15、アレス神殿
「みなさんに重大なお知らせがあります」
いつものようにメンバーが集まった食堂に、トーンダウンしたアカシさんの声が通る。その一言に全員が注目した。
「次のダンジョンはアレス神殿です」
一瞬だけ俺以外のメンバーの動きが止まる。空気の変化を感じ取ったが、理由が思い当たらない。
「な……に!?」
「これは……ついに来ましたね!!」
「それでは、早速準備してこよう」
みんなは俄然やる気になっていて、もう席から立って準備を始めていた。
「え? 何? アレス神殿って500年前に魔物の巣になったダンジョンですよね? 何があるんですか?」
「何って! あるんだよ! トラップ付き宝箱が、いっぱい!!」
アカシさんが叫ぶように教えてくれる。
何だ……と? トラップ付き宝箱がたくさんあるだと?
「それなら早く教えて下さいよ! 速攻で準備終わらせます!!」
***
そんなハルを見て、アカシはふわりと微笑んだ。
初めてここに来た時のハルは、とてもひどい状態だった。極度の睡眠不足と栄養失調、それに過労も重なり遅かれ早かれ倒れて、冒険者は続ける事が出来なかったはずだ。
そして極めつけは、勇者パーティーたちに囲まれて暴行を受け、生きる事さえ諦めた眼をしていた。
ユートピアのメンバーは心に傷を持つ奴らばっかりだから、あんな状態のハルに思うところがあったんだろう。私から何も言わなくても、ハルの回復に協力してくれた。
それぞれの得意分野で、まずは身体から癒していく。そしてそっと何度も何度もとハルの心に想いを届け続けた。
私も少しだけ弟に似た雰囲気のハルに、ただ笑ってほしいと願った。
毎日ハルの顔を見て、少しずつでも回復していってるのを感じ取っていた。そして鑑定で視たハルの孤独をやわらげたくて、最後に「ひとりじゃない」と伝え続けた。実際ひとりにするつもりもなかったけど。
そんなある日、ハルがギルドに入りたいと言ってくれた。あの時は本当にうれしかった。
もう仄暗さはなく、キラキラと未来を見据えた顔にもう大丈夫だと思ったんだ。鑑定の結果、非常に優秀なのも判明していたので、手放す気はなかったけどな。
まぁ、それでも冒険者はこりごりだと言うなら、次の職くらいは紹介するつもりでいたんだ。こう見えてギルド長だから伝手はあるし。
それが今では、私たちと一緒にトラップ付き宝箱を楽しみにしている。
「アカシさん! 準備できましたよ! レイさんが呼んでます。行きましょう!」
ハルがまぶしい笑顔を向けてくる。私はその笑顔にニカッと笑い返した。
今日はちょっとだけ気合を入れて、出発の号令を出そう。
「よーし、行くよー!」
***
アレス神殿。このダンジョンはかつてこの国の教会本部が置かれていた建物だった。それが500年前から魔物が現れ始めて、やがてその住処として人間たちを追い出したのだ。
神殿の敷地内は魔物が多数出現して、気配遮断だけでは戦闘を回避できないダンジョンだ。
王城が8個は入るほど広大な敷地で、通常の冒険者パーティーなら攻略に2週間はかかるところだ。それゆえ近隣の街では冒険者向けの宿屋や武器防具店が繁盛している。
そもそも転移魔法をヒョイヒョイと使える魔道士なんてそうそういない。魔法使いの上位職である魔道士でもその状態なので、レイさんの距離を無視した転移魔法は規格外だった。
ヒュンっという転移魔法の動作音のあとに、ユートピアのメンバーが現れる。
場所はもちろんアレス神殿の入口だ。
「アカシさん、ここは1日で終わらせるのは無理でしょう。今日はどこまで進みますか?」
シェイドさんが攻略計画を確認している。確かに広すぎるから、このメンバーでも1日じゃ無理だよな。行けるところまで行って、いったん戻るんだな。
「そうだなぁ……第2区画までは行けるんじゃないかな?」
「わかりました、では、補助魔法をかけます」
「場所によっては先に宝箱運び出すから、そん時はよろしくー」
「承知した。任せるのだ」
こうして俺たちは、バカみたいに広いアレス神殿に足を踏み入れた。
アレス神殿のいたるところに、ツタがからみつき石柱を新緑色に染め上げている。半分に折れてしまった石像はその辺に転がっていて、いつ付いたのかわからない様な剣の跡が残っていた。
「あ、来ましたね。俺が殺ります」
早速、俺たちの匂いを嗅ぎつけたアイシングウルフが3頭、襲いかかってくる。この魔物は物理攻撃するとカウンターで魔法を放ってくる。真っ白な体躯には氷魔法の補助がかけられていた。
「完全即死」
攻撃を打ち込んだ際に、アイシングウルフの氷魔法が発動される。すかさずレイさんが炎魔法で打ち消してくれた。
「アローズファイア」
ごく初歩的な炎魔法で、アイシングウルフの氷魔法を相殺する。レイさんが放つ魔法は威力がけた違いだ。次々と襲いかかってくる魔物の攻撃を躱して、完全即死で倒していく。
最初の3匹を倒したところで、次のアイシングウルフが現れた。周りを見渡せば、かなりの数の敵に囲まれている。
「私とマリナは後ろから来るヤツを引き受ける。レイはハルのフォローを頼むね」
「了解!」
「マジックバリアと回復は心配しないでください」
「うん、シェイドも頼んだよ」
前方を俺とレイさん、後方はアカシさんとマリナさんで倒すんだと理解した。
アイシングウルフに攻撃すると自動的に放たれる氷魔法は、レイさんが相殺してくれる。レイさんの様子を観察して俺はスピードを調整しながら、双剣を振るっていた。
一方レイはヒラヒラと魔物の攻撃を避けるハルを、眼で追いながら炎の矢を放っていく。
暗殺者であるハルは、もともと敏捷値が高い。シェイドは回復もするため、マジックバリアのみに集中できない。なので必然的にレイがハルのフォローに回ることになる。
(ほんっと、ハルのスピードについていくのキツいんだけど!! 何であんなにすました顔してんだ!?)
「くそっ、アローズファイア!!」
ヤケクソ気味に炎の矢を放つレイだった。
アイシングウルフの群れを片付けると、辺りは静寂を取り戻した。また匂いを辿ってくる魔物に会う前に、トラップを破壊したかった。
「ハル、ここにトラップがある。頼んだよ」
「はい!」
アカシさんに指示された場所は、丸い形の広場になっていた。中心に壊れて水の出ていない噴水がある。
俺は広場の手前でかがみ、そっと手を置いた。
「トラップ完全破壊」
スキルが発動すると、ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ! と音を立てながら広場の外周にひびが走っていく。
多分、ここに足を踏み入れたら檻の中に閉じ込められて、強制バトルになるはずだったんだろう。
魔物を全部倒すまで逃げられないとか、ホント辞めてほしいもんだ。
「オッケー、次行こう」
こんな地味な作業を繰り返して、1日目が終わった。
今回は転移魔法でギルドに戻らず、近くの街で宿を取ることになった。理由は、その街の名物『温泉』を楽しみたいからだ。
「宿は予約してあるからな。早く行こう!」
一番楽しみにしてたのは、アカシさんだった。
予約してあると言われた宿屋は、街一番のお高いけど格別のサービスを受けられるところだった。
……どんだけ気合入ってるんですか、アカシさん。






