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八章【斯くして少女はブラッドレイとなる<Ⅻ>】

「いやーよく燃え広がったね」


 路地裏で4人組が、正確に物事を言い伝えるなら3人と闖入者の1人がいた。

 アーネストとコールリッジにバウアー、そしてカーラの4人。

 コールリッジは衣服が所々焼けた跡があり、アーネストとバウアーは位置的に火の手から遠く、コールリッジの様な惨状ではなかったが、路地裏に飛び出した勢いで足が縺れた末に剥き出しの路面に倒れ込み泥だらけで、バウアーがこの中で最も小奇麗な状況だった。

 先輩は火の手の間近くだった為の焼け具合、仕える主は泥だらけ、闖入者の少女は何やら色々と…薄っすらと返り血の様な赤い斑点も衣服に見え、何とも1人だけ小奇麗な状況にバウアーは微妙なばつの悪さを覚えていた。

 だからなのか1人だけ楽しそうにふるまうカーラの態度が、密室で火炎瓶を投げるという望郷をしでかしたのに楽しそうなカーラの態度が、コールリッジの癇に障った。


「バカだろうお前!?バカだ、バカ者だ!バカだお前!」

「おいおい、ちょっぴりクッキーに生姜を入れ過ぎた程度の失敗に怒鳴り声を上げるなんて紳士らしくないぜ?幼気な乙女のお転婆くらい、ここは笑って目を瞑ってくれよ」

「この世界に物騒極まる火炎瓶を投げる少女がいてたまるか!」

「平和な抗議集会の付き物らしいぜ、火炎瓶は」

「んなものが平和的であってたまるか!?」


 ケラケラと笑うカーラにコールリッジは至極真っ当な指摘をするも、価値観のズレからかまるで話が噛み合わず平行線を全力で駆けるばかりで、コールリッジは先ほどまでの逼迫した危機的な死を覚悟した空気から前触れもなく、夏場の行楽地で定番の喜劇の配役に抜擢された様な気分に陥り、得も言われぬ疲労感に襲われた。

 これ以上、目の前の少女と話していても疲れるだけであり、それよりもまずは優先すべき事を最優先に実行すべきだと、周囲を見渡して敵がいないかを確かめる。混乱の最中に最後に見えたのは投げつけられた火炎瓶がウルジカの足元に命中した光景で、連中が何者であろうがひとたまりもないだろうと、コールリッジは分かっていてもたった敵が4人だけだとは思えず警戒心を強めた。

 しかしそんな空気の変化など読もうともせず、カーラはおもむろに左手で持っていた()()をコールリッジに「へいパス!」と投げ渡した。


「何じゃこりゃあ!?軽機関銃じゃねえか!!」

「き、君!?どこでこんな物を!?」

「ここまで来る最中に拝借したんだ、それと替えの弾倉。湧いて現れるギャングを鴨打にするのが楽しくってさあ、あと一つだけだ」

「「撃ったのか!?」」


 あまりにも普通に物騒な物を投げ渡したカーラに、2人は喜劇の一場面の様な顔芸で驚く。

 それも既にいくらか撃った後だというのを、最近女性が乗る事に寛容な社会になったから、自分も自転車で楽しくサイクリングをして来ましたと、乗り終えた自転車を渡す様に渡してきたものだから2人の驚きは一塩だった。

 状況の変化についていけないアーネストに至っては、完全にカーラの言動に逐一反応を示す事が出来ず、呆然と3人の息の合ったやり取りを客席で舞台の上を眺める観客に成り下がっていた。


「それと、これって火のつけ方はどうやるか知ってるかい?」


 どこで軽機関銃を手に入れたのか?問い詰めたいコールリッジとバウアーを気にも留めず、カーラは自由奔放に話題を変えて、偶然火炎瓶と一緒に手に入れた小瓶をジャケットのポケットから取り出し2人に見せる。

 その小瓶には棒が針金で固定されいた。

 コールリッジはそれを見るなり「火炎瓶じゃねーか!?」と驚き、バウアーは「先端を擦るんですよ、マッチ箱とかで。先端がマッチになってるので」と条件反射で答えてしまう。カーラはそれを聞くなりニヤリと「そいつは良いね」と、今から悪戯を仕掛ける子供のような悪い笑みを浮かべた。

 コールリッジは思わず…。


「まだ火を点けるつもりか!?」

「え!ダメ!?ライターちょうだい」

「僕のなら」

「ああ!殿下直々にとはありがたやありがたや」


 と怒鳴り声を上げるもカーラはどこ吹く風とライターを強請り、話の流れの勢いでアーネストはライターを渡してしまう。受け取ったカーラは何か妙な言い方で感謝を述べながらライターと小瓶をポケットにしまい、ここまで走って、蹴って、殴って、そして飛び込んだ勢いで乱れた服を軽く整えてから、まるで深窓の令嬢の様に儀礼に則った会釈をした。


「じゃあこれにて、私は私の目的を果たしたしそちらへ迎えもそろそろつく頃合いだ」

「迎え?」

「ああ、ブラッドレイ卿には連絡を入れておいた、私は煩雑な手続きは嫌い乙女だ。トリスタン辺りが、きっと温めなおすクランペットが丸焦げになる勢いで怒りそうだし」

「待ってくれ!君は一体……」


 何者なのか?アーネストが言い切る前にカーラはサッと3人から距離を取り「機関銃のお代に貰っていくよ」と、軽機関銃を投げ渡した時にコールリッジの手から滑り落ちたサーベルをカーラは目敏く拾い、そのまま走り去る。

 嵐のように現れ、嵐のように去って行くその姿にアーネストは鮮烈な印象を抱き、と同時に遠くから「殿下こっちだ!」と叫ぶ少女の声が響く。

 アーネストは思わずカーラの走り去った方向へと向かおうとしたので、コールリッジは腕を掴んで制止した。


「なりません、今は御身が逃げ切る事が重要」

「しかし……」

「殿下、彼女が言を信じるのなら迎えはブラッドレイ中将の懐刀、事情を話せば即座に向かうのは必定。今は一早く彼等と合流する事が彼女を助けるもっとも確実な方法です」


 コールリッジに諭され、アーネストは踵を返して大通りへと向かって走り出した。



♦♦♦♦



「何時まで待てせるつもりだ?せっかく私が呼びつけてやったというのに」


 バカと煙と特撮登場キャラは高い所が好き、なのは世の常々の常識。

 気づかれていないと本当に思っていたらしいが、焼け焦げた肌の臭いは独特の異臭を放つ、路地裏の不衛生に漂う臭気すら香しく思える程に。


「バレていましたか、てっきり囮になる為に名乗りを上げたかと、初めまして私は…」

「ドラキュラだろ?さっき口走っていただろに態々もう一度言うとか無駄の体現だ、個々人の名前も知るつもりは毛頭ないから言わなくていいぜ」


 きっちりと火炎瓶を投げつけてローストビーフならぬローストドラキュラにしたリーダー格の、チラリと見えた連中の中で一番マシな肌色の男が、下半身に社会的な規範を纏わない些末な物をぶら下げた姿の上から、体格に合わない誰かの上等なジャケットを羽織って現れた。

 正直に白状をしよう、実はちょっぴり前に踊る人形亭に到着して物陰から中を伺っていた。雰囲気からしてコールリッジなる男の強引さで帰路につきそうだったから、適当に距離を置いて後でもつけようとしていたら、連中が現れて栗男爵?ああ、クリー男爵が死んで色々と物騒な雰囲気になったので、うっかり火を消し忘れて、うっかり持って来てしまった火炎瓶を片手に窓を突き破って乱入したのが先程の一連の流れだ。

 そして初めに行ったように煙とあれやこれやは高い所が好きという例えを実践して、確か…ウルジカだったか?は屋根の上からご登場。

 息の合ったご都合主義か、残りの大男が前方を、見るからに粗悪な付け鼻と味噌っ歯の男が後ろを塞ぎ、私が「きゃー!?不審者よ!」と女々しく逃げ出す予知を断ってから、壁を…いや普通に飛び降りて着地した。


「さてお嬢さん、身を挺して殿下を守ったと達成感を抱いているでしょうが、我々が4人だけだとは言っていませんよ」

「へえ、それは驚きだ、女の子1人を相手に大番を狂わされ、人狼に怯えて尻尾を巻いて、せめて腹いせにか弱いを乙女を集団で襲おうなんて連中がまだいるとはね!」


 真夏に仕込み途中でうっかり外出して放置してしまったローストビーフになる筈だった塊肉よりも酷い肌色の、たぶん最終日のカレー味にしても食べられないだろうサンデーローストの様な男達は、一斉に顔を歪ませて私を睨む。

 まあ図星を盛大に押しに押して差し上げたんだ、むしろもっともっとその酷い面を酷く歪めて、渋面の混声合唱を奏でて欲しい。

 最初から大所帯で押し寄せていたのなら、私が呑気に闖入する一幕など起こりえず、人狼近付き最早この時には殿下を害するは叶わず、こいつ等はただならば腹いせをしたいだけ、つまり今この場にいるという事は立ち聞きした限りの計画は完全に破綻したと言っていい。

 だったら街角の子供のように地団駄を踏んで、全身で芸術を表現する様に癇癪を起すのが似つかわしい状況。年上としての矜持か?それともドラキュラを名乗るだけあってか、鼻が良いのか?


「その出血が物語っているあり様で、よくも生意気を吐けますね」


 フフッ、どうやら後者の方だ。

 革製のコルセットを疎ましく思っていた初めて頃には思いも至らなかったが、幸いにも革製というものは防弾性に関して、綿だのよりも丈夫で、腰の辺りから感触から二発か、三発か、正確な数は後程として、アシュトン夫人を庇った拍子に腰の辺りに命中していたが、貫通する事はなくコルセットの内側で銃弾は止まっていた。

 あと偶然の産物で軽い止血帯にもなっている。

 しかし動き回ったら止血の意味を為さず、たぶん下着は血をしっかりと吸収して真っ赤に染め上がっているだろうし、時間経過で黒く変色もしているだろう。まあ血の目立ち辛いジャケットの配色には少しだけ感謝だが。

 ただまあ一つ問題としては…。


「目敏い奴だ、気持ち悪い。性犯罪者の才能があるぜ、申し訳なく縮こまれよ」

「何時になったら貴女の口は女性らしく、男に従順な慎ましくなるのでしょうか」


 ウルジカは私へと近寄る。

 バキバキとか、グチャグチャとか、骨が折れたり肉が裂けたりする音を響かせながら、その右腕は徐々に形を変えて鋭利な、さも獰猛な恐竜のかぎ爪が如く変化した。


「せめてもの慈悲として、もう二度と憎たらしい言葉を吐けぬ様にしましょう。女性は男の後ろをただ隷属的に歩くだけの家畜なのですから」


 血を流し過ぎた、と反省すべきなのだろう。

 視界は少しだけ霞んでいるが振り上げる右腕はしっかりと見えた。

 ローストしても食べ様のない腐った塊肉の肌色だからなのか、その右腕に対して生理的嫌悪感を抱かずにはいられず、感情的に説明するならゴキブリか?それともムカデか?はたまた寄生虫に支配される蝸牛の映像を見た時か?兎にも角にも無条件に反射的に即実的に嫌悪感を抱いてしまう。

 それは人の持つ本能、つまり防衛本能だ。

 新聞紙を片手に持っていれば、現れ出でるゴキブリに感情任せの一撃を加えるのと同じように、私は右手に持つサーベルでウルジカの腕を斬り落とした。

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