21、ヒュプノスの地下牢
次のトラップ解除はヒュプノスの地下牢だ。
今回は割と近いスパンで次の知らせが来て、勇者も頑張ってるのか……とのん気に考えていた。
ヒュプノスの地下牢は、300年前に魔物に滅ぼされた王国の地下牢だった。地下4階層と浅めのダンジョンだが、フロアボスが配置されている。
俺たちは魔物を倒してはいけないので、いかにフロアボスをスルー出来るかがカギとなる。
「んー、ここは気配遮断の重ねがけで行こう」
「はーい、了解です」
レイさんの気配遮断を、今回は2重でかけてもらう。万が一フロアボスに気付かれて、戦闘になって倒してしまったら勇者の成長につながらない。
あくまでも俺たちはサポート役なのだ。
「それじゃぁ、行くよー」
いつも通りのアカシさんの気の抜けた掛け声で、ダンジョンに潜る。
1階層は獣型の魔物が多かった。レッドウルフに始まり、ダークバットやアングリーベアが出没していた。さすがに気配遮断の二重がけだと匂いで襲ってくる奴らも、気がつかないらしい。
俺たちは順当にトラップを破壊して、フロアボスの部屋に前に来ていた。
「アカシさん、ここでもし見つかったら倒していいんですか?」
「フロアボス倒すのはダメだな。経験値も違うから、何が何でも逃げるんだ」
「わ、わかりました……」
「ハル、大丈夫です。もし逃げられなかった時は、僕が残って殺さないように戦いますから」
シェイドさんがものすごく優しい笑顔で、何か恐ろしい事を言ってる気がする。
でも、そうか、シェイドさんが残ってくれるなら……一回は見つかっても大丈夫かも。
俺は覚悟を決めて、フロアボスの部屋の扉を開いた。
ここのフロアのボスはキマイラだ。
扉を開けてそっと忍びこみ、音をたてないように壁際を進んでいく。呼吸するのも細く長く、指先まで神経を張り巡らせてキマイラをやり過ごした。
キマイラに気付かれずに、下のフロアに降りる階段に到達できた。
しばらく階段を降りて、ようやく緊張を解く事ができた。
「はー、気付かれなくてよかったですね」
「よーし、この調子でサクサクいこう!」
そして順調にトラップ破壊を進めていき、残すは最終フロアとなった。目の前にあるのは3階層のフロアボス部屋の扉だ。
「開けます」
中にいたのはレイスの女王だ。切っ先を天に向け、胸の前で剣を構えている。
先ほどと同じように壁際をそっと移動していった。そして半分ほど進んだところで、レイスの女王がふとこちらに視線をむける。
うわっ、こっち向いた! って、え!? こっち向いた!? ヤバい! 気付かれてる!!
「アアアァァァアアァァ!!」
レイスの女王が、甲高い悲鳴のような叫び声をあげて襲いかかってきた。
「アカシさんとハルは、下のフロア片付けてきちゃってー」
レイさんが俺たちを庇うように立ちふさがり、レイスの女王に闇魔法を放っていた。
「大丈夫だ、殺さないように配慮する」
「そうですね、あぁ、待って下さい。宝箱を持ち運べるように、身体強化をかけておきます」
身体強化の理由が、相変わらずブレてない。さすがシェイドさんだ。そして3人にフロアボスを任せて、俺とアカシさんはトラップを破壊するために先に進んだ。
「さて、敵はレイスの女王ですか……聖属性と回復魔法は厳禁ですね」
ゴーストタイプの魔物には聖属性の魔法や攻撃が有効だ。今回は倒してはいけないので、それが使えない。
「マリナの物理攻撃とオレの闇魔法なら、ギリギリ消えないんじゃないかな」
「では魔力は通さず、腕力のみで攻撃だな」
ゴーストタイプが耐性のある、極々弱い闇魔法と、魔力を使わないガチの物理攻撃のみで応戦することにした。
「そうですね、それがよろしいかと。私はレイスの行動を制限する結界を張りましょう」
「お、いいね。よろしくー」
3人はうっかりレイスの女王を倒してしまわないように、細心の注意を払いながらアカシとハルが戻ってくるのを待っていた。
***
「アカシさん、試したい事があるんですけど、いいですか?」
「うん? 試したい事?」
「はい、スキルをここで使ってみようと思います」
今までも思ってたけど、いちいちダンジョンの中を歩き回るの面倒だったんだよな。あの黒蛇たちに指示出したらやってくれそうだし、残ったとこだけ直接行って破壊すれば時間短縮になりそうだ。
何よりレイさんたちがフロアボスの相手をしてくれている間に、はやく片付けたい。
「まぁ、やってみたら? 上手くいかなかったらいつも通りやればいいよ」
俺を信じて、そんな風に言ってくれたのがとても嬉しかった。結果を出せるように集中しよう。
俺は床に両手と膝をつく。そして俺自身の魔力を充分に注ぎ込み、スキルを発動させた。
「多重トラップ完全破壊!!」
床に流し込んだ魔力はフロア全体に広がっている。トラップ発動と共に、俺の両手から無数の黒蛇が一斉に伸びていった。その数は20匹以上になる。見た目がちょっとグロいかもしれないけど、そこはご愛敬だ。
そうして掌に帰ってくる感触で、トラップが破壊されていってるのがわかる。
うん、なんとか成功みたいだ! あとは出来てないところをアカシさんにチェックしてもらおう。
「うわー、何このスキル……めっちゃくちゃラクじゃん!!」
「あの……ちゃんと出来てますか?」
アカシさんが神の鑑定で、取りこぼしがないか確認している。これで問題ないなら次からはこれでいいかなと思っていた。
「うん、大丈夫! すごいな~、いつ思いついたんだ?」
「レイさんたちが戦ってくれているので、早く終わらせる方法はないかと考えたんです。数を増やすだけならできるかなと……」
「これ、みんなにはまだ内緒ね。次のダンジョンで驚かせよう! イヒヒヒヒ」
「はは、わかりました。内緒にしておきます」
そして、トラップ付き宝箱をなんとかふたりで運んで、3階層のフロアボス部屋に戻ったのだった。
***
フロアボスの部屋だったと思ったんだけど……むしろあの3人がボスのようにこの部屋に君臨していた。
「結界の使用方法に、新たな可能性を見出せましたね……」
シェイドさんは台の上に座り、優雅に足を組んで眼鏡をクイッと押し上げていた。
「あー、腹減ったなぁ。マリナなんか持ってる?」
「私は現地調達するので持っておらん」
レイさんとマリナさんは台に背中を預けて床に座ってくつろいでいる。
レイスの女王は……どこに行ったんだ? アカシさんもキョロキョロしている。
「みんなー! お待たせ! あれ? レイスの女王はどうした?」
「それなら、ここにいます」
そう言ってシェイドさんが指さしたのは、腰かけている長方形の台……ではなく、結界だった。
へぇ、こんな風に使えるなんて初めて知ったよ、俺。そしてよく見てみると、その結界の中にレイスの女王が押し込められていた。ていうか、レイスの女王マジ泣きしてないですか?
「うわぁ、レイスの女王泣いてるし。出してやってよ」
「おや、それは失礼しました。泣かせるつもりはなかったのです」
その後シェイドさんは律義に謝罪して、無事トラップ付き宝箱の回収もできた。
みんなで転移魔法が使える地上まで戻ったところで、会いたくない人物に遭遇してしまった。
***
「ハル・スプリングス!」
地上に出たら、突然名前を呼ばれた。しかも、とても聞き覚えのある声だ。
一瞬息が詰まるような感覚に襲われる。アカシさんがすかさず間に入ろうとしたのを、俺は大丈夫という気持ちを込めて頷いた。俺はフーッと息を吐いて、振り返った。
「……何かご用でしょうか」
思ったよりも低く冷たい声になってしまった。久しぶりに見たジェレミー王子は、着ている物はボロボロで、顔にも以前のような覇気がまるでなかった。しかも付き従っているパーティーメンバーが一人足りない。
「達者だったようだな。それならば、以前私の顔に傷をつけた事は水に流すゆえ、勇者パーティーに戻ることを許可しよう!」
は? …………何言ってるんだ? このバカ王子は。自分のやった事を覚えてないのか?
せっかくあのパーティーから抜けられて、今はユートピアで楽しくやってるのに、戻るわけないだろう!?
それに、こんなクソ王子にかまってる暇なんでない。早く宝箱をオープンしたいんだ。いや、むしろこっちが重要だ。
「いえ、お断りします。では宝箱開封で忙しいので失礼します」
そう言って、すでに転送準備の整った魔法陣の上に飛び乗る。
「なっ……!! 貴様! 待て! 待たぬか!!」
ジェレミー王子の返事を待たずに、レイさんは転移魔法を起動した。何か喚いていたようだったが、それはすぐに聴こえなくなった。






