2、女大盗賊、暗殺者を拾う
トラップ付き宝箱専門ギルドのユートピア。4人だけのギルドだが、そのギルド長の女大盗賊アカシ・パウエルはその日も王命で宝箱の処理をしていた。
私たちは宝箱に設置されているトラップ解除を専門で引き受けている。周りの奴らは私たちの変わったギルドを『鍵屋』と呼んでいた。
トラップ解除できた宝箱は、あとで勇者が回収するかもしれないのでそのまま置いて帰る契約だ。
「よーし、これで終わったな! 撤収するよ」
「アカシさん、ちょっと待った。あれ勇者パーティーじゃない?」
ギルド員のひとり、黒魔道師のレイ・ケンジットがこのダンジョンから出て行く勇者たちを察知した。契約の中には勇者たちには見つかるなとあったので、死角に隠れてやり過ごす。
「ひとり……足りませんね」
小声で呟いたのは白魔導師シェイド・ローエンだ。
確かに勇者パーティーは5人と聞いていた。はぐれたメンバーにかち会わないように、詳細も聞いてある。
「ふむ。暗殺者のハル・スプリングスが足りないな」
瞬時に答えを出したのは、バトルアックスマスターのマリナ・ヒューストンだ。小柄な女性ながら頼もしい存在だ。
「魔物にやられたのかな……?」
「いや、あのパーティーの主戦力だ。暗殺者がやられて、勇者たちがあんなノンキに歩いてこれる?」
レイの言葉に疑問で返す。今までに何度か見かけていたけど、あの暗殺者のレベルなら、この程度のダンジョンなど余裕だろう。
確かに第3王子のいい噂は聞かない。それでも、流石に仲間を見捨てるようなことはないと思いたい。なにせあの誇り高き王族の勇者に選ばれたのだ。
「様子を見てくるか……」
私のスキル『盗賊の耳』を使った。このスキルを使えば、半径500メートル圏内の、あらゆる音を拾うことができる。聞きたい音だけ拾い上げて、対象を確認していく。
そこでひとつの心音を拾った。確かにまだ鼓動している。暗殺者は生きている……! だけど、動く気配がない。いや、怪我でもして動けないのか?
心音を頼りに、誰もいないダンジョンを駆けた。心音が少しずつ弱くなるが、生きてさえいればシェイドの回復魔法でどうとでもなる。
何度目かの分かれ道を曲がったところに、暗殺者は倒れていた。もう意識はないようだ。
「いた! よかった、間に合った! シェイド!」
「任せてください。ハイヒール!」
シェイドの回復魔法が効いたようで、心音は力強く鼓動している。他に情報もないので、悪いと思いつつ私の切り札とも言えるスキルを使った。
「神の鑑定」
このスキルは対象の過去まで遡って視ることができるスキルだ。他にレベルやスキルなんかも鑑定可能で、情報が雪崩のように一気に流れ込んでくる。ハルの鑑定結果を視て、私は思いっきり顔をしかめた。
流れ込んできたのは、第3王子の蔑むような冷たい眼。そして、王子にしなだれかかるパーティーメンバーたち。自分に襲いかかる魔物を、あり得ない速度で倒して、トラップまで解除……いや破壊していた。
すべてひとりで。
いつからか話しかけても罵詈雑言で返される。街に戻っても用事を言いつけられ、仮眠程度しか取れない。ちゃんとできなければ、全員から叱責されていた。
まともに冒険できていたのは、最初の半年くらいじゃないか。
こんなことが起きていたのか……? あんな状況でひとりで頑張ってたのか? こんなにボロボロになるまで……。
どことなく弟に似ている暗殺者を、放っておくことができなかった。
「決めた。コイツを連れて帰る。レイ、頼むよ」
「了解でーす!」
レイはヒョイッと暗殺者を担ぎあげて、出口に向かう。こうして、私はハル・スプリングスを拾ったのだった。
***
————ここは……どこだ?
俺はてっきり死んだものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
フカフカのベッドの上で肌触りのいい掛布がかけられている。ベッドサイドには、いつでも飲めるように水差しとグラスが置かれていた。窓からは穏やかな日差しが差し込んでいて、薄手のカーテンが風に揺れている。
……なんていうか、とても心が落ち着くような優しい空気が漂っている。
そして、ものすごくゆっくりと休んだ気がする。こんなに気のすむまで寝たのはいつ以来だろう?
ひどく喉が乾いていることに気がついて、ゆっくりと起き上がった。サイドテーブルの水差しに手を伸ばそうとして、ベッドに突っ伏している人がいることに気付く。
女の人……もしかして助けてくれた……? 深紅の髪は高く結わいていて、窓から差し込む光が当たってキラキラと輝いていた。閉じた瞼から伸びるまつ毛も紅くて長い。とても綺麗だった。
その時、赤いまつ毛が震えてピジョンブラッドの瞳が姿を表す。バッチリと目があいドキリとしたが、ニカッと笑って勢いよく頭をわしゃわゃ撫でられた。
「や——っと、起きたな! 腹減ってないか? 今スープがなんか持ってきてやる!」
かなり豪快な行動と見た目とのギャップに戸惑うけど、ああ、こういうタイプの人なんだと納得することにした。
持って来てくれたスープは、身体に染み込むようで美味しかった。心まで温かくなって視界がうるんできたけど、何とかこらえて完食する。
赤髪の女の人は優しげに微笑んでいて、俺が食べ終わるまで静かに待っていてくれた。
「ごちそうさまでした……」
食べ終わった食器を渡すとそれを一旦サイドテーブルに置いて、姿勢を正し真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「ハル・スプリングス」
「はい……あの、俺を助けてくれたんですよね? ありがとうございます」
いきなり名前を呼ばれて驚いたけど、勇者パーティーに入っていたから調べがついたんだろうか? 身体が動くようになったら、すぐに稼いでお礼をしなければと思う。
「私はユートピアのギルド長アカシ・パウエルだ。悪いけどハルの状態を調べるために鑑定させてもらった。だから、どんな環境にいたのか、どんな事をされたのかは理解している」
「っ!」
俺は言葉を失った。
この人が、『鍵屋』と呼ばれるユートピアのギルド長、女大盗賊のアカシ・パウエル!?
話には聞いていたが、実際に会ったことはなかった。
少数精鋭のギルドで、所属する冒険者はみんな伝説級だった。
神の白魔導師と呼ばれた、回復や補助魔法に特化したシェイド・ローエン。ヒールだけで切断された腕を元に戻したという逸話がある。
超絶イケメンの天才黒魔導師、レイ・ケンジット。あらゆる攻撃魔法を使いこなし、空間魔法やデバフの魔法まで思いのままにする。
少女のような可憐な容姿なのに、バトルアックスマスターの称号を持つマリナ・ヒューストン。一騎当千とも言われる実力は相当なものだ。
そして、そのギルド長アカシが使うスキル『神の鑑定』は世界でも数人しか使えない。すべてを見透かすスキルだと、俺も含めてベテランの冒険者ならみんな知っている。
あんな扱いを受けていたのを、あんな風に勇者から捨てられたのも、全部知られてるのか。あんまり知られたくなかったけど……俺を助けてくれるためなら仕方ない。
「いいんです。アカシさんは命の恩人ですから。あのまま放置されていたら確実に死んでました。本当に感謝しています」
「ごめんな、黙ってるのはフェアじゃないと思って……他の奴らには話してないから安心して」
この人は……真っ直ぐな人だな。そんなの言わなけりゃバレないのに。ちゃんと俺の心情にも配慮してくれる、優しい人だ。余計にいつまでも甘える訳にはいかない。
「すみません。身体が動くようになったら、すぐに働いてお礼します」
「え、ホントに? じゃぁ、ウチで働けば?」
「は?」
————今なんて言った、この人? ウチってユートピア? え、何言ってんの?
……俺、ただの暗殺者ですけど?






