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1.OL、思い出す


私は魔王の娘。


「あぁ、リゼット様!今日もなんと愛おしい……!」


城の者は皆私を愛している。


「リゼット、お前の望みは何だって叶えてみせよう。」


父である魔王ももちろん例外ではない。


無条件で魔族に愛される特性を生まれながらに持っていた私は、


「ねえ、パパ。リゼットはお菓子が食べたいの!美味しいお菓子!」

「あぁ、今すぐに持って来させよう。」

「わーい!あ、でもね、この前のお菓子は美味しくなかったわ!」

「すまないリゼット。先日の菓子を作った者は処分し、新しく優秀な者に作らせている。だから安心してくれ。」

「それはよかった!」


この我が儘放題の日々が当たり前だと思っていた。


「はっ……!」


今、おやつのケーキを口に入れるまでは。





* * * * * * *





「梨沙さん、今日も付き合ってくれてありがとうございます!」


深夜1時。

ここ最近、仕事上がりに後輩とのサシ飲み酒が日課になってしまっている。


「いや、私も飲んでないとやってらんないからお互い様!」


後輩の少し前を歩いていた私はくるりと振り返り笑みを見せた。

先ほどまで飲んでいたお酒がいい感じに回り上機嫌だ。


「俺、この会社に来てよかったです。」

「え、そう?毎日残業で死にそうなのに?」


振り返ったまま立ち止まった私とは逆に、歩を進めながら彼が言う。


「残業で苦しんでる梨沙さんを見るのが俺の楽しみですから!」

「なっ!先輩に向かってなんてことを!」


私の横を通り過ぎながらにこやかに言う彼に、頬を膨らませる。


「はは、流石に冗談ですけど。でも梨沙さんがいるから頑張れるのは本当!」

「なにそれ。」


クスクスと笑いながら、私の先を歩き始めた彼の背中を見る。


「……以前、梨沙さんは年上の方が好みだと言ってましたよね。」


突然何を言い出したのかと、私は眉を寄せ小首を傾げる。


「いきなり人の好みを暴露しないで欲しいね。」


思わず少し照れたように笑いながらそう言った。


「でも、俺、梨沙さんのこと……」


彼がこちらをゆっくりと振り向きながら口を開く。


その彼の横から猛スピードで車が走ってくる。

まさか、このまま、突っ込んでくる、なんてこと……


「好——」

「危ない!!!!!!!!」


そんなまさかがあるなんて。

車の勢いはなくならない。

まるで私たちなどいないかのようにこの場に突っ込んでくる。


その車がスピードを緩める気がないと判断した瞬間、私は彼に向って駆け出した。


ドンッ


それは、私が彼を力いっぱい押し飛ばした音だったか、私が車にぶつかった音だったか、そもそも音なんて鳴ってなかったかもしれない。

一瞬彼の驚いた顔を見たような気がする。その直後、とんでもない衝撃と激痛を感じた。


「あ……あああああああああああああああああああ!!!!!」


最後に彼の狂ったような叫び声を聞いた気がした。





* * * * * * *





「——ト、リゼット!大丈夫か!?」

「っ、は……はっ……」


酷く汗をかいていた。

気が付くと、ただならぬ様子の私を魔王が心配そうに覗き込んでいた。


そう、魔王だ。


私の目の前で心配そうに、愛おしそうに私を見つめているとんでもないイケメンは、魔王であり、紛れもなく私と血の繋がった父親である。

父親が魔王とはなんて冗談だ。

目の前の父親は、見事な漆黒の長髪を携え、どこまでも続く闇を連想させるような漆黒の瞳で私を見つめている。

そこまでなら、何だただのイケメンな日本人ではないかと思うかもしれない。

が、その額からは立派な2本の角が生えており、背中にはこれまた立派な漆黒の翼が生えている。


目の前にいるこの男は、間違いなく人間ではない。

しかし、それはこの男の実の娘である私も同じである。


私は梨沙と言う名前の日本人で、どこにでもいるようなただのOLだった。

たった今思い出した。

確かにOLとして生きていた頃、もし生まれ変わりというのが本当に存在したとしても、また人間になれるとは限らないし、もしかしたら犬や猫の動物だったり、下手したらナメクジとかになったりするんじゃないかって冗談で考えたこともあった。

……だとしても、前世には存在しなかった魔族なんてモノに生まれ変わるなんて、誰が想像できるだろう。

私の額にはしっかりと2本の角があるし、背中には漆黒の羽が生えている。


「はぁ……っ、……はぁ……」

「リゼット!リゼット!どうしたというのだ!?」


いまだに荒い呼吸を繰り返し、冷や汗を流している私の肩を魔王が掴む。

途端に、周囲の空気が揺れる。興奮した魔王の魔力に当てられ、私の部屋の窓に、パキリとヒビが入った音が聞こえた。

その音を聞いた時、このままではまずいと感じ、私は大きく息を吸い込んだ。


「パパ、大丈夫……。こわい、夢を、思い出しただけ……」


前世の記憶が一気に蘇ったことで、ひどく気持ち悪かった。

情報量の多さはもちろんのこと、自分が死んだ瞬間を聡明に思い出したのだ。

そりゃあ頭痛もするし、気分も悪くなるというものだ。


「リゼット……本当か?」


しかし、目の前にいるとんでもない危険人物を、これ以上動揺させるわけにはいかない。

魔王、マティス・グレート・サタン。

目の前にいる父親は、この世界の魔族の頂点に立つ魔王である。

その力は絶大だ。こんな城なんて、魔王の機嫌一つで簡単に吹き飛んでしまう。

そう思い、何とか不調を隠し、うん、と返事をする。

しばらく確かめるように私を見つめた後、マティスは私の肩を離し、席に着いた。


「リゼット様、こちらを」


そう言って、私の目の前のテーブルに新しいフォークが置かれた。

どうやら私は記憶が戻った際に、持っていたフォークを床に落としてしまっていたらしい。


「ありがとう、アル。」

「!?」


床に落ちたフォークを拾おうとしていた従者アルベール・シーヴァーにお礼を言うと、アルベールは弾かれたようにこちらを見た。

綺麗なシルバーアッシュの目を見開いて、どうやらとても驚いているようだった。


「い、いえ……とんでもない、お言葉です。」


はっとしたようにアルベールがそう言うと、床に落ちたフォークを拾い上げ、部屋の入り口の方に下がっていった。

彼が向かっていった部屋の入り口近くが、彼の定位置だ。

何をそんなに驚くことがあったのかと、私が小首を傾げていると、隣からマティスが声をかけてきた。


「……リゼット、何がそんなに嬉しかったのだ?」


声をかけてきたマティスの方を見ると、従者と同じように驚いた顔をしていた。

はて、嬉しいとは何のことだろうか?

相変わらず小首を傾げている私に、マティスが続けて言った。


「私の聞き間違いでなければ、今従者に『ありがとう』と言わなかったか?」


それがどうだと言うのだ。

落としたフォークの代わりに新しいフォークを持ってきてくれた。それに私が落としてしまったフォークを拾ってくれた。ありがとうと言って当たり前じゃないか。

そう思い、再度首を傾げようとした時、もしかしてと思い当たった。


そうか。

今までの私……リゼット・マリー・サタンとしての私は、我が儘を叶えてもらうことが当たり前で、周囲に感謝することなど知らなかった。

だからもちろんこんなことで「ありがとう」などと言うわけがないのだ。


「えーっと……」


私が何と答えたものかと考えていると、私の部屋のドアが控えめにノックされた。

これ幸いと思った私は、ドアを叩いた者に「はーい!」と大きく返事を返す。


「私です。」


それは、この世界の兄の声だった。

その声を聞いた私は、扉の近くに控えているアルベールに、彼を招くよう伝える。


「失礼いたします。父上、リゼット。」


普段の彼は、私に対して敬語ではない。


「何の用だ、ヴァーノン。」


きっと父であるマティスが部屋にいると知って、初めからかしこまった様子だったのだろう。

部屋に入ってきたヴァーノンに視線を向けることなく、マティスが尋ねた。


「父上のただならぬ魔力を感じたため、何事かと馳せ参じました。」


そう言うと、兄ヴァーノン・サタンはちらりと窓を見た。

視線の先にある窓は、先ほどのマティスの動揺によりヒビ割れている。


「リゼットの調子が悪そうだったのだ。」

「何と!?本当ですか!?」


バキッとさらに窓にヒビが入る音が聞こえた。

今度はヴァーノンの動揺で溢れた魔力で空気が揺れている。

これまたまずいと私は思う。

マティスには及ばないものの、この男ヴァーノンもまた魔王の血を引くものだ。

ヴァーノンであっても、この城なんて簡単に吹き飛ばせるだろう。

そんなヴァーノンは言うや否や、私の側に飛ぶようにやってくると、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「リゼット!大丈夫か!?」


焦ったようにそう私に問いかけるヴァーノン。

思わず少し身を引いてしまった。


「だ、大丈夫!ちょっとこわい夢を思い出しただけなの。」


先ほどと同じ言い訳を言ってみせる。

私の言葉を聞いたヴァーノンは、安心したようにふぅと息を吐くを姿勢をただした。

私は、この兄が苦手である。


「よかった、何かあったらすぐに言え。」


いや、正確には、前世の記憶が戻ってから苦手になった。


大事ないとわかって安心した兄と父は、私の護衛を残してどこか名残惜しそうに部屋を去っていった。

マティスとヴァーノンの、この異常なまでの過保護さは、魔族に無条件で愛されるという私の特性のせいだ。

これまでの私は、その特性を大いに活用し生きてきた。


ただ、これからはそう言うわけにはいかない。

なんて言ったって私は私の……リゼット・マリー・サタンの未来を知っているのだから。

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