気に考えを改める。
うん、レアドロップばっかりでアカシさんマジすごい!! ……殺気が収まったようだ。
「エンド・オブ・ゼフィ」
「流星岩の暴雨」
後方からはシェイドさんの聖魔法とレイさんの究極魔法で、ガリガリと数を減らしてくれている。
シェイドさんは『万物の叡智』で回復薬いらずだ。レイさんは底なしの魔力で『流星岩の暴雨』を連発している。
俺の右サイドからはバチバチッと音がしたかと思うと、ゴロゴロドォォ————ンと轟音が聞こえてきた。
「雷轟百撃」
マリナさんの雷魔法をおびた一撃が、デーモンの群れを真っ二つに切り裂いて行く。
俺も一撃でデーモンたちを沈めながら、確実に数を減らしていく。
気がついたら目の前のデーモンはすべて塵になって消え去っていた。
空中に表示されているカウンターを見ると、残り1体と表示されていた。
「えっ……どこかに隠れてるんですかね?」
「いや……『盗賊の耳』で確認したけど、他に魔物がいる気配はないよ」
「それでは、デーモンがこの中の誰かに化けているという事になりますね」
シェイドさんが中指でメガネを押し上げながら、断言した。
「へぇ、それならアカシさんの鑑定で一発でわかるじゃん」
「いや、鑑定できないんだ。スライムの時と同じだ」
「……手詰まりだな」
つまり簡単にはクリアさせたくないってことか。それならどうやって見抜くんだ? ここまで戦闘も含めて他のみんなに怪しいところなんてなかったのに。
何気なく一歩下がって、全体的に見てみる。……ダメだ、何か違いあるかと思ったけどよくわからない。ただ、全体的に見たときに何か違和感は感じ取った。
「トーナメント戦でもやる?」
「いや、このトラップは仲間割れを誘発するものだ。そんな事をしたら敵の思うつぼだな」
レイさんの提案をシェイドさんが却下する。という事は、シェイドさんは本物なのか? それとも本物だと見せようとしているのか? あぁ、そうか、こうやって疑心暗鬼にさせて、全滅させるトラップなのか。
そんな風に考え事をしていると、突然アカシさんがバァンと背中を叩いてきた。
「ハル! なに考え込んでるんだ? あんまり悩みすぎるとドつぼにはまるよ?」
「すみません……何かいい考えが浮かべばよかったんですけど……」
そう言いながら、背中を叩かれた拍子に落とした双剣を拾い上げようとした。
その時に違和感の正体に気付いた。素早く他のメンバーも確認して、それは確信に変わった。
拾い上げた双剣をそのまま最後のデーモンののど元に付きつける。
「……お前がデーモンだな?」
「何故私だと思うのだ?」
マリナさんの姿に擬態したデーモンに刃を突き付けたまま、俺は続けた。
「影がない」
そこで他のメンバーも足元に目を向ける。確かにマリナにだけ影が存在しなかった。
「ほう、よく気がついたな。誉めてやろう。だが、私を倒しても問題なく仲間が戻ってくる保証はないぞ?」
そうなんだ、そこが心配で倒していいのか躊躇してたんだ。
「はっ! そんなはったりに僕たちが引っ掛かると思っているのですか? クリア条件はあくまでデーモンを10000体倒せ、です。マリナのふりをするデーモンを倒してもなんら問題ありません」
シェイドさんが氷のように冷めた視線をデーモンに向けている。
「くっ! ならば攻撃して見るがいい! マリナという女がどうなってもよいのならばな!!」
「シェイドさん……」
「ふむ、今ので確信しました。マリナは無事です。ハル、殺ってください」
シェイドさんは眉一つ動かさず、冷徹に言い切った。これに焦ったのはデーモンだった。
「な……お前たちは仲間がどうなってもよいというのか!? 大切な仲間を見捨て————」
「黙れ。俺たちは仲間を見捨てない」
俺はあふれ出る殺気をそのままデーモンに向けた。デーモンは声すら発する事が出来ないようだ。
「完全撃破」
デーモンはひきつった顔のまま、塵になって消えていった。
俺は湧き上がる怒りをなるべく出さないように、振り返る。
「すみません、聞くに堪えなくて」
「まぁ、落ちつけよ。ほらチョコでも食っとけ」
レイさんがマカルミアナッツを俺に渡しながら、なだめてくれた。この人いつでもチョコが出てくるな……。
「……ハル、僕も今度チョコを買ってきてあげましょう」
そこでピコンと音が鳴り響き、新しいメッセージが浮かび上がった。
『クリアおめでとう~~~!! 今回の報酬は魔力爆上がりのドリンク、デーモンスピリットだよ☆ 元の世界に戻ったら、宝箱の中を見てみてね!』
そして目の前が光に包まれ、次に目を開けた時にはいつもの地下室に戻っていた。
***
「おぉ! 戻ってきたか!」
目の前には嬉しそうなホッとしたような顔のマリナさんがいた。……本物だよな? 思わず影を確認してしまう。
「マリナ! 今までどこにいたんだ?」
アカシさんがギュッと抱きしめながら、仲間の安全を確かめている。
「どこも何も……ずっとここにいたのだ。気が付いたらひとりでな。仕方ないので、皆が戻ってくるまで宝箱を観察していた」
「もしかしたら、蓋を開けた者にデーモンが擬態したのかも知れませんね」
シェイドさんの分析では、蓋に触れた時に情報を読み取って化けたのではないかという事だった。ちょっとアカシさんじゃなくてよかったと思ってしまった。あの人には勝てる気がしない。
「でも、シェイドさん、どうしてあの時マリナさんが無事だって確信したんですか?」
「あぁ……あの時のデーモンの瞳孔の開き具合や呼吸の速さと、わずかにつばを飲み込んで喉が動いたのでウソだとわかったんですよ。僕の前でウソをつくなんて……愚かですね」
「そう……ですね」
シェイドさんにもウソが通用しないと判明した。大丈夫だ、俺は誠実に生きるから。なにも不安な事なんてないんだ。ウソをつかなければいいだけの話なんだから。
「デーモンスピリット欲しい人いる?」
アカシさんが今回の報酬である、魔力爆上がりのドリンクを片手に声をかけていた。こういうステータスアップのアイテムは、魔力をより多く使う冒険者に譲られる事がほとんどだ。
「僕は自分で回復できるので、レイに飲ませるのがいいのでは?」
「そうだよね。シェイドがいいならそうしよう」
「おっ、サンキュー! 早速いただきまーす!」
腰に手を当て、一気にレイさんは飲みほした。次の瞬間、レイさんからあふれ出た魔力に、思わず身構えそうになる。これは、ヤバいものを誕生させたのではないだろうか? この魔力……魔王を軽く凌駕するんじゃないかな……?
「うぉぉぉぉ!! これ、ヤバいな! ちょっとしばらくコントロールの練習しないとだな」
レイさんが動くたび、魔力の圧がかかる。早いところコントロール覚えてほしい。
そして、いつものようにマリナさんは宝箱に命名して満足気にしていた。






