16、シェイド・ローエンの後悔
「部屋は個室で取ってあるから、ゆっくり休んで明日に備えてな! じゃぁ、本日は解散!!」
そう言ってアカシさんは、スキップしながら『温泉』へと姿を消した。
そんなに楽しみだったんだ、アカシさん。アレス神殿って、ユートピアにしたらボーナスステージなのかな。
アレス神殿が昔教会の本部だったのは、この『温泉』という魔力が含まれたお湯が湧き出ていたからだといわれている。
魔力が微量に含まれていて、湧き出るお湯につかると魔力回復を早めてくれるのだ。アルス神殿の攻略をする冒険者は、この『温泉』を利用して翌日に備える者がほとんどだった。
「じゃぁ、オレ先に土産見てくる。ヨーコさんに頼まれてる物あるから」
レイさんは最近仲良くなった、ドストライクの熟女の為に尽くすつもりみたいだ。だけど、いつもいざ告白すると冗談言ってと笑い飛ばされるか、騙そうとしてる? と引かれるかのどちらかだそうだ。なかなか不憫だ。
相手からしてみれば15や20も年下の、しかもあの超絶イケメンから真剣に告白なんてされても、素直に受け取れないのもわかる。さすがのレイさんもそれ以上は無理強いしないから、恋人ができないと嘆いてた。
誰かレイさんの想いを素直に受け取ってくれる、熟女さんはいないのかな。
「私も湯につかってくる。ではな」
マリナさんもアカシさんと同じく『温泉』に行ってしまった。残されたのは俺とシェイドさんだ。
「ハルはどうしますか?」
「せっかくなんで『温泉』に入ってみようかと思ってます」
「それならご一緒しましょう。私も今日は早く魔力回復したいのです」
そうだ、シェイドさんも常に5人分のシールドや回復魔法をかけてくれてるんだよな。感謝しないといけない。
「いつもありがとうございます。おかげで最近は怪我してないです」
「それが僕の役目ですから、当然です」
(そう、僕は決めたんだ。もう決して大切な人を死なせないと)
***
僕には幼なじみがいた。
同い年で物心ついた時には、いつも彼女とつるんでいた。気心が知れた関係は心地よく、ふたりとも冒険者になりあるパーティーに入って稼いでいたのだ。
その時の僕は魔法使いだった。回復は道具を使えば問題ない。それなら攻撃や、デバフ効果を付与する方が優先だと思っていた。
彼女は剣士の上級職を目指して日々研鑽を積んでいた。
だけどある時、魔物との戦闘中に僕はトラップに捕らわれてしまった。足にチェーンが絡まり身動きできなくなるトラップだった。
魔法で魔物を倒していたけど、他のメンバーもそれぞれ魔物を倒すので精一杯で、誰も僕の状況に気がつかない。隙をついてきた魔物に殺されそうになった時、彼女が身を挺して僕を助けてくれた。
彼女は僕を助ける時に大きな傷を負い、魔物を倒したあと微笑みながら息を引き取った。
「シェイ……貴方……は……生きて。たくさんの、人を……助けて……」
それが彼女の最後の言葉だった。それは彼女自身の願いでもあった。いつもたくさんの人を助けたいと、笑顔にしたいと言っていた。
僕は激しく後悔した。
魔力はまだ残ってる。彼女を助けるためなら、命を燃やしたって構わない。でも、それを実行できる術がなかった。
回復薬は使い切って、でも彼女の血は止まらなくて。僕はヒールひとつ使えなくて。
そして彼女が亡くなってから好きだったと気づいた。
大切な人を守りたい。どんな怪我でも一瞬で治せる様になりたい。
もう二度と目の前で大切な人を亡くしたくない。目の前で命の灯が消えていくのを、黙って見ていたくない。
その一心で僧侶となり、上級職の白魔道士へとジョブチェンジした。
白魔道士へランクアップしてからも、回復魔法の効率化を研究していた。この頃には大手ギルドのお抱え魔道士として、『神の白魔道士』と呼ばれていた。
だけど、僕にはそんな事はどうでもよかった。まだまだ、自分の回復魔法は改善の余地がある。それだけだった。
その頃、やたらトラップ付き宝箱にやられた冒険者たちが運び込まれてきた。切り落とされた腕をヒールで直したら、泣いて喜んでいた。少しは僕も役に立つようになっただろうか?
だけど、こんな大怪我をするのに何故そんなものに興味を持つのか分からなくて、立ち会うことにしたんだ。
そこで初めてアカシさんに出会った。アカシさんも何か目的があって、トラップ付きの宝箱を開けているようだった。怪我をした瞬間に即座に回復して、トラップ解除に付き合っていた。
ある日、それをすごく楽しみにしている自分に気づいた。
トラップの攻略は一筋縄ではいかなくて、大盗賊と名高いアカシさんですら苦戦する時もあった。でも攻略した時の達成感が、その苦労を上回っていた。
そして、アカシさんに誘われてユートピアの初期メンバーになった。この人は放っておいたら、大怪我をしていつか死ぬと思ったんだ。
今ではトラップ付き宝箱の攻略は、趣味として楽しんでいる。
***
俺とシェイドさんは言葉少なに身体を清めていた。別に怒ってる訳ではないけど、少し思い詰めたような様子だったから声をかけにくかったんだ。
でも、『温泉』につかるとシェイドさんもホッとしたような、体の力が抜けたような顔になっていた。
「シェイドさん、これめちゃくちゃ効きますね」
「ええ、本当に魔力がみるみる回復していきます」
俺はさっき、ジェイドさんの背中を見て一瞬固まった。
その背中には魔物にやられたと思われる傷が、無数についていたからだ。背中だけについた傷は、誰かを庇ってついた傷のようだった。
どれだけの覚悟をして、シェイドさんは白魔道士になったんだろう。俺はシェイドさんの回復魔法が好きだ。あの心まで温かくなるような優しい魔法が好きだ。
「俺、シェイドさんの魔法が好きです。心まで温かくなって、俺が元気になったのもシェイドさんのおかげです」
話の脈絡も何もないけど、感謝の気持ちと心まで救われたと伝えたかった。あの時の俺が、どれほどみんなの優しさに救われたのか伝えたかった。
「急にどうしたんですか?」
そう言ってシェイドさんは水の滴る銀髪をかき上げる。真っ直ぐに見つめてくる瞳は、アクアマリンのように澄んだ水色だ。
「シェイドさんの回復魔法は、最高だって伝えたかったんです」
そう言ってニカッと笑った。俺につられてシェイドさんもふんわり微笑んでくれる。
「それは何よりです」
(僕の魔法は最高か————彼女と同じことを言うんだな)
ハルの言葉に、シェイドの心は軽くなる。まるで彼女が褒めてくれたみたいな、くすぐったい感情をなんと呼べばいいのか。
ハルも大切な仲間だ。何があっても僕は必ず助けるから————






