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八章【斯くして少女はブラッドレイとなる<Ⅵ>】

 ……というのが数時間前に遡った際の出来事だ、と窓際で黄昏ながら私は楽しげに店員とお喋りを繰り広げる両ご夫人を眺めながら、諦めと達観の境地に至っていた。

 視界を広げれば古式ゆかしい内装の空間には、等間隔の陣形を成して立ち並ぶ質素な商品棚、顔を連ねる多種多様な品々は食料品から雑貨類、僅かだが装飾品の類も埃を被りながら戦列に加わっている。

 夫人達の集まるカウンターには舶来の品々…チョコレートもそこにある。ああそうそう、あと秘密にしておきたい品々は店の裏側で、従業員に声掛けをすれば持ってきてくれる。何を?夜に使うものを尋ねるのは野暮と言うものだ想像してくれ。

 とはいえご夫人達がカウンターで井戸端会議をしているのは野暮な用ではなく、「あら、これ、もうこちらで今の流行りなの?」とイーストウッド夫人が尋ねれば、「ええ奥様、ロンディニオンで刊行されたらその日の内でこちらで刊行されるようになりました」、と暇を持て余す者同士が集まってよもやま話に花を咲かせる為だ。

 ここイーストウッド百貨店が系列店、街角の百貨店を掲げるイーストウッド雑貨店だ。

 収入にゆとりのある熟練工のご家庭から裕福な中産階級アッパー・ミドルクラスまでを客層に、品揃えの値札は軽すぎず重すぎず来店するだけでもステイタスになるお値段。節制に励めば一般的な中産階級でも週で通える敷居の高さ。

 

「カーラちゃん、せっかくのショッピングなのに窓際を飾るお花になってどうするの!」

「気にしないでくれ、好きで眺めているんだ…だから引っ張らないでくれないか?」


 と心の内で語っていればこちらへ歩み寄って来たのはアシュトン夫人。窓際に陣取って静観に時間を費やす私の在り方が気に入らないらしく、強引に腕を掴むと引っ張り出す。とはいえその手を振りほどくのは容易い…相手が身重だったらの話。あと腕っ節も小柄な割にはあるものだから、観念してズルズルと井戸端会議の輪に引きずり込まれた。

 そしてイーストウッド夫人は悪戯っ子の様に微笑み…

 

「どうかしら?年齢は高めの服なの本当は、だけど体格が近いから背伸びをしているおしゃまな女の子をイメージしたの」


 新しく買ってもらった人形を自慢する少女のように、アシュトン夫人から受け取った私を井戸端会議の輪のど真ん中に引きずりだす…くっ、だからこの選び方だったのか!


「似合ってるならいいじゃない、似合ってもいないのに自慢げに歩く人より似あっていて頬を赤らめる子の方がいいと思う」

「大人のその行動は、市中引き回される人の気持ちを子供体感させる行為だと自覚してほしいだが?」

「気の強い子が恥ずかしがる姿ってけっこう好きなのよ、おばさんだから」


 ……忘れていた、この人はブラッドレイ夫人の親友だった。

 なんで真正のサディスト(S)サディスト(S)は磁石みたいに反発しないのか!むしろ良好に関係を築けるのか!

 ああそうとも、諸氏に白状しよう…私の恰好は全く似合いもしないという言葉を分厚く、真冬の雨空の中を歩く日の分厚い雨水を弾き返すフェルトのコートを着込む姿とまさにという惨状。

 全てにおいて流行を意識しつつも、最先端を突き進んだ結果の古典派への改まったアプローチが、新聞欄を時たま飾る王侯貴族の結婚式を華やかせるウェディングケーキの様に散りばめられて、着心地がすこぶる羞恥心が苛まれる。

 下着はシュミーズとドロワーズにストッキング、上半身を厳し圧する何故か革製のコルセット。純白の飾りつけの多いブラウスと、上下を統一する活動的ながら可愛らし色合いで染め上げられたスカートを上品な革ベルトで固定し、同色のジャケットを羽織り。何を思うてかスカートの下には古風に華やかな動き辛いベチコート、職人技の編み上げブーツと共に。

 最後に歌劇役者を彷彿とさせる羽飾りの帽子とお気に入りの革手袋、死体撃ちに努めて短くしている髪と同色のヘアピースで年相応の長さが施されている。

 舶来の安価で近代的な女性下着で身を固めていた私にとって、ドロワーズは正直好みに反していたが、容赦なく剥ぎ取られてしまったので、人として道徳(モラル)を履かぬわけにかいかなかった。

 唯一の救いはドロワーズの形状が近代的な事だがそうそうに輪の外へ出よう。私は笑い者にされる事を厭わない乙女だが、ファッションプレートの見本代わりにされるのはごめん願いたい。

 暇を持て余しているのは分かるが。

 私はイーストウッド夫人の手からさっと逃れて元居た窓際へ。

 そこへ立てば、従業員が暇を持て余す理由が恨めしくもよく聞こえる。


「アルヴィオンの横暴を許すな!」

「この土も水も風も我々エァルランド人の物だ!」

「「「大公陛下万歳!」」」


 察しのいい諸氏は思い出してくれていると期待しているがあえて語ろう。帝室と公室の縁談話が原因でマジで暴動が起こる何秒か前、だ。まあ実際に声は大きさだけで数は少ない、暴動にまで発展する気勢は薄く、ただ大声で大行進しているものだから、客足は蜘蛛の子を散らした後の様。来店を告げるドアベルはイーストウッド夫人御一行様のご来店より一度も役目をはたしていない。

 もしも次に鳴るとすれば運転手が戻ってきたと顔を出す時までお預けだろう。

 ここを出立してから屋敷に戻って再出発まで…目算ならもう既に鳴った後の筈だが。

 おや?噂をすれば何とやらなのか?ジリリリッ!と電話の方が鳴り出した。

 話の輪から従業員が1人抜け出して壁掛けの電話の受話器を持ちて会話を始める、距離的と位置的に会話は聞こえないが、取引先か?それともこんな騒ぎで出歩けない客からの宅配希望か?……おや何やら慌てる様子でイーストウッド夫人の下へ。

 何やら伝言でもあったのだろう、少し渋い表情でイーストウッド夫人へ耳打つと、夫人は困った表情を浮かべた。これは他人事と傍観も出来そうだがそうはいくまい、取り合えず事情だけでも。


「どしたんだい、表情が困っているようだが?」

「ええ、困った事になったわ。どうやらあちこちで集まった人達がバリケードを築いて道を塞ごうとしているみたいなの、ここから三つ程離れた通りまでこれたみたいだけど、それ以上は無理みたいなのよ」

「そいつは確かに困った…で、運転手はどこから?」

「その通りに一軒だけあるパブから、困ったわ」


 確かにそいつは夫人も困った顔になる。三つ程離れた通りと、口で言ったならばは近くに感じるが実態は半マイルに近い距離が離れている。直結した通りに出るまで歩いて、そこからパブまでの距離…私とイーストウッド夫人だけなら困ったとは言わない。

 身重のアシュトン夫人にそこまでの距離を歩かせるべきではないが、幸いにも今いる通りの人だかりは、鬱陶しく感じても身の危険を感じるには二歩足りない程度だ。意を決すれば今の内に…待つべきか?

 いやそれ以前に何故、どうしてバリケードなどを築こうとしているのか?そんなもので一夜城など築こうものならば、流血は必ず添えられる。


「警官の粗暴が原因らしいわ。こん棒で人を叩いたそうよ、それも子供をね」

「バカの世界王者確定だなその警官はッ!?なんてことをしてくださったのかなまったく……」


 厳命でもされているだろうに……いや何時の世も、暴動の起きる前夜は何が何でも軽はずみが起こる。些細な火種を残らず吹き消そうが、人の言葉を理解もしない唐変木が陽気にタバコを吹かしながらガソリンスタンドに現れるものだ。

 いずれはこの周辺は近々に籠城戦のど真ん中という事だ、そしてまだ築城の最中なら意を決して飛び出せば塞がれる前に……いやダメだ。一か八かの賭けは本当に一か八かでするものじゃない、徹底して運否天賦を取り去った末にするものだ。損得勘定をしたならば、一か八かで得られるモノよりも、失うモノの大きさが圧倒的に大きい上に取り返しがつかない。

 どうする?

 私とイーストウッド夫人が頭が攀じきれそうになる程に悩んでいると…。

 

 

「大丈夫です」


 アシュトン夫人は力強く言ったので私は…。


「もう少し口に気を付け体に気を払った方がいいぜ、アシュトン夫人。無鉄砲もお転婆も許されるのは少女のうちまでだ」


 ピシャリとアシュトン夫人の言葉を切って捨てた。


「母も出産予定日まで家の纏める女将軍であり続けました、祖母は母を身籠ったまま畑仕事に勤しみました。その娘であり孫である私は軍人の娘であり妻、このくらい何を躊躇う事もありません」


 されどもアシュトン夫人は怯む事を知らず、むしろイーストウッド夫人と私の悩みなど何を思い悩む必要があろうかと、その小柄な愛らしい姿で勇ましく胸を張った。

 はっきりとした強い決意の宿る瞳…根負けするほかあるまいと目線でイーストウッド夫人に意見を述べると「……そうね」とイーストウッド夫人は呟き腹を決めた。

 道順に関しては土地勘のあるイーストウッド夫人が先導するとなれば、兵は神速を貴ぶと手早く身支度を整え、ものの数分で支度を終えいざ踏み出さんとする中、体力に自信のありそうな従業員の1人が「送ります」と名乗り出るが、イーストウッド夫人はその申し出を断り「危うくなれば何も気にせずに逃げてちょうだい」と言葉を残し、イーストウッド夫人を先頭に立って大通りへと歩み出た。

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