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一章【三度の生は慟哭と共に<Ⅱ>】

 戸惑う私を他所にその男は病室へと入って来た。

 両手には何冊かの本と…何だあの機械は?

 そして誰だ?

 意識を取り戻した私を見るなり、自らの事のように笑顔を浮かべ大急ぎで、持っている物を空いているベッドに置き、師匠と呼んでいるヴィクター博士を押しのけて、こちらへ駆け寄って来たこの男は、誰だ?


 白身の強い灰色の髪に面長で甘みのある顔立ち、すれ違うのが女性なら十人中十人が振り返りそのうち半数は見惚れてしまうであろう、少なくとも狂気を孕んだ幼さの残る顔立ちの、ヴィクター博士の弟子とは思えない美男子。

 こちらへ向けるその笑顔は、コッツウォルズの羊のように呑気な笑顔。

 時雄の記憶にある、イラストが付けられているキャラクターにこの顔の人物はいなかった、とするなら名前だけの、裏設定資料集に載っている人物だろうか?


「おい馬鹿弟子、初対面の相手に名前を名乗るぐらいは礼儀だぞ?もしくは全裸の幼女に見惚れたか?」

「馬鹿言わないでくださいよ師匠!僕の女性の好みはグラマラスな巨乳!ふくよかで包容力のある女性ですよ!って、ごめんね。ええと、僕はエドガー・アレクサンダー。師匠の弟子です」

「ふふっ、これは丁寧にありがとう。私は……一応、ジェインと名乗っておくよ」


 いない。

 裏設定資料集にはエドガー・アレクサンダーという名前の人物はいなかった。

 とするなら…ここはどこだ?

 【転生令嬢の成り上がり】の世界だと、私は自身が宿っている体がジェインだったから、そう結論付けて考えていた。だが目の前にはゲームに登場していない、言及もされていない人物がいる。

 何よりヴィクター博士に関しても名前と、どんな人物なのかという走り書きだけで、容姿に関して設定はされていなかったのだから、この世界に関して私は認識を改めるべきなのか?

 ダメだ、情報が少な過ぎて判断が出来ない。


「さて全裸のクソガキ。当面は全裸だ。何せ縫合している個所も多い、もしくは着る服がない。諸事情でもう一人の医者が不在で、当面は全裸でいてもらう必要がある。明後日には全裸から卒業は出来るがね」


 言われてみれば全裸だ、私。

 主が最初の夫婦をお創りなり、その最初の夫婦が、知恵の果実を口にする以前の姿と同じ一糸纏わぬ姿だ。


「今気づいたのか?もしくは今までどうして気づかなかった」

「ふふん、起き抜け一番にヴィクター博士を見れば、誰だって気づかないさ。それに包帯で巻かれているから…割と全裸と言うのが正解じゃないのかい?」

「口達者なクソガキだ、さて馬鹿弟子、さっさと大半が全裸のクソガキに薬を飲ませてやれ」

「師匠、女の子にクソガキは良くないですよ」

 

 そう言いながら、エドガーさん?は私を抱き起すと赤色の錠剤を口の中に入れ、


「はい、それじゃあ吸飲みから水を飲んでね」


 熟練の看護師のように、吸飲みを私の口に近づける。

 久しぶりの水分に、乾いていた咽喉が潤いとても心地よい。

 何だか人心地つけた気分だ。

 起き抜け最初の手足が無いからの博士は、流石にショックが大き過ぎる。

 あと、何では博士は人様の胸を揉ん―――()()()にしているんだい!?


「縫合している時に分かってはいた、もしくは八歳にしては育ってるな。これは将来、巨乳にはならないが張りのある美乳に育つ胸だ」

「いや師匠、なにケガ人の胸を揉んでいるんですか?」

「安心しろ、胸部は縫合していない、もしくは女性同士なら犯罪ではない」


 答えになってない。

 それとさっき、エドガーさんが持ってきた本と何かの機械。

 何なのかとても気になる。

 だけど薬を飲んだら急に眠くなって来た。


「おいクソガキ、今日明日は体を休めて頭の中を整理しろ。こちらとしては、幾つか聞きたいことが山の頂を越えてある、もしくはこちらも説明しないといけない事柄がある。なのでクソガキならしっかりと寝ろ」

「師匠、言い方……」


 別に言い方なんて気にしないぜ?私は、何せあんな家庭環境で二度も育てば多少の暴言罵倒、罵詈雑言は春風のように、受け流す程度の処世術は身に着ける。ましてクソガキなんて言い方は、私にとっては品の良い方に分類される。やあ久しぶり!程度にしか思わないぜ?

 ただ…痛みはが酷いのと何か大切な物が欠けている感覚がする……。


「ええと、ジェインだっけ?顔色が悪いね、ごめんよ。師匠の所為で」

「おい馬鹿弟子、何故私の所為だ?もしくはいい加減に乙女の柔肌を、合法的に堪能するのをやめろ」

「ですから誤解を招くような言い方はやめてください!僕は小児性愛者じゃないですよ!」


 私は…私は…何を欠いている?ダメだ。

 頭の中がまるで朝靄に包まれた平原のように、光に照らされて大地の輪郭は分かるのに、その先の景色が見えない。そんな感じで頭の中がはっきりとしない、だから考えれば考えるほど苦しい。

 気持ちが悪い。


「クソガキ、お前がどういう状態なのか肉体は把握できても精神までは把握できないが、言えるのは寝ろ。幸いにも鎮痛剤には眠気を誘発させる成分が含まれている、もしくは身を任せて眠れ。お前に前世の記憶があるのか?などは後日にしてやる」

「師匠?」

「ふふっ、そう…させて、もらうよ……」


 瞼が重い。瞼というのは時に、自らの意志ではどうしようもなくなる。

 目覚ましのけたたましい音で目覚めた直後でも、容赦なく再び眠りを強要する。

 しかし今回ばかりは瞼の意のままにしよう。


♦♦♦♦


「おーい!ジョナサン!ロベルタ!早く早く!」

「早いですよジェイン様」

「そうだよジェイン、今日はこんなに天気がいいんだ。この前みたいに雨に見舞われたりはしないって、俺は思うよ」


 ……あれ?私が手を振っている。

 それも二人に対して……ああ、これは夢か。

 懐かしい夢だ、確か去年の事だったと思う。ジョナサンとロベルタの三人でいつものように、近くの小高い丘へピクニックに行ったのは。

 前は行っている途中に天候が急変して、だからその日をジェインは心待ちにして、何よりピクニックに行くのなら彼女の作ったあれが食べられるから、と楽しみにしていたのだ。


「美味しい!お店で売っているポークパイよりもずっと美味しい。これはジェインが?」

「その通り!って言えたらいいけど、それを作ったのはロベルタなの、ロベルタの作るポークパイは絶品よ!」

「ありがとうございますジェイン様、でしたらジェイン様に作り方をお教えしますよ」

「ダメよロベルタ、それはロベルタの秘密にしておかないと。将来ロベルタがお嫁さんに行く時の武器にして、次は自分の娘に教えるべきよ!」

「ジェイン様…はい、そうしますです!」


 ああ、本当に幸せな光景だ。

 とても、とても穏やかな光景だ。


「おーい優等生、どうした?そんなにやってたらすぐにギガ欠乏症になっちょうと私は思うよ」 

「ふふっその心配は…うわ!?ちょっとしか観てないのに!」

「動画アプリのギガ消費は恐ろしいわよ?それじゃあ私は選択科目が家庭科だから失礼すわね」


 浅岡さんがそう言って教室から出ていく。

 ああ、これはも幸せな光景だった。

 時雄の、暗い人生は高校に進学すると、ようやく光が見え始めていたんだ。

 そして浅岡さんがいなくなると決まって彼女が現れる。


「おや?おや?おや??まさかの時雄君が無計画に動画アプリ使ったの?明日は雨ね」

「うひゃあ!?松下さん!ビックリするから急に後ろから声をかけないでよ!」

「いいじゃん、ていうか5ギガ契約で動画アプリとかチャレンジャー!」


 ああ、この光景が絶望に変わるなんて、この時のジェイン(あたし)時雄()も思っていなかった。

 だけど、何故か戻りたいとは思わない、思えない。

 それにこの胸に湧き上がる感情は何なんだろう?

 幸せなはずの光景を見ている、私の胸に湧き上がるこの()()は何なのだろう?

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