━不用意なささやき━
憂鬱を抱えて小学校3年生の二学期が終わると、父の赴任に伴い僕は伊豆諸島の仲島に引越した。
島は漁業と観光が主体で人々の生活は決して豊かではないが、亜熱帯性の気候にふさわしい温かくおおらかな気性と慣習が、島ならではの独特の世界を形作っている。
島の自然や生活・遊び・人間の魅力などを、小学生高学年になった僕の目を通して描写する。
約1年半の間、様々な人たちと交友を行い、喜怒哀楽の最後に待っていた結末は・・・
プロローグ
朝、孫娘の電話で目が覚めた。
「おじいちゃん、新しい長グツかったの。これから行くね」
孫娘は今年小学校の3年生になったばかりで、私の家から歩いて5分ぐらいのマンションに住んでおり、私の家は通学路にあたっている。
すぐにベッドから出て着替え、顔を洗っていると玄関のベルが鳴った。
ドアを開けると、白い長靴にカーディガン・スラックス姿の孫娘が通学用の黄色い傘を持って立っていた。
「おはようお爺ちゃん。見て、この長靴かわいいでしょ。お母さんに買ってもらったの」
ニッコリ微笑むと踵を返して傘を差そうとしている女の子を見たその時、
「雪子だ。雪子!」
思わず心の中で叫んだ。
髪を三つ編みにした、スラックスに長靴のその姿は、60年前の私の記憶を唐突に、しかも鮮明に思い起こさせた。