7.OL、魔法を使いたい
何はともあれ、私は自分の魔力の流れとやらの感覚に掴むことに成功した。
「本来、こうも早く魔力を扱えるようになることはない。流石だなリゼット。正直驚いている。」
いろんな意味でな。とボソリとヴァーノンが言葉を続けた。
「いろんな意味で?」
「あぁ、いや、気にするな。」
目ざとくヴァーノンの言葉を拾った私であったが、その意味をヴァーノンが口にすることはなかった。
そんなヴァーノンは誤魔化すように咳払いを一つすると、続けて口を開いた。
「じゃあ次は実際に魔法を発動させるぞ。」
「おぉ!ついに!」
ついに私もファンタジーの醍醐味である魔法をこの手で……!
ワクワクと感情が高ぶるのを感じる。
私はヴァーノンに期待の眼差しを送る。
「先ほど感じ取った魔力を体内で練り上げ、体外へ放出し、それで発動させる魔法を形作るイメージだ。」
「ほ、ほう……?」
抽象的で全然わからん。
「まぁこれは実際にやってみた方が早い。」
そう言うと、ヴァーノンは自らの手を体の前に持ってくると、手のひらを上にし「——火球」と魔法を唱えた。
その瞬間に、ヴァーノンの手のひらの上に赤々と燃え盛る炎の球が出現した。
今日ヴァーノンが始めに見せてくれた闇属性魔法に似ている。
「火属性の最下級魔法だ。まずはこれを発動できるようにするぞ。自分の魔力を使って、これを作り出すイメージをしっかり持て。」
「はーい!」
元気に返事をした私は、ヴァーノンの手のひらの上に浮かぶ炎の塊を目に焼き付ける。
そして私は一つ深呼吸をすると、目をつぶった。
私の中の魔力を練り上げる。
先ほど感じていた温かいものが自分の中に満ちていくのを感じる。
私はその熱を右手に集中させる。
それを体外に放出し、私の手のひらの上で燃え盛る炎をしっかりとイメージする。
「——火球!」
自分の中で思い浮かべたイメージを具現化させるよう、右手にグッと力を込め魔法を唱えた。
力強く告げるとともに私は閉じていた瞳を開いた。
私の手のひらの上にはメラメラと燃え盛る炎の球が……
「……あれぇ?」
ない。
私の右の手のひらの上には見事に何もない。
それを確認すると、しょんぼりしながらヴァーノンに視線を向ける。
「ま、最初はそんなものだ。」
「むー……」
思わず頬を膨らませる。
「しばらくはそれを繰り返すしかない。」
「……がんばる。」
念願の魔法までの道のりはそう簡単ではなかったようだ。
「火球!」
今日だけで、私はこの魔法を何度口にしたことだろうか。
ボフンッ
私の手のひらの上でそんな音を立てて、魔力が弾ける。
「はぁぁぁぁぁぁぁーだめだー……。」
ひたすら火球の発動を試みること数時間。もしも魔王城上空がこの禍々しい雲に覆われていなければ、今頃空は赤く染まっていただろう。
火球の練習を始めた瞬間は何も起こらなかったが、今は放出した魔力が弾け散るのが目に見えるようにはなった。
だが、それだけ。
相変わらず私の手の平の上に炎の球が現れることはない。
アルベールとの鍛錬は身体的にキツイが、魔法の発動を試みる時はかなりの集中力を要するため、今回は精神的にかなりキツイ。
肝心の魔法も上手く発動しないので尚更だ。
思わず私は肩を落とし、大きなため息を零した。
「ふむ……初日にしては悪くないぞ。」
「どこが!こんなに唱え続けてるのに全然成功しないよー」
思い通りに行かず、ついつい八つ当たりのようにヴァーノンに言ってしまった。
「いや、魔力の圧縮まではできているから後少しだ。そもそもこんなに早く魔力を扱えるようになっているだけでもすごいことなんだ。焦ることはない。」
「ぶー」
どうやら私は自分の力を過信していたようだ。
心のどこかで、自分は特別で、すぐに強くなれると思ってしまっていたのだろう。
私は決して物語の主人公ではない。所詮勇者に呆気なく殺されるだけの最弱魔王に過ぎないのだ。
「ハハ、そうむくれるな。……そうだな、一つ試してみるか。———闇黒球」
突然、ヴァーノンが魔法を発動させた。
今日初めに見た闇属性の最下級魔法だ。
ヴァーノンの手のひらの上に、禍々しい球が浮かんでいる。
「最初に説明したように、魔法の属性には得手不得手がある。もしかするとお前も俺と同じ闇属性が一番相性がいいのかもしれん。本来は基本の5属性の方が扱いやすいのが普通だが、試してみろ。」
「!わかった!」
ヴァーノンの提案に、少し元気を取り戻した私は気合いを入れ直す。
よし。
今日ひたすら練習したことを思い出す。
そして、凝縮した魔力を体外へ放出し、漆黒の渦を想像する。
途端に、私の右手が今まで感じなかったほどの熱を感じる。
あ、何か、いける気がする……!
「———闇黒球!」
力強く私が魔法を唱えた瞬間、私の手のひらの上に黒々とした禍々しい球状のものが出現した。
「で、で、で、、、」
今まで火球の発動を試みていた時のように魔力が弾け飛ぶこともなく、安定して私の手の平の上で黒くて球状のものが渦を巻くようにして浮かんでいる。
あまりの感動に、魔法を発動させた右手が震える。
「できたーーーーーーー!」
思わず両手で拳を握って、腕を掲げる。
それと同時に、発動させた魔法は消えてしまった。
しかし、私はたった今間違いなく魔法を発動させた。
「できた!できたよお兄ちゃん!」
嬉しさのあまり、ヴァーノンに駆け寄り彼に抱きついた。
「っ、!?」
「見た!?ねえ見てた!?すごい!本当にできた!!」
「あ、あぁ。本当に、すごいなリゼット。」
突進にも近い勢いで私に抱きつかれたヴァーノンは一瞬驚いたようだったが、嬉しそうな私を見て優しい笑みを浮かべた。
そんな彼が、私の頭を撫でる。
尚更嬉しくて、私は一層笑顔になった。
「ありがとうお兄ちゃん!お兄ちゃんのおかげだよ!」
「……本当にお前からの感謝の言葉は別格だな。城の者が騒ぐのも無理はない。」
突然脈絡のない話をしたヴァーノンに、私は首をかしげる。
そういえば、記憶が戻ってから2週間くらい経過したが、ヴァーノンに直接お礼を言ったのは今のが初めてだ。
そんなヴァーノンは嬉しそうに、でも少し照れたように微笑んでいた。
「そろそろ夕食の時間だ。今日はもう終わりにしよう。」
そう言ったヴァーノンに、私はそうだねと返事を返し、いつの間にか彼に抱きついていた自分の身を離した。
はっ……私、いつの間にヴァーノンに抱きついてたんだ……。
あれだけ自分に仇なす者だからとヴァーノンを避けていたのに、いつの間にかそんなこと気にせずに彼に接していた。
そう思い、ちらりとヴァーノンを見上げると、彼はどこか名残惜しそうに私を見ていた。
私は、やはり間違っていたかもしれない。
前世で読んだ小説の知識に惑わされ、今目の前にいる彼を私はちゃんと見ていなかった。
ヴァーノンの瞳には、憎しみも妬みも殺意も何もこもっていない。
確かに目つきは鋭いが、そこにあるのは優しさと愛情だけだ。
私はそんなことにも気付かず、罪もない彼を避け続けていた。
私がやるべきことは、変な先入観で彼を避け続けることではない。
この優しい兄を豹変させる事態を起こさないようにすることだ……!
そのために私は強くなる。
必ずこの城を出る。
絶対に魔王にはならない!
今までの自分の行動を反省した私は修練場を後にし、ヴァーノンとアルベールと一緒に夕食の会場へと向かう。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
その道のりの途中で、私はヴァーノンに問いかけた。
「どうした?」
ヴァーノンが優しい表情で私の方を見る。
「姿を変える魔法ってない?」
ヴァーノンへの認識を改めた私は、この城を出る方法を考えていた。
自分の力を過信していた私は、誰よりも強くなればこの城を力ずくで出ていけると思っていた。
だが、今日までの自分を振り返り、現実的に考えたときにあまりにも無謀な試みであると感じていた。
アルベールとの剣術修行でも基礎の基礎から初めて、彼からまず課せられた筋トレメニューですらいまだに息絶え絶えになりながら毎日こなしている。
あのメニューを100倍はこなせるようになってもらうとアルベールは言っていたが、それができる日がはるか遠いことは想像に難しくない。
魔族の長い寿命を考えると大したことのない年数かもしれないが、15歳で魔王になってしまう可能性が高い私は、その時までにあれを100倍こなせているようになっているとは全く思えない。
剣の技術的にも、たとえ100年鍛えたとしてもアルベールの実力を抜ける気がしない。
今日の魔法もそうだ。
簡単なはずの最下級魔法ですらなかなか発動させることができなかった。
それなのに、たった数年魔法を練習したところで、私より何十年何百年も長く生きている魔族たちより強くなれるとは到底思えない。
かと言って強くなるのを諦めるわけではないが、もっと他の方法を探すべきだと考えを改めていた。
そうして、一番に思いついたのは、全くの別人に化けて堂々とこの城を抜け出すことだった。
「姿を変える?」
「うん!別人に化けたり、魔物に変化したりできる魔法ってない?」
おかしな私の質問に、ヴァーノンは不思議そうな顔をしている。
「ないな。」
「ないの……」
ヴァーノンから返ってきた答えに、目に見えて落胆する。
「そもそも、魔法は各属性に帰属している。あくまでその属性の中で実現できることしか可能ではない。」
「そっかー……。」
魔法は万能ではないということだ。
「できたとしても、雷属性と風属性を合わせて大気の圧縮で光の屈折を調整し幻を見せるとかその程度だ。」
試したことはないけどな。とヴァーノンが続けて言った。
恐らくヴァーノンが言ったのは、魔法で蜃気楼を生むようなことだろう。
つまり、自然現象を発生させるようなことはできるが、非科学的すぎることはできないということだ。
「後はそうだな……そういう特性を持っていればできるかもしれないな。」
「特性……。」
それは不可能である。
特性は私でいう所の「魔族に無条件で愛される」というあれだ。
これはその人が生まれ持った特殊な性質や能力であり、努力などでどうこうできるようなものではない。
「それがどうかしたか?」
「あ、いや!なんでもないの!」
しょんぼりしていた私に、ヴァーノンが不思議そうな顔をしていたが、私は誤魔化すように全力で手を振った。
「?そうか。」
納得はしていなさそうだったが、ヴァーノンがそれ以上追求してくることはなかった。
私の思いつきは儚く散った。
そうして、私は少し落ち込みながら夕食を食べるのであった。