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八章【斯くして少女はブラッドレイとなる<Ⅰ>】

「熱いね…火起こし前のオーブンでも放り込めばブラックバンが美味しく焼き上げれそうだ」


 年が明けてカムラン校への入学を控える私が何についてお熱いと口遊んでいるのか?筆舌の必要は…言わねば展開を予想する無意味な労力を有するであろうから率直に言おう。先にカムラン校へ入学した件のゲームでの悪役令嬢が一人、マティルダ・ストレンジからの手紙だ。

 工房のマナーハウスでの日々を終えた後、友人関係をマティルダと築いた私はそのままの流れで彼女と文通を頻繁に行っている。お互いに日々の取り留めのない事柄や、細やかな少女同士の秘密の語らいなど。

 選定の家の私室で読み耽る便箋は同封されたその時々のハーブで仄かに香りづけがされていて、ハーブをこよなく愛でるマティルダらしい手紙だ。文章の内容?それもマティルダらしいと言えばマティルダらしい。読み耽る側にとっては胸やけを起こしそうな内容だが。

 どんな内容か?まあ気になってしょうがないだろうから語ってしんぜよう。

 そこにはブラッドレイ卿の英才教育を乗り越え成長したエリオット・ダリル・フィッツジェラルドが、エァルランドから故郷へと戻った彼が、さらにどう成長したのかを熱く甘く爛れそうな恋物語を、さも華々しい英雄譚か悠久の叙事詩の様に書き認められている。

 もっと詳しく聞きたい?聞くなよと言いたい、さっき恋物語といっただろう?口にすれば歯が浮く甘ったるい惚気話の網羅だ、うんと濃く淹れた珈琲に添えれば、砂糖の代用品になる代物の。

 フフッ、まあマティルダの気持ちもさもあらん。

 私が知る限りの、ブラッドレイ卿の英才教育を乗り越えて成長した彼は、背丈こそ伸びない悩んでいるが、フェンシングの技量が私を除くという前提の上で選定の家に残る選りすぐりよりも強く、そのはっきりとついた自信が彼に男らしさを身に帯させ、日を追うごとに増して溢れだす男としての気概は、その時点で恋煩悩に絆されやすい思春期の子女には刺激が強過ぎて、さらには子犬が見せる時折の勇ましさに似た精悍さは一塩となっていた。 

 だからマティルダの文面は書き出せば意図せず惚気話の網羅となり、私は読み耽るのに濃く入れた珈琲を必要としているのは必然の話だ。

 まあ今まで周囲の妨害で堰き止められていた諸々が互いに噴き出しているだと察すれば、微笑ましいと見守る事もやぶさかではない。私は素直に「おめでとう」と言える乙女だ。

 されども世の中は幸あらんことだけでは行かぬのが世知辛い。エァルランドは絶賛蜂の巣に爆竹を投げ込んだ様に大騒ぎの真っ只中にある。

 街から離れたここ選定の家という片隅にまで連日催される抗議集会の賑わいが、漏れなく響き渡ってきている。3ペンスで飲める湯割りの安酒(ホット・ジン)で酔い、正体を失った酔っ払いの下品な言葉遊びさえ、遥か未来まで演じられ続けるオペラと誤認してしまう賑わいが。

 品性ある言葉選びの乏しさを駆け上がる激情で水増し、不平不満ばかりを時事ネタで包み込んだだけの、鶏の骨のように中身が伽藍洞な賑わいだがパンチ&ジュディ・ショーに重ね合えば愉快滑稽と鼻で笑う事も出来る。

 食堂のテーブルの上に珈琲を内包せし魔法瓶と共に、品位の上下を問わず並べられた各紙には、パンチ&ジュディ・ショーに負けず劣らずのセンセーショナルに書きたてられた一面で似たり寄ったりな飾り付けがさられている。曰く『アルヴィオンが大公家乗っ取りに本腰を入れる』とか『ついにエァルランドの完全併合に着手か!?アーネスト皇子が協議に再着任!』と事だ。

 フフッ、まあそういう事だ。

 ゲーム開始時点にはすでに取り決められていたフレデリックとリサの婚約、だがまだ本編のはじまりはじまりの前、2人の婚約はまだ決まっていない。ゲームでは特に語られていないが両国間の鬱積する感情と照らし合わせれば順風満帆に進んでいた筈も無い。

 連合を構成する一員の末席の末席、最も格下の植民地人より僅かに上という扱いを受けるエァルランド人からしてみれば、公室に帝室の人間がひょっこり顔を連ねる。思惑は大公家の乗っ取りと脊髄反射をするのが定石。

 まだまだ協議は途中段階と知ったからには妨害するのが愛国心。

 新聞各社はここぞ業績拡大のまたとないチャンスと過激な記事を、民衆という火に油を、エバミルクにブランシュガーを投入してジプシータルトを作る様に注いでいる。あれ、恐ろしく砂糖を入れるんだ。

 今や抗議集会は暴動と大差を失くし始め、近い内には目も当てられぬ大騒ぎになるのは間違いないだろう。

 となれば婚約話は白紙化の末に棚上げ、というのが現状の最良。

 それだとゲームとは展開の違いが出て来ると苦悩すべきだろうが、まあ同質の世界であっても同一の世界ではない。ジェインがいない様にに、私がいる様に。

 もしも、はもしもの時の立ち振る舞いをすれば良いだけの話。

 ハプニングの無い人生はチーズの入っていないアップルパイのようなもの……どうにも私は甘酸っぱきアップルパイに塩気を帯びたるチーズを組み合わせるのが苦手だ。イーストウッド夫人はチェダーチーズを必ずアップルパイの中に入れる、入れない時はごっそりと小脇に添える。慣れた今では食べられるが、慣れるまで飲み込むのに苦労した。

 

「なら暴動の伴わない抗議集会は抱擁のないキスのようなもの、とこじつけられなくも無い。だがこの時期にこの流れで暴動なんてされた日には、内乱も視野に入れないといけいないな」


 元来、エァルランド人の独立心は強い。

 人狼に変じられるエァルランド人やそうでないエァルランド人でも、貧弱なアルヴィオン人の顔色をお伺い奉るなど屈辱。戦争では最も勇敢に戦うのは戦士としての誇りを胸に抱き、死を恐れず突撃を敢行する自分達だという自負心が尚更の事、エァルランド人の独立心を過敏にさせている。

 これ以上の侮蔑を黙々と耐え忍べる程度の低さではない、積み重なった鬱積は。

 トリスタンは妻と生まれて来る子供の為に、より良い未来を築こうと必死だ。

 だが世の中の多くは今を見ている、明日は明後日にでも考えればいいのだから。


「まあ、私があれこれそれこれを思案巡らせても井戸端会議の一幕にもなりはしないか」


 それよりも新聞各紙から話のネタを切り取る方が優先度が高いというもの。

 あれだぜ?自動車に電車に新幹線に慣れ親しんでいる現代人の感覚での移動は、こちらではSF小説の世界だ。蒸気で動く自動車が台頭を始めていようが、移動は長時間の忍耐が要必要。時間を有意義に楽しむには、新聞から面白みのある記事を切り取りスクラップブックにまとめ上げて会話の咲かせる花にするか、新聞小説を一纏めにして読み耽るか。

 他にも色々とあるが、安上りなのは日々の新聞の有効活用に切り抜きを加える事だ。

 さてさて、ではでは、どれを切り抜くか選りすぐろう。

 お好きなだけ切り取ったとしても貼れるページには限りがあるのだから。


「とはいえ、どれもこれもフレデリックとリサの話ばかりか。話は盛り上げられても剣呑になるだけだぜ?政治の話は…」


 これは愛読する新聞小説のページをさらに増やす以外に…おや?これは少し毛色が違うな、低俗紙の新しいコーナーで最初から最後まで法螺話のという但し書きのされたジョーク記事なのだが…第27回目…記憶違いでなければ初の筈。

 いや見落としていただけだろう、それより内容は時事ネタを踏まえた内容らしく『アーネスト・クリスチャン・フィリップ・テオ・アルトリウス殿下がドゥブリンの()()()()()にて黒ビールシチューに関して秘密討論会』。というもので、ああちなみに黒ビールシチューというのは文字通り黒ビールを使ったエァルランドの郷土料理だ。

 パブにいけば食べられるし、家庭でも作られるし、私も作れる。

 そんな黒ビールシチューを皇子であるアーネスト殿下が食して、密やかに集まりて討論をする…鼻で笑っちまうにも懸命さを持ちいらねばならない程に出来の悪いジョーク記事だ。まあ迫真の、嘘か真かは霧の中という真心を注ぎ過ぎたジョークは質が悪いと思えば低俗紙にしては品位のあるジョークともいえる。

 まあ、長旅で花を咲かせるには至れない記事だ。お目当ての新聞小説だけを丁寧に切り取りて、スクラップブックに何時ものように貼り付けて、さらば新聞よ暖炉の火種となれ。


「おっと、時間を忘れて思案に耽ってしまっていたか。支度を急がないとね」


 イーストウッド卿から送られたアレマラント製の、正確に時を刻んで時刻を鳴り知らせる複雑技巧に彩られた懐中時計を、正確無比に時刻を鳴り知らせる懐中時計を私は宥めて、最早用済みとなった今朝方の新聞を片付ける。一纏めにして暖炉か台所か、古新聞が第二の人生を歩める場所へ置いて自室へと向かう。

 道中すれ違う新しい顔ぶれに、私がここに入った頃から見慣れた顔は一人としていない。

 多くが孤児院へ戻されて、僅かな残りは良家に引き取られた。

 今や私が最後の古参でそろそろここを巣立つ、カムラン校へ入学する為に。

 過ぎ去りし今までの日々が感慨深く感じられるが、ブラッドレイ家に養子として引き取られるのか?それとも良家に嫁ぐ為に一時的にブラッドレイを名乗るか?そろそろ決めて欲しという焦らされる気持ちであまり感慨深くも無い。

 まあそれについては入学後、卒業間近でも、余り者(オールドミス)になる前までに決めてくれればいい、それよりも優先すべきは選定の家からの出立が予定よりも早まり、段取り良く後を濁さす鶏の様に荷造りだ。

 と自室へと進むも、ふと足が止まる。


「何が私の後ろ髪を引くのか…たかだかジョーク記事だろうに……」

 

 振り向いて木箱の元へ戻ろうと、先程のジョーク記事だけでも切り取りたいという衝動に私は襲われる。しかし時間は既に選定の家を任せられている女中(メイド)が木箱を持ち去った後だろう。

 事は既に遅きに失したが…この得体の知れない衝動が色濃い印象となって、私室へ戻った後も脳裏に付き纏い続けた。

 ジプシータルトに関して、第二次大戦後に生まれたエバミルクに大量のブラウンシュガーを投入して作るタルトです。当然ですが年代的にはまだ生まれていないお菓子です。ただ自分で作ってみて強く印象に残ったお菓子だったので名前だけですが登場させました。

 また今後、年代的にまた生まれていない物がちょくちょく出てきますがロ―ファンタジーという事で目を瞑っていただけたら幸いです。

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