12、マリナ・ヒューストンの過去
私は何年も前に出て来た故郷を思い出していた。
南方に位置するサマヴィス王国、第2王女マリアーナ・テレス・サマヴィスが私の本名だ。
国王の父と、正妃、私の母である側室、正妃の娘である姉が家族だった。通常だと姉が次期女王となるのだが、姉は魔力がほとんどなかった。
家臣の間では私を女王にするべきだという意見もあり、正妃様は次第に私を目の敵するようになっていった。
正妃様に呼び出されては無理難題を申しつけられ、できなければ罰として幽閉塔に閉じ込められた。幼かった私には、真っ暗で月明かりも入ってこない塔の中は怖くてたまらなかった。
どれだけ泣き叫んでも誰も助けにきてくれない。
それはそうだ。女王の命令なのだから。ついには塔を見ただけで身体は動かなくなり、ガタガタと震えるようになっていた。
だけど、姉様だけはずっと私に優しくしてくれた。私の姿が見当たらなければ、幽閉塔まで探しに来てくれて、助け出してくれたのだ。
家族としての愛情を注いでくれたのは姉様だけだった。父は知らんぷりで私に関わらないし、母は私を政治的に利用する駒としてしかみていない。姉様だけが私の心の支えだった。
そんなある日、私は正妃の手の者に誘拐された。どこか見知らぬ塔に連れて行かれ、監禁されたのだ。
誘拐を実行した賊たちが、3日後に私を殺すと話しているのが聞こえて来た。
このままでは、じっとしているだけでは殺される。逃げ出さなければ!! そう強く思ったのだ。
そこで何とか知恵を絞り、唯一使えた風魔法を使って賊を撹乱した。その隙に空の宝箱の中に隠れて機会をみて逃げ出したのだ。
私が戻ると、姉は泣きながら謝ってくれた。姉さまは何一つ悪いわけではないのに……。でも、話を聞いてみると姉は姉で、私の母から毒を盛られたり、暗殺者を差し向けられたりと命を狙われていたと判明した。
ザワリと私の中の魔力が渦巻いた。
身体からあふれ出た魔力は、私のドレスをパタパタとはためかせた。
私から姉様を奪うの? ただひとり、私に愛情を注いでくれる姉様を奪うの?
「母様も父様もいらない。姉様に害をなすなら、私が————」
明確な殺意が湧いたのは、この時が初めてだった。だけどそんな私を制したのは姉様だった。全てが凍てつくような冷たい瞳で、姉様は美しく微笑んでいた。
「そう、それならよかったわ。マリアーナ、私もそろそろ我慢の限界なのよ。やってしまってもいいかしら?」
姉様は確かに魔力は少ない。
でもそれを補っても余るほど王としての素質があった。知略と人心の掌握に長け、政治的手腕は父を軽く凌駕する。歴代のどの王よりも、賢王になることは間違いなかった。女王となるのは姉様しかいないと思っていた。
その姉様が静かに怒りを燃やしている。何より私に手をかけようとした事が許せないと言ってくれた。
そして見て見ぬふりをしていた父と、醜く争う母たちをキッチリ断罪して新女王になった。
戻ってから剣の修業に明け暮れた私は、バトルアックスマスターとなった。姉様が治める国はもう安泰だと思い、旅に出ることにした。姉様は反対したけど、姉様と自分を守るために強くなりたいと言ったら渋々送り出してくれた。
もっと強くなりたかった。強くなって、何者からも姉様を守る剣になりたかった。
そして、この国で冒険の途中にアカシと出会いギルドに入ることになったのだ。
塔に対する恐怖は克服したと思っていたが、先程は息苦しくなってフラついてしまった。壁に寄りかかろうとして、運悪くトラップに引っかかってしまったのだ。
まだまだ、修行が足らぬ。姉様の元へ帰るのは当分先になりそうだ。
***
「つまらない話をしたな」
「いえ、そんなことないです! なんでマリナさんが強いのか、よくわかりました」
「もう大丈夫だ。……その、助かった。感謝する」
手は握ったままだけど、話をしていて落ち着いてきたのか、冷たかった手はすっかり温まっていた。
「話してくれてありがとうございました……ていうか、王女様だと知らなくて、俺失礼なことしてませんか?」
「よいのだ、今まで通りで頼む」
「マリナさんがそう言うなら、わかりました」
話の内容には驚いたけど、マリナさんの想いがしっかりと伝わってきた。もう充分強いから、お姉さんの元に戻っても問題なさそうだけど……時間の許すかぎり一緒に働きたいと思うんだ。
でも、まさかお姫様だとは思わなかったな。キラキラした金髪に翡翠色の瞳にめちゃくちゃキレイな顔で、所作とかどことなく上品だなとは感じてたけど。まぁ、武器がバトルアックスか!って思ったけど。
「む、何を見ておる」
「え、いや、本物のお姫様って会ったことなかったから……すみません」
マリナさんを見ていたら、ギロリと睨まれてしまった。あわてて視線をそらす。
でも、つないだ手を離すつもりはないみたいで、ギュッと握られたままだ。まだ不安がぬぐいきれないんだろうな……元気の出る話でもしようか。
「次の俺の食事当番のときに、マリナさんの好きなオムライス作りますね」
「何っ! 本当か!? ハル、約束だぞ!」
「はい、約束します。だからみんなと合流して、無事に帰りましょう」
そう言ってマリナさんが安心できるように、微笑んだ。
「う、うむ……そうだな、無事に帰ろう」
あれ? 作戦失敗か? マリナさんうつむいちゃったな……まぁ、俺モテないしなぁ、あんまり女の人の気持ちわかんないから仕方ないか。こんな時に、気のきいた言葉が出てくる男になりたい。
そこで突然、外側から壁が崩された。薄暗かった部屋にまぶしい光が差し込んでくる。マリナさんが慌てた様子で手を離した。
「ハル! マリナ! 無事か!?」
聞きなじみのある声にホッと息をつく。やっぱりアカシさんが見つけてくれた。
マリナさんは早速シェイドさんの回復魔法を受けている。耳まで赤くなってたけど……治療を受けてるなら問題ないか。
「絶対にアカシさんが見つけてくれるって思ってました」
「当り前だろ! それより、ハルは動けるか?」
「大丈夫です。さっきのトラップ破壊しに戻りますか?」
「うん、頼むよ。それで最後だから、トラップ付きを回収して撤収だ」
最後のトラップも無事に破壊して、俺たちはギルドの地下室へ転移魔法で移動した。






