23、レイ・ケンジットの深淵
「流星岩の暴雨」
9歳の少年の姿のレイさんから放たれた魔法は、つい先日新たに手に入れた究極魔法だった。あの人マジで殺る気か!?
でも俺は攻撃できない。正気を失ってるレイさんに、攻撃なんてしたくない。迫り来る流星の嵐に、魔力をかき集めて防御に回す。
「影! 闇の加護! 二重ヘイスト!」
レイさんにどこまで通じるかわからないけど、まずは全部避けるしかない。避けて避けて避けまくる。目指せ光の速さだ。
狙うは、レイさんの魔力切れだ。……いつ切れるかわからないけど。
「チッ! 何だよ、避けるなよ!!」
「何言ってんですか! 避けるに決まってんじゃないですか!!」
「クソッ、アイスドラグーン!!」
狼狽えるレイさんが新鮮だ。いつも太々しくのんびりした印象なのに、流石に9歳だとそうもいかないらしい。
「ていうか、正気に戻ってください! そんで、夢から覚めたらマカルミアナッツ山盛りでお願いします!!」
叫び声に近かったけど、何とか正気に戻ってほしくて話しかけてた。避ける以外にできることなんて、それくらいしかない。次から次へと襲いかかる氷龍を躱しながら、それでも語りかける。
「……マカルミアナッツ……」
「そうですよ! いつもオレに買ってきてくれてたでしょ!」
「知らない! マカルミアナッツは母さんの好物だ! ヘルファイア!!」
うん? 急に魔法が弱くなったな? これなら避けるの簡単だ。
もしかしてマカルミアナッツの話が効いたのか!?
「俺もです! 初めて掃除した日も、エレボスの塔から飛び降りた時も、わざわざ転移魔法使って買ってきてくれてたでしょ!!」
***
『レイ! ほら、ご褒美にマカルミアナッツ買ってきたわよ! 一緒に食べましょう』
オレの脳裏には、母さんが笑顔で包み紙を持っている姿が、浮かび上がった。
母さんはいつも何かあればご褒美と言って、マカルミアナッツを買ってきてくれてた。そうだ、だから俺もハルに喜んでほしくて、母さんの真似をして買ってきてたんだ。
オレも母さんも転移魔法が使えたから、たまには一緒に買いに行ったりして。あの時も、オレはマカルミアナッツが食べたいって、ワガママ言ったんだ。
母ひとり子ひとりで、オレに甘かったのはわかってる。そこにつけ込んで、よく母さんを振り回していた。いつもはすぐに帰ってくるのに、その日は全然帰ってこなくて、オレは母さんを迎えに行ったんだ。
「母さんどこにいるんだ? まぁ、とりあえず菓子屋に行ってみるか」
王都についたオレは、いつもの洋菓子店に向かって歩き出した。そして、母さんはすぐに見つけられた。おしゃべり好きの花屋のおばちゃんに捕まってたらしい。
「あの人かぁ……じゃぁ、仕方ないな。母さ————ん!!」
花屋のおばちゃんも、気付くくらい大きな声で手を振って近づいていく。でも、いつもは笑顔になるのに、今日は驚いたような顔で血の気がどんどんなくなっていった。
「? どうし————」
次の瞬間には母さんは転移魔法で、オレの背後に移動していた。振り返ったオレが見たのは、母さんの背中から突き出る剣の切先だった。
剣は赤く染まっていて、母さんはそのまま崩れるように横たわる。
その先にいたのは紫の仮面をつけた男だった。母さんから引き抜いた剣を今度はオレに向かって振り上げていた。
「ヘルファイア」
オレの放った魔法で、紫の仮面の男は地獄の業火に包まれた。やがて骨の一つも残さず燃え尽きる。
騒ぎを駆けつけた騎士団が、オレを保護して母さんの治療に当たってくれた。調査に当たっていた騎士団の人は、紫の仮面は呪われた防具で面白半分でつけた冒険者が錯乱状態に陥ってたと聞いた。
そんなのはどうでもよかった。治療の甲斐なく、母さんは帰らぬ人となってしまった。
オレのせいだ。
オレがワガママを言ったから。オレが家で母さんを待ってればよかったんだ。そうしたら母さんは死ななかったんだ。
————全部オレのせいだ。
その後は魔法の腕を買われて騎士団に入った。15歳になるまでは見習いとして、みんな可愛がってくれた。
でもどうしようもない渇きに、母さんみたいな人を求めるようになってた。オレが年上の人が好きなのは、多分ここに由来してる。
そんな時、トラップ付き宝箱の存在を知って、その中に時を戻せるものや希望を何でも叶えてくれるものがあるって聞いた。
それならやり直せるかもしれない。母さんにまた会えるかもしれない。そう思ったらいてもたってもいられなくて、その道のプロのアカシさんに会いに行ってた。
そして、ハルに出会った。ダンジョンに倒れてるハルを見た時に、母さんと重なって見えて何とか助けたかった。もう、あの頃の無力なオレじゃないって、思いたかっただけかもしれない。
実際に『時戻しの砂時計』も一度だけ使わせてもらったけど、現実は何も変わっていなかった。
そうだ、ここはまやかしの世界だ。母さんが生きてる夢なら何度だって見てきた。わかってるんだ、現実はこんなにオレに優しくない。でも、ここはオレが生きる世界じゃない。
「レイさん! もしかして……正気に戻りました?」
気がついたらいつものオレのサイズになってた。あれから何年も経つんだ、もう母さんに包み込まれるような歳じゃない。
「あー、ごめんな。ハルのおかげで目が覚めたよ」
「よかった! じゃぁ、マカルミアナッツ山盛りで手を打ちます」
「はははっ! 無事帰ったらな」
オレは母さんに向き直る。
穏やかに微笑んでいるのは、記憶の中と何も変わらない。あの頃のままだ。まやかしだけど、会えてよかった。
「母さん、会えてよかった。オレもう行くよ」
「そう、気をつけてね。レイはいつも無茶するから……」
「大丈夫、助けてくれる仲間がいるから」
込み上げてくるものが堪えきれない。まやかしだってわかってても、感情は溢れてくるんだ。
「レイ、貴方のせいじゃないわ」
「……え?」
「レイのせいじゃないわ。ただ、母さんは自分より貴方が大切だっただけなの。だから、レイは幸せにならなきゃいけないのよ?」
「…… 母さん……本当に……?」
「宝箱の妖精さんに頼んだのよ。レイに会いたいって。最後にこれだけ伝えたかったの」
「……っ!」
「レイに会えて、レイの母さんでとても幸せだったわ」
そう言ってサラサラと虹色の砂になって消えていった。母さんが立っていた場所には、虹色の宝箱が置かれている。
母さんの最後の言葉をかみしめた。……そうか、幸せだったならよかった。流れ落ちた涙を拭って、先へ進もう。オレは幸せにならないといけないらしい。
ハルに振り返るとニカッと笑ってくれる。オレは柔らかく微笑みを返した。
「ていうか、お前オレの『流星岩の暴雨』避けただろ」
「奇跡的に避けられました」
「うわー、マジかよ! あれ全部避けたのか! ありえねぇ! 究極魔法だぞ!?」
「そうだ、レイさん虹色の宝箱開けてください! 多分次に行けます」
「ん? これか? そっか、じゃぁ、サクッと次行くか」
オレは虹色の宝箱に手をかける。
新たな決意を胸に、一歩ずつ前へ進もう。幸せになるために。






