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八章【斯くして少女はブラッドレイとなる<Ⅲ>】

 夜の闇を等間隔でガス灯が煌きで照らし出す大通りを外れ、路地裏から路地裏を、か細い下弦の月明りにさえ怯えながら突き進む一団がいた。小汚く統一感の無い身の丈に合わない服装から、彼等が古着ばかりを身に纏う貧しい身分なのは一目瞭然だが、古傷や生傷の多い壮年の男と率いられる年若い青年や少年を見るに堅気ではないのも一目瞭然だった。

 何よりも警戒心の強い歩き方は、彼等が明確にである事も物語っていた。

 昨今の情勢を鑑みれば警察が何時も以上の巡回を繰り広げているのは当然で、賄賂の一つも握らせれない程度での弱小が夜半に警察に見つかれば笛の音を聞きつけた警察官が群がって、使い古された襤褸布よりも襤褸にされるのは目に見えていた。

 徒党を組んでも所詮はちっぽけな子悪党でしかない、ちっぽけなギャングを恐れる警官はいない、重々承知しちえる一団は怯えながら夜道を突き進む。

 目的としている場所は次々と建てられた飛行船という時代の潮流に乗り遅れた、いずれは寂れて消えて行く小さな港の近く、老朽しても建て替える理由の乏しい倉庫が軒を連ねる昼間でも夜半の如く賑わいを失った倉庫街。

 些細な物音も気を使い、些細な物音も聞き逃さず、歩み続けた一団はようやく辿り着く。

 そこは立ち並んでいる他の倉庫から離れた位置にある、小さな、酷く朽ちた、壁から中の光が漏れ出す程に整備のされていないちっぽけな倉庫だった。


「あってるのか?ここが」


 壮年のリーダー格の男は後ろにいる赤毛の大柄の少年に問いかけると、赤毛の少年は…


「間違いなく、ここで受け渡しがされます」

「信じたぞ?」


 壮年の男は倉庫の横に設けられた小さな扉を開けて中に入る。

 中は隙間風ですら洗い切れない酷いかび臭さに満ち満ちた、雑草すらどこからか生え始める有様だったが、場違いにも幾つも厳重に封のされた木箱が置かれてもいた。そして木箱以上に場違いな者もいた。

 純白のエプロンに映える黒いウールのワンピースドレスを着込む、13歳くらいの女中(メイド)がそこにいた。さらに付け加えると猫の、滑稽な黒猫の仮面を被ってもいた。僅かに露出する肌色は濃く、南エウロパ系の移民の子供だろうと壮年の男は判断して目と鼻の先の距離まで近づく。


「茶でも淹れてくれているのか?」

「……言葉遊びにじゃれ合うつもりは微塵も無いので山積みの仕事と不在でもかまわず積まれる仕事と人手不足でも弁えない頭脳が間抜けな夫妻と人使いの荒さが玄人の主人で暇がないんですよ。商品は後ろに、サインは不要で早々に確認してくださいよ」


 壮年の男の皮肉を一顧だにしようともせず、黒猫の仮面を被る女中(メイド)はピシャリと断る勢いのままに話を進めた。

 その一方的なさまは壮年の男に反感を抱かせるに十分だった。


「そういうなよ、女中(メイド)が淹れてくれる茶を滅多に飲む機会がねぇんだから、一杯くらい出すのがお付き合いってもんだろ?」

 

 女中(メイド)がピシャリと言ったところで、見るからに幼く小柄な相手でも敬意を払う教養を持たないギャングには対した意味をなさず、むしろ教養に乏しい者特有の間違った空気の察し方で、壮年の男は明々白々に無駄話をしないと宣言した相手に無駄話を興じようと誘った。


「時期を考えもつかないのは問題ですよ。警察官は何時だってこん棒を振りかざしたいと歩いて回っていますので、早々に終わらせますよ」

「この時期だからこん棒野郎も暇が足りてねーよ」

「頭脳が底抜けの間抜けですよ。騒ぎに乗じた輩を捕まえて回る為に私服で徘徊して、貴方達のようなバカ間抜け丸出しの犬畜生で人生の落伍者のド底辺弱小木っ端のギャングを狩って回っている真っ最中ですよ」


 付き合いたくもない無駄話に無理やり付き合わされた女中(メイド)が、盛大に言い放った皮肉が壮年の男の怒りを買った。

 壮年の男は近寄って女中(メイド)の服を掴む、すると掴む腕を含めた全身はみるみると毛深く、太くなり徐々に人としての形に狼の特徴が見え始まる。着込む服は膨れる勢いに耐え切れず、音を立てて破けていく。

 仮面の下ではきっと恐怖の色に染まり自らの言動を悔いている、壮年の男は人狼に変じられるという圧倒的な優位性から最後にそう思った。

 服を掴まれた瞬間、女中(メイド)が握る部品の取り付けられた棒状の物を取り出して自身の胸にぴったりと、寸分のズレも無く心臓の真上に押し当てている事に気が付かずに。


「忠告しますよ、手を離しておすわり」

「あ?状況分かってねーんだな、かわ―――」


 プシュッという音が微かに鳴り、壮年の男は胸あたりの痛みと苦しみを感じて胸元を見る。膨れ上がる体に引っ張られて膨れ破れかける衣服の胸元辺りから、徐々に何か液体のような物が染み出し始めている事に気が付く。

 男が突然の事態に呆気に取られて呆然と、自身の胸元が鮮血に染まる有様を見つめている瞬く(あいだ)に、女中(メイド)は素早く棒の中間部分を回し外し、新しい部分を取り出して回してはめ込み、壮年の中途半端な変化で止まっている男の肥大に押し当てる。。


「野犬は殺処分ですよ」

「え?」


 再びプシュッという音が小さく鳴ると今度は額から血が流れ落ち、そのまま男は倒れ伏して幾度か痙攣した後に二度と動かなくなった。

 後ろで一連の出来事をニタニタと笑い見ていた手下達は、女中(メイド)の胸倉を掴んだリーダーがあっという間に死体となり果てた現実に、かたき討ちなど考え付く事も出来ずただ成り行きを滑稽に待つしかなかった。


「そこの人達、死体の処分はこちらでするのでさっさと荷物を運び出してくださいよ。こっちはまだまだ仕事があるんですよ」


 率いる者を失った一団は、年端の行かない少女程度の言葉に怯えて急かされるまま木箱を持って立ち去って行く。残されたのは女中(メイド)と死体だけとなると、隠れていた者が姿を現す。

 死蝋でさえ留めきれない腐敗の進んだような酷い青白い肌の、汚らしい赤い瞳と貧相な牙が見え隠れす大男のギブだった。


「どうするつもりだ?」

「どうするとは?問題ないですよ、三下に率いられる輩を率いるのは三下で充分、元から事態を引っ掻き回すつもりで投げる数多の一石、憂う事は無しですよ」

「どちらかの盟約者の意向と受け取るが?」

「好き勝手にどうぞ。意向も何も全てを手の平に載せ終わっている舞台演出家な人達を相手に逐一考えるのは苦労なだけですよ、むしろこれだけ仕立て上げたのですから失敗だけはやめてくださいよ?」


 ギブは「心得ている」と手短に答えて姿を消し、今度こそ女中(メイド)だけが残される。

 女中(メイド)は仮面を外す。

 顕わになった顔はロベルタだった。

 ロベルタは懐中時計を取り出して時間を確認する。予定は順調に進んでいて、次の仕事まで時間の猶予は後片付けをして移動するには事足りると、証拠を隠滅しつつ騒ぎを起こす為に置いていたオイルランプを勢いよく死体に投げ放つ。

 床に落ちたと同時にガラスは割れ、中のオイルが四散し一息に死体は燃え上がり、火はそれだけに飽き足らず見る見るうちに倉庫中に燃え上がって行く。

 それを確認し終えるとロベルタは足早に、その場を後にして次の目的とする場所へ向かって移動を始めた。

 倉庫に火を点ける、証拠の隠滅と同時に合図でもあった。

 次の場所へは走れば余裕を持って辿り着ける。

 しかしロベルタはすぐには走らず後ろを振り向いて燃え盛る倉庫を眺め…


「ほんと、世の中は救いようのないバカばかりですよ」


 と、どこか自嘲を含みながら呟いた。

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