那須与一の弓と矢の噂
下町に若い商人が一人やってきました。商人は手頃な日影を見つけムシロを敷いて荷物を広げました。
「さあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この手にありますは、あの弓の名手、那須与一がこさえた矢で御座いますぞ! 何者も一矢で仕留める矢をどうぞ!!」
商人が手にした矢を、弓で引くと、矢は甲高い鳥のさえずりの様な音を立てて、遠く離れた茶店にぶら下がっていた番傘に突き刺さりました。
「おお! 一つくれ!!」
「俺にもくれ!」
「こっちにもだ!」
「それがしにも一つ!」
「拙者にも……!!」
「おいどんも!」
「麻呂にも!」
「ミーにも!」
矢は瞬く間に人々の手に渡り、それぞれが茶店の番傘に向かって弓を引きました。しかし、誰もが茶店まで届かず、顔をしかめました。
「ここで取り出しますは、あの弓の名手と名高い、那須与一の弓で御座います!! 遠く離れた獲物ですら軽々と仕留める弓をどうぞ!!」
商人が弓を籠から取り出すと、茶店より遠く離れた米屋の暖簾へと矢を当てました。それを見た人々は次々と弓を買いました。
「一つくれ!」
「こっちは二つだ!」
「五つくれ!」
「100個だ!!」
「101個くれ!!」
弓は瞬く間に人々の手に渡り、それぞれが米屋に向かって弓を引きますが、やはり、誰しもが暖簾に当てることは出来ません。
「インチキめ!!」
「詐欺め!」
「デタラメ野郎!」
「ウソつき!!」
「金返せ!!」
「給料上げろ!!」
皆が口々に不満をぶつけます。しかし商人は涼しげな顔をして、静かに弓を引きました。
放たれた矢は米屋より更に奥の立ててある、人相書きの看板の真ん中へ刺さり、人々は目を丸くして商人を見つめました。
「言い忘れましたが、私の使っている弓と矢は、さっきその辺で買った二束三文の安物です。さあ、誰かこの那須与一の子孫である私を買う者はおりませぬか!?」
声を大にして売り込みますが、誰も手を挙げません。
そこに、丁度鷹狩りへ向かう途中のお殿様が通り掛かりました。お殿様はその商人をいたく気に入り、鷹狩りや護衛としてとても重宝しました。
こうして、商人は重役として取り立てられました。
しかし彼が本物の那須与一の子孫かどうかは謎のままです。
読んで頂きましてありがとうございました!
(*´д`*)