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3.OL、魔法が見たい


この世界には魔法が存在する。

しかし、私は6年間生きてきて一度も使ったことがない。

今までの私は魔法なんてものに興味はなかった。

私が興味があったのは、生意気にも煌びやかなドレスや宝石、美味しいお菓子など贅を尽くしたものばかりだった。


だが、前世を思い出した今、そんなファンタジーに溢れたものに興味を抱かないわけがない!


「ねえ、アル!」


私の食べ終わった後の食器を片付けていたアルベールが、背筋を伸ばし凜とした姿でこちらに向くと、「はい」と返事を返した。


「アルは魔法使える?」

「恐れながら、私は魔法はあまり得意ではございません。」


そうなのか。

確かに小説でも、魔法ではなく剣で戦っている場面が多かった気がする。

魔族のみんなが得意というわけではないのか。


そうなると気になるのは、私の適正だ。

私は魔王の娘だからいい素材は持っているはずだと容易に考えていたけれど、勇者を追い詰めるほどの実力者であるアルベールすら魔法は苦手だと言うのだから心配になってきた。


そんな私の思考を読んだかのように、アルベールが続けて口を開いた。


「私は見ての通り魔力が多くないのです。」

「見ての通り?」


アルベールは齢不明。以前聞いた話だと、100歳に満たないくらいだと言っていた。

途中で数えるのをやめてしまったらしい。見た目に関しては20代前半くらいの見た目だ。

魔族は20歳頃までは人間と同じように成長するが、それ以降の身体的な老いは非常に遅くなる。

だからほとんどの魔族が、人間でいうと20代〜30代くらいの見た目をしている。


100歳弱の彼は、魔族としてはまだまだ若く、この年齢で私の側近をしているのは異例の速さでの昇進だ。

あの過保護なマティスが私の護衛を任せているのだから、その実力は折り紙つきである。


「魔族は皆、黒と白が混ざった色の髪や瞳、羽を持っております。」

「うん!アルは綺麗なシルバーアッシュだよね」


邪魔にならないよう短めに切られた髪も、切れ長の瞳も、背中に生えた見事な羽も、すべて美しいシルバーアッシュをしている。

思ったままを口にした私に、アルベールはその綺麗な瞳を大きく開き、戸惑っている様子だ。

リゼットとして生きてきた記憶の中でも、彼のそんな表情は珍しかった。


「そ、そのような……もったいないお言葉です。」


言い終わる頃には、いつもの無表情に戻っていた。

リゼットとして過ごしてきた記憶の中で、彼が表情を変えることはあまりなかった。

今日は珍しく、彼の驚いた顔を何度も見たような気がする。

おそらく、それほど私の言動がおかしいのだろう。わかります。


「魔族のこの色は、魔力の量に比例しております。」


落ち着きを取り戻した彼が、説明を続けた。


「魔力の、量……?」

「はい。リゼット様のお父上であらせられる魔王様は、それはもう見事な漆黒をお持ちでしょう。」

「あぁ!確かに!」


私は思わずと言ったように、右手に作った拳で左の手のひらをポンと叩いて見せた。


「魔力の多い者ほど真っ黒に近く、魔力の少ない者ほど、白に近いのです。」

「そっかあー。なるほど!」


その話を聞くと、確かにアルベールは魔力の量は多くないのだろうと容易に想像がつく。

反対に、マティスは青光りしそうなほど真っ黒で綺麗な髪をしていたし、ヴァーノンだってマティスに負けず劣らず見事な漆黒だった。

……ということは、私は?


居ても立ってもいられず、私は姿見の前に飛んでいった。


「ムムム!」


この6年間で見慣れたはずなのに、食い入るように鏡を見る。


緩くカールしたおヘソ辺りまで伸びた髪の毛は見事な漆黒。

まん丸な瞳は見事な漆黒。

前世の記憶が戻った今、違和感しかない背中の羽も見事な漆黒。


こ、これはつまり…………!


「リゼット様は潤沢な魔力を持っておいでです。」

「おぉ!!」


すぐ近くまでやってきたアルベールの言葉に、歓喜の声が漏れた。


流石魔王の娘!最強じゃん!いや、今は最弱なんだった。

上がっていたテンションが一気に沈む。


いやいや、大丈夫。

これから頑張るって決めたじゃないかリゼットよ!

希望は見えたんだから、今更現状の自分にショックを受けている場合ではない!


アルベールは魔法が得意ではないと言っていたし、見てわかる通り魔力の量も多くはないらしい。

でも、魔法が使えないとは言ってない。


「アル!魔法見せて?」


キラキラとした瞳で、アルベールにそう言った。






私の期待の眼差しに、アルベールは「私の拙劣な魔法など、リゼット様にお見せするようなものでは……」と渋って見せたが、そんな彼に構わず、私は強引にアルベールの手を引き部屋を出た。

こういうところに、リゼットとして生きてきた傲慢さが滲み出ている。


だって一刻も早く魔法をこの目で見てみたいんだもの!


私の腕なんて容易に振り払えるであろうに、優しいアルベールは大人しく私に引っ張られるままに廊下を進んでいる。

向かうは野外修練場。

ゲームやアニメなんかで見るような魔法が本当に存在するのであれば、屋内で魔法を発動するなんてとんでもない。


ウキウキした様子で城の廊下を歩く私に、すれ違う魔族たちが次々に声をかけてくる。


「リゼット様、今日もなんと麗しい……!」


慣れない声かけはやめてほしい。

いや、リゼットとしては慣れているのだけども!

でもやっぱり私は普通のOLとして生きていた時間の方が長いのだから、それを思い出した今、そんな歯の浮くようなセリフを気軽に言わないでいただきたい。


「リゼット様、どこへ向かわれるのですか?

「リゼット様、何やらご機嫌ですね!」

「リゼット様が嬉しそうにしていると俺も嬉しいです!」

「リゼット様、お美しい……」

「リゼット様、何かほしいものなどございませんか?」

「リゼット様、こちらの宝石をどうぞお納めください!」

「リゼット様、本日のご夕食も腕によりをかけてお作りいたします……!」

「リゼット様!好きです!今日も好きです!明日も好きです!」

「リゼット様、お慕いしております!」

「リゼット様、」

「リゼット様!」

「リゼット様!!」


なんやねんこの城は!!

思わず普段使いもしない関西弁でツッコミを入れたくなってしまう衝動をなんとか抑える。


とはいえ、好意的に声をかけてきてくれる人たちを無視するのも良心が痛み、困ったように笑いながらみんなに手を振ってみせる。


「リ、リゼット様がお手を……!?」

「あぁ……!リゼット様が笑顔で手を振ってくださるなんて……!」

「俺はもう死んでもいい……」


いや、やめてくれ。

こんなことで死なれたらこの城に死体の山ができてしまう。


そんなことを繰り返しながら、私とアルベールは一直線に修練場へ向かう。


思い返してみると、純粋にリゼットとして生きていた日々も、今のように度々城の者から声をかけられていた。

しかし、私はそれを当然のこととし、城の者にわざわざ返事を返したり、手を振ったり、笑いかけるようなことはしたことがなかった。


特性のおかげとはいえ、こんなにも好意的な人たちに、私はなんと非情だったか。

今の私の言動に、城の者が驚くのも無理はないだろう。


ある日突然大人気アイドルにでもなったかのようだと思っている間に、私たちは鍛錬場にたどり着いた。



鍛錬場にはちらほらと魔族がいるものの、十分に広いスペースが余っている。

普段絶対に現れるはずのない私の姿を見て、鍛錬場にいた魔族たちはざわめいている。


「さぁアル!早く見せて!」


ざわつく周囲を気にも留めず、私はここまで引っ張ってきた手を離し、アルベールに向き合った。


「……わかりました。」


諦めたようにそう言ったアルベールは、私に離れるように言う。

その言葉に私は素直に従い、彼と距離をとった。


修練場にあるはずのない私の姿に、一体これから何が始まるのかと、周囲の者も手を止めこちらを見ている。

数々の熱い視線が突き刺さる。


注目すべきは私じゃなくてアルベールなのに!


私が一人そんなことを考えていると、肌で感じるほど周囲の空気が変わった。その中心にいるのはアルベールだ。


「———迅雷双嵐竜サンダーストームドラゴン

「うわ、わ!?」


アルベールが静かに言葉を紡いだ瞬間、眩しい光を感じ思わず目を閉じてしまった。

それと同時に修練場に強風が吹き荒れる。


風に舞う髪の毛を抑え、なんとかアルベールの方を見ると、彼の頭上に二体の大きな竜がいた。

いや、竜のような形をした……電流……?

眩しく輝くそれは、バチバチと大きな音を立て、その周りには風が吹き荒れているようで木の葉が竜の周りを囲うようにものすごいスピードで舞っている、


「す、すごいアル!!」


こ、これが魔法……!

本当にこれが現実なのか……!


「来るな!」

「!」


普段あまり声を張り上げることのないアルベールが珍しく声を荒げ、私はびくりと動きを止めた。

つい、足が彼の方に向かっていた。

確かにこれ以上近づくと、感電どころか、風で簡単に飛んで行ってしまいそうだ。

アルベールの制止がないと危ないところだった。


初めて目にした魔法と、聞き慣れない彼の声に、心臓が大きく脈打っているのがわかる。


そんな私を他所に、アルベールが手を空にかざすと二体の竜のような電流は空高く舞い上がっていった。


「き、汚ねえ花火だ!」


そんな私の言いたかっただけの言葉は、誰の耳にも入らなかったと願いたい。



「申し訳ございません。」


彼の放った魔法が天高く消えていくのを見送ると、ふいにアルベールの謝罪の声が聞こえてきた。

私は空に向けていた視線を彼の方に戻す。


「うおっ」


いつの間にこんなに近くに!

思わず乙女にあるまじき声を上げてしまった。


聞かれてなかったらいいなあと思いながら、アルベールを見上げる。


「アル!すごいね!想像以上だった!」


興奮冷め切らぬ様子で言う私とは裏腹に、表情こそ変わらないがなんだかしょんぼりしたような雰囲気を醸し出すアルベールに、私は首をかしげる。


「どうしたの?」

「リゼット様に向かって、私はなんと言う口利きを……」


何のことだと思いかけたところで思い当たった。

もっと間近で魔法が見たいという欲望のまま近寄ろうとした私を止めた時のことかと。


「どんな罰でお受けいたします。」


そう言うと彼は、私の前に跪いた。

いやいやいや、ちょっと待てちょっと待て!


「罰なんてあるわけないでしょうが!アルが止めてくれなかったら今頃強風で空高く飛んでいってたところだよ!」


ん??この羽があるからもしかして飛べるんじゃないか?

場違いにも、またワクワクしそうになった自分の心をどうにか沈める。


「だとしても、許されないことです。」

「いーや許すね!」

「リゼット様……」

「許すどころか、ありがとう、アル!」


おかげで助かったよ!と笑顔でそう言った瞬間、周囲が騒がしくなる。


「リ、リゼット様がお礼を……!?」

「リゼット様があんなに笑っておられる……!?」

「リゼット様、何と慈悲深い……」

「あの方に命令するとは、リゼット様が許しても、俺は絶対に許さねぇ……!」

「アルベールの奴、なんて羨ましい!」

「あの程度の魔法でリゼット様に褒めてåもらうなど……」

「あんな魔法なら俺の方が!」

「やっぱりあんな青二才にリゼット様の護衛を任すべきではない!」

「護衛ごときがリゼット様を怒鳴りつけるとは!死んで償え!」


いつの間にか修練場には大勢の魔族が集まっていた。

私への賞賛の声はともかく、アルベールへの非難の声は許さない。


私は非難の言葉を浴びせた魔族の方をキッと睨みつけると、声を張り上げた。


「私のアルベールを侮辱するということは、私を侮辱しているも同然と思いなさい!」


私のその一言で、騒がしかった場が一瞬にして静まり返る。

静けさとともに、私の怒りも収まってくるとハッとして我に返った。


わ、私のアルベールだなんて!なんてこと言ってるんだ私は!

まるで人をモノであるかのような言い方をしてしまったことに、自己嫌悪に陥る。

怒りで思わず純粋にリゼットとして生きていた頃の傲慢さがそのまんま発揮されてしまった。


そっとアルベールの方に視線を向けると、彼は驚いたようにその切れ長の目を丸くしている。


「私は、リゼット様の……」

「わわわ違うのアル!ホントに!今のはほら、言葉のあやというか……ごめ——」

「これ以上ないほど、幸福です……!」

「そうよね!幸福だよね!ごめんね!……こうふく……幸福?」


ん??幸福って何だっけ?


「リゼット様の所有物であることに恥じぬよう、今後もこの命に代えてもお守りいたします。」


そう言うと、跪いたままだったアルベールは、流れるような動作で私の手を取ると、その甲に口づけをした。

な、な、ななな……!?


「うひゃぁ……!?」


慣れているはずもないその行為に、私の顔は真っ赤に染まった。


先ほどまで、周囲でアルベールを罵倒していた者たちは口々に、

「リゼット様がそう言われるのであれば仕方ない。」

「リゼット様を侮辱するわけには……!」

「あぁ、リゼット様真っ赤に染まった顔も麗しい……!」

「リゼット様のあのような顔、初めて見た……何と愛らしい……」

「しかしアルベールの奴、何と羨ましい……!」

「アルベールの幸せ者め。」

「まぁ、アルベールに剣技で勝る者はいないしな……」

「俺もリゼット様のモノになりたい……」

そんなことを口走っていた。


きっと私が「カラスは白い」と言ったら、彼らのカラスは純白になることだろうと思う。



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