八章【斯くして少女はブラッドレイとなる<XIII>】
ああそうそう、途中で行っていた問題が一つは、血は足りていないので、情けない事に一息を入れる暇が必要だった。
近づいた時点で斬り落とせる行為を、腕を振るうまで待たなければならない程に私は消耗していた、がまあ別に元気いっぱいであるのは変わりはなく。そもそも私が歩んで来た道のりを諸氏が知っているように、この程度は文字通りに何時も通りの危機的状況に過ぎない。
意気揚々と振り回したウルジカの右腕は、私の首を撫でる事も無く手首と肘の中間あたりで綺麗さっぱり切断。先の方がボトッと音を立てて地面へと落ち、先っぽが無くなった腕をウルジカは何が起こったのか?理解し…。
「ナンジャコリャアアア!?」
と悲鳴を上げてたじろぎ、必死になって転がり落ちた右腕の先っぽを抱えて大男の後ろへと、後ろをこちらへ向けて逃げ出しだ。
そもそもサーベル持った女の子に不注意にも近づいた時点で、斬り落とされても文句はいえまい。ましてや殺しに馳せ参じたのなら、首を斬り落とされて必定だ。
「こ、こ、この、このガキッ!?」
後ろから飛びつく気配に、私はさっと振り向きざまに伸ばす左腕を斬り落とし、返す刃で左からの袈裟斬り、しかして付け鼻は後ろへと倒れる様に仰け反り致命傷を避けようとしたので、僅かばかりに浅くなったが踏み込み繰り出される刺突を避ける姿勢ではないので、あっさりと心臓にサーベルを突き立てられた。
「な、なに…もの……」
「もっとはっきりと喋れ辞世の句を、後から追いかける味方の手本になる様になあぁ!」
付け鼻は吐血をしながら、困惑と、動揺と、憎悪に満ち満ちた視線を私に投げかける。
さて、ドラキュラを狩るなら定番は十字架、ニンニク、聖水、木の杭の四点セットだが残念な事にどれも持ち合わせがない、サーベルを心臓に突き立てた所で伝承通りには遠く及ばない。わざわざドラキュラだとか名乗ってくれる相手には、やはり正攻法で臨むのが礼儀であろうが、無いのだから突き立てたサーベルを引き抜いて、後ろによろめき態勢を崩した付け鼻の首をズバッと一振りで斬り落とす事で取り合えずの体裁を整えた。
鮮血は噴き上げ、付け鼻はかつて付け鼻だった物となり地面に倒れ伏す。
一仕事終えた私が振り向くとウルジカは元から血色が悪いとか以前の問題の、腐敗臭撒き散らす顔色がより一層、ドロドロの液状化した肉塊の様な顔色で、かつて仲間だった物を見ていた。後ろにいる大男は、見た目に違わず落ち着きを払っているという風貌だが動揺をチラリと覗かせ隠しきれていないし、味噌っ歯に至ってはそれはもう突発性の恐怖に飲み込まれている様がありありだ。。
フフッ、これは可愛げなくやり過ぎたという所か?
だが命のやり取りに、自らの命を顕わにして興じれば得られる、独特で、中毒性を持つ、緊張感と高揚感は何物にも例え難く、特にこういう安全な場所とは真逆の場ではより一層享楽を感じられる。
私は審判だとか傍観者だとかは願い下げだ、だがこいつ等はどうやら自分達は安全な場所で、他人様の命を欲しながら自分達の命は差し出す覚悟を持たずに、こんな鉄火場に足を踏み込んだ不心得者らしい。
何とも無粋だ、特に目の前の私をただの深窓の令嬢だとか思っていたのが腹立たしい。
「何者だ?」
「フフン、お転婆の過ぎる深窓の令嬢という所かな?殺し合いの英才教育を受講した」
大男は問うので、巧拙丁寧な乙女たる私は個人情報とか開示する気はないので、取り合えず搔い摘んだ自己紹介をした、がどうにも納得できないという表情、そして大男の後ろに泣き逃げたウルジカは…おや腕が繋がっている。
切断面はとても綺麗鮮やかといえでも、絆創膏ではくっ付きはしない。
ドラキュラを名乗るだけあってか、吸血鬼並みに再生能力でもあるのか?
「キブ!クザ!そのメスガキを殺せ!ぶっ殺せ!!!」
「品が無くなり過ぎだぞ、色男?」
醜悪に顔を歪ませたウルジカは、先程までの丁寧口調などを殴り捨てて、裏返る程に感情任せに大声を発した。それを合図に味噌っ歯と大男が一斉に襲い掛かる、なので私は返礼としてタッと地面を蹴り大男へ距離を詰める。
動揺してくれるとか高を括っていた大男は、車の飛び出しに驚いて膠着する猫のように立ち止まり、辛うじて迎撃せんとその巨腕を大きく振るうが、私は寸の所で身を屈め、スライディングしつつ股下を潜り抜け、合間の瞬間に腹と斬りつけ、両足を拗ねの辺りで綺麗さっぱり斬り落とした。
突然、足が短くなった事に大男はなす術もなくドタン!と膝から崩れ、その勢いの助けで盛大にぶちまけられる臓物を必死に片腕で抑え、悶え、苦悶の声を奏でる。
そのまま背中に飛び乗って、合わせて首も斬り落としてやろうと思ったが、一足遅れたウルジカと味噌っ歯が追いつて来たので、大男を踏み台にして飛び跳ねて軽業のように中空で一回転しながら、先頭の味噌っ歯を斬り付けるが、鋭く伸びたかぎ爪で生意気にも受け流した。
しかし私が飛んで撥ねるとは想像もしていなかったウルジカは、目の前に着地した私に面を食らって仰け反るものだから、そのままの勢いで数度牽制を兼ねた斬り突きをお見舞いした。
必死に、無我夢中で、無様に、両腕を我武者羅にウルジカは受け止めるが、いなすとかまるで出来てない素人仕草なので、伸びすぎた爪も指もどんどん適切な短さに切りそろえられ、受け止めきれない突きは幾度も、浅く、しかし鋭く、ウルジカの体を鮮血で染め上げていく。
「俺を無視するなクソガキが!!」
大声を上げた味噌っ歯は私を後ろから抱きしめようとしたのか?両腕を突き出して襲ってきた。しかして私は容易く男に身を任せる淑やかさとは無縁なので、クルリとステップを踏んで躱し、すれ違いざまに背中を斬りつけた。
「ひぎゃらああああ!?ぬぐるあああ!!」
味噌っ歯はそれはそれは無様で聞くに堪えない悲鳴を上げたが、気合?的な唸り声を響かせてすぐさま振り返って私を猛追した。
「そうかそうか!元気なのは殺し甲斐がある!さあ元気いっぱい勇気いっぱいに死んでみようか!!」
必死に私をとらえようと伸ばした味噌っ歯の右腕を斬り落とし、負けじと伸ばした左腕も斬り落とし、私の死角へと回ったつもりでいる壁際のウルジカと味噌っ歯が重なる位置へと移動して、まだまだ元気いっぱいと腕が無くなったのなら噛みつけばいいと襲い掛かって来れるように誘導し、そのまま飛びつく前に味噌っ歯へ蹴り飛ばしてウルジカへぶつける。
まさに時代はサッカーボールへと球技が進化していく過渡期、時代を先取りした一撃だ。
「ごぼえっ!?」
「なぶじゃあ!?」
2人揃って間抜けに悲鳴を上げたので、ここは仲良く、まああれは三兄弟だが、取り合えず全身のばねを最大限に使って、今世紀最大の渾身の刺突を私は繰り出し、見事に味噌っ歯を先頭に後ろにウルジカという形で、壁にサーベルで深々と釘付けにした。
「離れろ!さっさと腕をつけなお…―――」
「あんたがどうにかしてくれよ!俺は腕が…―――」
自分だって指が短くなり過ぎて、突き刺さるサーベルを抜けないというのにウルジカはそれを棚に上げて、ありもしない腕を必死にばたつかせる味噌っ歯を叱責していたのが、仲の良い2人がそんな風に言い争うのは忍び難い。
友情の架け橋にもなれる器量よしの乙女として、2人の仲直りする事が出来る様に、私はポケットから火炎瓶を取り出して殿下から借り受けたライターで括りつけられている棒に火を点けて投げつけた。
2人揃って串刺しにされて、2人仲良く燃やされる、一瞬で肺も喉も焼けて、苦しみを表現する悲鳴上げられないという凄惨を分かち合えば仲を修復し、友情を再確認し合えるという私の気遣いで。
小瓶といえども中に注入されている液体は相当の発火性があったらしく、あっという間に盛大に、2人は燃え上がり、しっかりと石炭で温められたオーブンの様な火力で、今度こそ骨まできっちりと生焼けにならず焼き上がりそうだ。
「さて、あとは…―――」
ん?なぜ世界がグルグルと回っているんだ?
それにあれは……私の右腕だ、私の右腕が空中を待っている
「がはぁっ?!」
違う!体当たりだ!
右側の鈍痛と突然の感覚の遮断、視界に映るのは空の景色と私の右腕なのは、大男に体当たりをされた勢いで壊れてしまったからだ。それに落下した衝撃で努めて気に留めていなかった腰の痛みが自己主張を始め、落下の拍子でコルセットが緩んだおかげで、水源は私の血で辺りに大きな池が造成され始めている。
立ち上がろうにも…噴き出す血が物語る通りに足へ力が入らない。
サーベル…ああ、そういえば刺したままだ。
近付く大男の表情には勝ち誇った笑みが浮かんで……ん?そういえば何やら騒がしい。
私は周囲を見渡すと、片側に思い思いの角材だの農具だの棒だのを持った群衆、片側には整列し隊伍を組んで拳銃を構える警官隊。
その合間に私の様な少女が吹っ飛んできたものだから、お集まりの方々は動揺しどよめき、さあ一触即発だ!な空気はまあ模様替えを強要されたわけで、どうしたらいいのか?見当もついていない様子だ。
「キブ!もう始末しろ!」
流石にこれはヤバいと二歩目を踏み出さない大男の慎重さとは裏腹に、今度は付け鼻のジャケットでも剥ぎ取ったの……あの勢いで燃えたのにもう皮膚がケロイドも無く元の、元が見るに堪えないが、ウルジカの肌は元の状態に戻っていた。
あの男もそうだがドラキュラというのは吸血鬼並みの回復力はある様だ。
次からはそう弁えてきっちり殺そう。
まあどちらにせよ、群衆と群衆の間にうっかりウルジカはひょっこりと私へ襲い掛かる勢いで飛び出してしまった。それだけ私への殺意に満ち溢れているのだろうが、一団の長を振舞っていた男の行動にしては迂闊どころか救いようがなく、精神性が幼児並みと嘲りを含んだ神経を煽る小馬鹿にした笑いが私の口から飛び出してしまいそうだ。
群衆と群衆の視線がウルジカの醜態に集まった事を理解した私は、ここ最大の起死回生の言葉を高々に発した。
「聞け私の声を!躍らされている群衆よ!奴らこそ全ての黒幕!警官に扮し、市民に扮し、対立を煽り立て、内戦を起こさんと企及する元凶こそ奴らドラキュラを標榜するテロリストどもだ!!」
ボロボロで、流血をしながらも、喉を引き裂く声量を張り上げて訴える乙女に近づく、不信極まっているウルジカという構図は、私の言葉の説得力を向上させ群衆の視線は不信なる者へと集約される。
怪我の功名か?瓢箪から駒か?群衆から私が飛び入り参加した時とはまるで違う空気へと、色合いは変化した。畳みかければ解決するかもしれないな。
「エァルランドの同胞よ!アルヴィオンの同胞よ!聞け!我々が敵意を向けるべき相手を違えるな!今この場にいる全ての同胞よ!奴らこそが我々共通の敵だ!!」
ウルジカを指さして、柄にでもないどころか私という個人の人間性とまるっきり相反する歯が浮かんで一歩も残らずに飛んで行ってしまいそうな台詞を口にしたが、突如とした状況の変化に追いつけない群衆には効果は絶大であると同時に、市民へ向けて発砲したくないと神に哀願する警官には効果的で、空気は最早ドラキュラを嘯く連中への敵意を醸し出している。
局地的な流れの変化でしかないが、暴動へと発展している今日この日を起点にエァルランドを舞台とした内戦にまで発展する経緯は、どうやら避けられるだろう。燃え上がった炎を消し去るのは難しくとも、その火の手の向かう先を変える事は容易い。
フフン、しかも秘密結社の仕草をしていた連中にとっては、最悪の世界記録を今日一日で何度も塗り替える羽目になっているのだから、悔しさは筆舌に尽くし難いだろう。
「ざまあみろお前らの負け!」
「このメスガキがぁああ!」
「このキケロのカタキィイイイイ!!」
勝ち誇り煽りに煽ってやると、ウルジカは心底からの呪詛を篭めた罵声を吐き、焼け焦げた腐臭をまき散らして耐え切れない味噌っ歯が飛び出して来た……ふぅ…万事休す、もう一歩も足を動かす事が叶わない。
まあ、あれだ、私の物語はここで終了という事だ。
覚悟を決めていた、躊躇いは無く目を瞑る、その時だった。
狼の遠吠えが耳に届いた。
次に唸り声が響いた。
なので目を開けた、その瞬間。
味噌っ歯は、味噌っ歯だった肉塊へとなっていた。
目の前には…人型の…狼?軍服を身に纏う人狼だ。
そういえば、人狼をこの目で見るのは初めて…いや私はこの人狼を見た事があるしとても親しい。
「小官の妹分に手をだした以上、どこの誰であろうが楽な死に方を選べるとは思うな?」
ああ、間違いなくトリスタンだ。
意外にも雰囲気というか、輪郭というか、面影というのか?微かにトリスタンである事を姿形が狼になったとしても醸し出している。
その人狼に変じたトリスタンが、私に襲い掛かった味噌っ歯を、その一回りどころか三回り以上は太くなった剛腕で、哀れ哀しきか頭部を、皮を剥いてから茹でたジャガイモをマッシュする様に完全無欠完璧きっちりに破壊していた。
そして…。
「隊長、生け捕りといって先程から数秒でこれですか?」
「下っ端に問題はあるか、副長?」
「ありませんな、ですがもう少し綺麗に殺さないと後でお片づけする連中に酷です」
「残りは気を付ける、総員!受け答えできる状態であれば死んでいてもかまわん!捕らえろ!」
「「「了解しました《イエス・サー》!」」」
気が付けば、あちらこちらの屋根の上に、軍服を身に纏う人狼が集っていた。
これが噂に名高い…今度こそヤバい、完全に視界がぼやけて…ていうか既に致死量とか超えてないか、私の血?
「カーラ!?」
ヤバい、本当にヤバい…あ、モフモフしてる…――――




