八章【斯くして少女はブラッドレイとなる<Ⅸ>】
「フフッ、形勢逆転」
「た、たす、たす、たすけ、たす…」
悲壮感漂う音程から唐突に軽快な愉快痛快に音色が変わったものだから、銃口を額に押し付けられている当人と、押し付ける張本人を除くと大半の視聴者達が状況を飲み込めずに目を白黒させて、次に何が起こるのか?ただお利巧に待っているだけしか出来ていない。
形成は大逆転とあいなり、さてこの後の展開はどうすべきか?
引き金を引いてしまえば楽だが、ギャングの頭数を減らして社会秩序に貢献したとしても、私は監獄へ招待されてしまう。しかしこのままどっかへ行ってしまえッ!というのも芸風が貧相…いや誰の演出で開幕した演劇なのか調べてからにしないとなあ。
「ししししししし…し、知らない」
「こいつはおかしな話だ。テーブルの上に置かれたパイの中身を知らない主賓などいろうはずもないのと同じ、バカげた事をしでかすのに誰の差し金かも知らずやりましただなんて、バカげた話どころか間抜けな話だ…さあ、素直に吐け」
ここで撃鉄をガチャリと上げる音を奏でられたなら、痛快な脅しになっていたが無いので代わりとばかりに、コツリと額を軽く、淑女らしく、丁寧に、教養無き無頼の輩でも自分に何が押し付けられているのか?よくよく理解を促した。
目は潤み、自分の半分ほどの年齢にも達していない相手にボロを着込む男は縋りつく様に「助けて」という言葉を、何度も何度も命乞いをしているが私の知りたい事はその言葉ではない。
「衣装と小道具を与えて舞台を用立てたのは誰か?」
「イーサンがお嬢さんを狙った」
「そんな事はどうでも良い分かり切った過去形だ、私が知りたいのはそれではない、だが見たい光景はすぐにでも見れる、円形に風通しのよくなった額だ」
明確に殺意を言い例えると、さすがに命惜しさに…いやきっと知っている事を話した末に待ち受ける自身の明日の姿への恐怖心が、今この場の幕間が降りた末の自分自身の姿を思い馳せて、昨日は朧気に今日だけしか考えられないボロを着込む男は今この場の恐怖からの解放を望んで、即席グレイビーソースでサンデーローストを溺れさせるように話し始めた。
「ボ、ボスが知っていた、殺された!受け渡しの、武器の受け渡しに猫の仮面を被ったガキに、背の低い…そいつに殺されたんだ!ボスも倉庫も燃やされて、何も分からねえ!」
今にも赤子の様に恥も外聞も蚊帳の外に置いて、ギャンギャンとベビーメリーが止まった事に癇癪を起して泣き叫ぶ赤子の様に泣き出しそうな様相に、私は心底から溜息を出して指に掛かるそれを引きそうになりながら「今のボスはお前だろうに」と、私が知りた…ボスと倉庫も燃やされた??
今日はそもそも何が原因だったか?
そう無人の倉庫から出火、中には浮浪者、周りに飛び火で……
「お前の所為か全てッ!?」
「違う違う違ーーーーう!俺じゃない俺じゃないです!ボスと…ボスとボスを殺した女の所為です!」
私がこんな辱めを受ける諸悪の根源が銃口の先に…撃っていい?撃っていいよね?
倉庫なんて燃やしてくれたばっかりに!……おおと脱線してしまった、今はそれよりもこの襲撃を企んだ者を探る事だ、探る事なのだが底抜けのバカを相手に「どうもこんにちわ、黒幕です」などと、小粋な語り口で姿を現したり、お尻も尻尾を見せて一等賞なひょうきん者に果たしてギャングが後先考えず飛びつくだけの武器や資金を提示できるか?
大バカ者を相手にするなら、通りでオレンジとレモンで戯れる子供達でも、1ファージングの報酬を提示して思い通りに操れるだろうが、ギャングのボスを相手取るならそんな間抜けはそうそうに骨をしゃぶられ、細かく粉砕されて骨粉にされ、畑にまかれてお野菜の肥料にされている。
ましてやその下っ端なら本筋など知っているのが物事の道理に外れている。
と私が考え耽っているのはボロを着込む男にとっては心底から恐ろしかったのか、さらに尋ねる手間を省けるように努めてくれた。
「清幇の連中が現れてから、俺達は抗争なんて出来なくなったんだ!屯するはしから間引かれる!今月に入ってから5人だ!どっかの傘下に入るか潰されるか、だから武器も金も何もかも必要で!」
清幇…ああ、ツェン・ロンシンだったか?華爛系ギャングの。
あれが来たおかげで弱小の虫けらは駆除されている、まあギャングなどという反社会迷惑千万連中は根絶されても誰の心も痛まないし、世の中の平和の為に喜ばしい吉事だが…偶然と偶然のかみ合わせにしては良くかみ合わさっている。
世の中には偶然の鉢合わせの連続から生まれるお菓子は数知れず、これもまた偶然と偶然が自然の営みの邂逅でしかなく、そこに不自然さを見出すのは火のない所に煙を見出すのと同義、だがあまりにも舞台としてまとり整然されてもいた。
うっかり漏れ出た帝室と公室の縁談話、これ見よがしに扇動する新聞とラジオ、そしてこいつ等とどうやら流れ込んでいる武器、後はあの気になる新聞記事、全てが誰かの演出であると物語っている。
いや、夜闇では枯れ木も怪物に姿を幻視させるのだから、私は非常事態の最中で想像力が豊かになっているだけというのが最も真っ当な考えだ。
さて、結論付けた上でこいつらはどう処すべきなのか?
警察に引き渡そうにも女手だけでは拘束もままなるまい、そも人様を撃ち殺しに来たというのなら…
「カーラちゃん!」
「大丈夫さ、撃ったりはしないぜ」
「違うわ!」
おや、どうしたのかイーストウッド夫人が慌てている。私がこいつを撃とうとしたと本気で勘違いをさせてしま…振り向けばそこに苦痛に歪み、お腹を押さえて蹲るアシュトン夫人!?
「予定日は!?」
「まだ先、でもこの騒ぎなの所為よ、陣痛が始まってしまったわ」
最悪だ、最悪な事だ、最悪というのは本当に最も悪い時期を見計らってくれる。
「うぅ……」
私は急いで駆け寄った、駆け寄ったが…どうすればいい?
ひどく苦しそうだ、いや苦しいのだ…蹲るアシュトン夫人に私は…私はどうしたらいい?どうすればいい?
落ち着け、私らしくも無い!今は迅速にアシュトン夫人を近くの診療所に、いやそれよりも屋敷に戻る方が先決か?出産を控えて産婆との連携が保証されている屋敷に戻る事そこが最良の道筋だ。
それまで時間の猶予があるとでも?ない!なら近くの診療所に運び事む事の最良さに疑い様はない。
馬鹿を言う、進学の進歩著しいと前置きをしばし前に書いたが、それは真っ当に勤勉な医者に限った話だ。鈍間と間抜けは赤ちゃんの夜泣きの酷さに今もアヘン剤を処方する。
下手な診療所に運び込んだなら、母子共にッ!?
クソ、何でこうも私は慌てふためく?
銃口を突きつけられても楽しくて笑えるのに!
「カーラちゃん、落ち着いて、貴方は自分の命に無頓着でも、親しい人の命には無頓着でいられない、だから今は年長者の私の方が冷静でいられる、だから私の言う事を聞いて」
「あ…ああ、何をしたらいい?」
「今すぐ屋敷に戻るわ、ユズちゃんは私が運ぶ、カーラちゃんは先導をして」
アシュトン夫人を抱き上げてイーストウッド夫人は堂々と言い切る。
そういえば、私は何時だって自分の命を最優先に賭けていた…馴れない事態への醜態は取り合えず、好機と思い違いをしてニタニタと笑い出したボロを着込むとを…
「ぎゃぼげっ!?」
導入として顔面に一撃。
大方の諸氏は若干忘れがちかもしれないが私の腕は義肢、魔法合銀なので材質はとても硬い。鉄のこん棒で人を殴ったらどうなるかは問うまでも無く、倒れた自分達のボスの顔がどういう形状に変化したのか、股間辺りに染みが出来ている様が如実に回答を提示していた。
一応言っておくが腹を立てているとか、醜態を晒した事を誤魔化す為にではない。
ああいう絵に描いた通りの三下は、目の前で自分より立場が上だと胡麻する相手が無残な姿を晒すと一目散に尻尾を巻いて「助けてくれ!?」と逃げ出す。
「あの逃げ様だと路地はすぐそこで終わるな、イーストウッド夫人、私がアシュトン夫人を運ぶよ」
「いいえ、カーラちゃんは必ず仕返しに来る子達に備えて頂戴、ユズちゃん1人運べなくて、社長夫人は務まらないわ」
随分と威風堂々、年齢は少しくらい考えてもいいだろうと言うのは無粋。
おかげで私は冷静を取り戻せる。
さっさと行こう、ああいう生き物は逃げる勢いはあるし考えなしの報復の勢いもそれに比例して激しい。たぶん今の市中には仲間が溢れている筈だ、そうそうに運転手の所まで言って今度は私達が一目散に逃げる側。
兎に角、前へ。
一歩一歩、後ろに続くイーストウッド夫人に合わせて前へ。
響いてくる喧騒は、街中で響き渡る狂った熱気を帯びる騒がしさは予想していた速さで大きくなり、歩みを再開して焦りから来る体感時間の延長を含めても数分で、路地から抜け出す事に成功した。
幸いにも、いや辛うじて群衆はバリケードが築かれ始めた通りに集中しているらしく、こっちの通りはそこまで人通りに混みあいは感じられない、が!安穏とするにはやはりと言うべきだろう、きっちり熱気は帯びていた。
ここも早晩、どうのみちあっちの通りと同じバカ騒ぎが開幕する。
「車は?」
「ええと……」
「奥様!!」
通りを出て車を探してキョロキョロとしていると、血相を変えていたのを声色がありありと語っている運転手の裏返った声が聞え、視線をそちらへ向けると探し求めていた車と運転手がこちらへ駆け寄ろうとしていた。
「今すぐ車を出す準備をして!ボイラーは温まってる?状況は見てのとおりよ!」
「はい、奥様!しっかりと温めておりました!」
しかしイーストウッド夫人の一喝で踵を返して後部座席を開けてから運転席へ。両夫人が乗り込めば即座に走り出せる態勢。
私は邪魔になりそうな通行人を押しのける役割。
「イーストウッド夫人は先に乗ってくれ、乗り込むのにも介助が必要だ。なら私より夫人だ」
「分かったユズちゃんをお願い」
イーストウッド夫人からアシュトン夫人を受け取って、夫人が先に後部座席へ乗り込み、次に可能な限りアシュトン夫人が楽な姿勢で乗れるように、イーストウッド夫人に私はアシュトン夫人を…
「いたぞ!」
声がした。
聞き馴れたくもない赤毛のクソ野郎の声。
手勢を連れて…握られているのは!?
「くたばれ!」
「失礼!そして運転席は伏せろ」
アシュトン夫人を受け取ろうと身を乗り出していたイーストウッド夫人を車内へ突き飛ばし、次にアシュトン夫人を私の体からはみ出さない様に抱きしめて、すると無数の発砲音、風切り音、鉄にあたる音、ガラスの割れる音、雑多に諸々の音が鳴り響いた。




