八章【斯くして少女はブラッドレイとなる<Ⅹ>】
「痛ってぇえなクソがっ!?」
おおと、この私が淑女にあるまじき罵声を罵声を乗せてパンパンと撃ち返した事は、諸氏の心の内の戸棚に牡丹餅と、いやこの場合は棚から甘い甘いチェルシーパンズと共に堕ちない様に別々で閉まっていて欲しい。
誰であろうと銃撃されて、車のドアのガラス片が頭上から降り注げば怒るのは必然の条件反射だ。私は髪を短く切り揃えているから、ヘアピースを外して適当に叩けば解決、しかして地毛の長い者には、細やか破片も残さず細心の注意に万事を尽くしてブラシ掛けをしなければならない。
品行正しい淑女ならば、お返しい手りゅう弾がベターだろう。
私は謙虚に、さっき拝借していた拳銃からとても気の利いた贈答品の鉛玉を。
傍迷惑な警官の制服姿でええと…確か機関銃?を玉切れになるまで撃ち込んできてくれたイーサンへ、足りていない鉛玉を送って差し上げた。昔馴染みだから念入りに撃ち込んで歓待してやろうと思ったが、サーベルよりも重い物を持った事のない乙女なので、全然当たらなかったが撃ち返されると思ってもいなかったらしく、アホ面を披露しあっさりと尻尾を巻いて路地へと逃げて行った。
もう少し歓待したかったが生憎こちらも弾切れ、何か見た事のない拳銃だから装填の仕方が分からないし、その辺にでも捨てておこう。
と、それよりも自分の仕事を真っ先に終わらせてから彼等とダンスに興じよう。
私はスッとアシュトン夫人を抱きかかえた状態で立ち上がり、幸いにもシートにはガラスが一片も散乱していなかったので、そっとアシュトン夫人をイーストウッド夫人へ託す形で座らせた。
「カーラちゃんも急いで!」
「いや私は所用が出来た、済ませてから戻るよ」
さっさと乗り込みたいところだがそうも行かない状況が舞い込んできた、というかこれだけの騒ぎを起きても街角を巡回するのが防犯効果という警官が、我先に集まっている光景が見えてこない。
機関銃と拳銃が混声合唱を繰り広げたというのにだ。
そうするとここへ来て、ちょっと前の新聞記事にその理由が思い至ってしまった。
「ブラッドレイ卿に伝言、市中に不埒者あり可及的速やかに対処を、あとちょっとアルヴィンを救いに行ってくる、とね」
「自分で伝えなさい、早く乗って!」
「後は任せたよ夫人…運転手、出せ!」
戸惑う夫人をしり目にドアを閉めた勢いで運転手に発破をかけると、アクセル全開で車は蒸気を吹き荒らして走り去る。あの速度でならものの数分で屋敷に戻れるし、産婆や医者も常駐しているのだから後顧の憂いを微塵も気に留める必要もなく、義理堅い―ストウッド夫人ならしっかりとブラッドレイ卿に伝えてくれるだろう。
さあて、そろそろ我慢の幕引き時だ。
見送り終えた私は陽気な足取りでギャング共の逃げ込んだ路地裏へと、フフッ、キツネ狩りだ。狩られるのは私か?ギャングか?それとも糸を引く者か?
どっちにしても私が終わり悪ければ全て最悪と、中盤まで良い塩梅で進行していた謀略を一切合切塵芥も残さず台無しにして喜劇も喜劇、愉快痛快匍匐絶倒な大喜劇にして史上最悪な出来栄えにしてやろうと気を利かせるつもりだ。
ギャングの規模は分からないが、武器自体は相当量が流れ込んでいるだろうし、スリル満点を味わえると心を躍らせている。
狭い路地、ズカズカと突き進めば騒がしく走り回る音がそこらかしこ、複雑に入り組んでいるがまあ目的地まで一直線に行けば、昼食には間に合うだろう、いや昼食かもしれないが黒ビールシチューに舌鼓を打つなら、まあ正餐だろう。
ドレスコードは不本意にも着込む羽目になった今日の装いで一つとして問題はないが、来訪カードも無しに飛び入りの参加は憚れる、しかし紳士一同はお転婆な淑女の不作法の一つや四つ笑って許してくれるのが嗜みだ。
さぞや黒ビールシチューに舌鼓を打っている最中だろうが。
私もご相伴にあずかるにはもっと軽快に走らないといけないな。
大股で走るのはあまりにも不作法だが、今はお転婆淑女の時間だ。
真っ直ぐ真っ直ぐ、縫うように走っていると…。
「おい急げ」
「速いっすよ!こっちは大荷物なんですよ」
「盗り過ぎだ、バカ野郎!」
何やら上下とも不揃いで統一した男達が数名…4名だ。
麻袋を抱え、先頭に立つリーダーと思わしき男の手には長物、イーサン達が持っていたのとは全く形状も太さも大きさも違うが、たぶんあれも機関銃だろう。丸い円盤が上に着陸しているのが、どこかで見覚えを感じてしまうが意匠だったが今はそれよりも…。
「ギャングかい?」
「だれぼ―――」
と尋ねて心を残す事の無いように勢いを盛大に飛び蹴り。
助走込みと…あ、そこ、私の体重に関しては前前世が男でも今世では乙女なのでちょっぴりだが気にする。決して私が大柄であるので体重も大柄だから威力が倍増したとか、体重分の感性の法則だとかは関係は無いぜ。
日頃から体を動かしているが故の運動神経抜群な乙女の、可愛らしい跳び蹴りだ。
顔面が潰れているとか、吹っ飛んで壁に叩きつけれたとかに深い因果関係はない。
相手がギャングだったからだ。
「だ、誰だテメエ!?」
「正義の味方かな?柄じゃないから決め台詞は言わないぜ、代わりに機関銃だぜ!」
ざわついている子分達に目掛けて拾い上げた機関銃を向けると、途端に麻袋を投げ捨てて蜘蛛の子を散らす様に一目散に、気を失っているリーダー格の男を置き去りにして逃げて行った。
引き金?引いてみたいがどうやって装填したらいいのか分からないから、無暗に引き金を引くわけにはいかない。さっきも拳銃に弾を込められないからポイ捨てして来たのだから…おや?よく見ると倒れ伏すリーダー格の男は何やら肩掛けの鞄を持っていた。
大きさ的に丁度円盤と同じ大きさつまりは…。
「予備の弾倉だ!……合っても装填の仕方が分からないかだよね」
全部で四つか、それと子分たちが落して行った麻袋は金銀装飾品、高価そうな類とこのバカ騒ぎに便乗して、留守居を狙った空き巣とは程度が低い。
にしてもイーサンの所属するギャングは、相当に武器を足長おじさんに用立てて貰った様だ。この長物、見た目通りに重量物だし予備の弾倉から見える銃弾は拳銃の弾よりもずっと大きい。
こんな物を用立てる足長おじさんの財力とは?
いや今はそれよりも…
「いたぞ!」
「ご注文は機関銃かいッ!」
「「「ぎゃあああ!?!?」」」
先程の連中、友達をたくさん連れて戻って来たので、ティーケーキの代わりに機関銃で出迎えて差し上げた。装填はどうするかってさっき悩んでいなかったか?だって、その時に考えれば良い!なので今は心置きなく撃つべし撃つべし!
引き金を引けば軽快なリズムで、されども拳銃よりも、イーサン達が持っていた物よりもずっと激しい衝撃と轟音を響かせて機関銃は火を吹いた。
飛び出す薬莢のリズムに合わせてギャング達はまともや蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い、腰を抜かして泣き叫ぶのもままならないギャングの頭上には、壁々に弾痕のストリートアート、もっと撃っていれば壮大な壁画を作れたが残念、弾切れだ。
さて…どうやって弾を装填すればいいのか…アニメやマンガだとこういう風に弄っていたような…いやここをこうしてから……お?円盤が外れた、以外に力技らしいから替えの弾倉を押し込んでレバーをガシャリとすれば…。
「装填完了だ!」
私は上手に装填が出来た事に気分が良くなって、意気揚々と機関銃を担いだまま、腰を抜かしているギャングに近付く。
運がよろしいのか一発も命中はしてないが、頭上数インチの所に弾痕。
穴開く壁によりかかった、ああ可哀想に白目を剥いている。
お話でもしたかったが、パンチ&ジュディ・ショーくらいしか出来そうにない。
哀れにも泡吹いて失神する彼が最初に酷い目に合うジュディ…いやボロを着込む男の役どころか?
まあいいさ、替えの弾倉はまだまだ大量にあるし、この様子だとまだまだあちこちで拾えそうだから、ここからは皆がジュディの精神で、今日という日を彩ればいい、まだまだパブへの道は遠いのだから。
 




