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七章【大きな蛇の舌の根で<Ⅲ>】

「このバカ甥が!救い難いと思わせておいて救いようがないとはなッ!!」

「ひぃやめ……ッ!?」


 アタシの10歳の誕生日を「おめでとう!」と祝うその日に、大叔父のヴィンセント・フロスト・メイヤーが激昂冷めやらぬ真っ赤なお顔で、老齢の大叔父様よりも背の低い、いえ大叔父様が齢に合わずに背が高いだけなのと父が低いだけだけど、兎にも角にも見下ろされて正しい壁ドンの所作で父を威圧しているわ。

 口から火でも吐き出してしまいそうな、いっそう吐き出して焼き殺してやりたいという剣幕。亡き曾祖母譲りという猛禽類を彷彿とさせる鋭い顔立ちが合わさって、あら大変!

 お父様、ここで粗相はダメよ?とアタシは心の中の鼻で笑ってしまう。

 だってせっかく買い叩いた新居の一軒家。

 その真新しい一階の通路だもの。また女中(メイド)が辞めてしまうわ。

 ちなみにアタシは少し後ろの玄関側にある階段の一角からお送りしているの。


「よくも貴様!この…貴様ッ!三下のジョシュアと!ロンディニオン銀行はマフィアだギャングだと…この貴様!」

「叔父さん!せめて、せめて怒鳴りたい事を順序だって!?」


 怒りのあまりに冷徹な思考も、冷酷な思想も、冷血な思慮深さもかなぐり捨てた大叔父様の順序だてられない怒涛が、幸いにも父へ恐怖よりも狼狽を与え辛うじて過度な萎縮を抑制する。

 お陰様でお父様は普段の大叔父様への恐怖から発露する、黙って嵐が通りすぐるのを神に祈る最もやってはいけない行為をせずに済んでいるのだけど…何で怒鳴るのか?そんな事は目論んではいないけど実行したお父様本人が誰よりも知っている事よ?

 素知らぬふりを思わせる言動は火に油、いいえ猛火にガソリンだわ。

 ほら…。


「このッ!?貴様!!まだまだしらばっくれる腹積もりか!」

「ッひ、ッひ、ひぃいい!?」


 まるで後ろ背景に大爆発を讃えて現れる正義の味方の一場面の様に、大叔父は猛火と大噴火を背に映した激昂。たまらずお父様は腰を抜かし掛けたけど、背中を壁に預けて耐えている。

 えらい、と鼻で笑ってしまうのは我慢。

 さてと、大叔父様がここまで怒っているのは何故か?誰がちゃんと説明してあげないとお話についていけない人が出てくるわ。だけど難しい話は何もないの、だって気付いている人は気付いている事柄。

 父とジョシュアが結託して行ったウィン=リー百貨店の事業拡大。

 中小の銀行が唐突に強行した融資の回収で困り果てた小規模な商店と企業。ウィン=リー百貨店だけの商品を卸す事を条件にロンディニオン銀行が融資をする。

 小狡いゴロツキとどっこいどっこいなやり口。相手側は渋々でも飲み干すしかない小狡さ、何より実行犯の2人は誰が悪い噂を流した笛吹き男なのかしらない。そもそも何で強引な融資の回収を行ったのかも知らない。

 ただ気の向くまま、自分の考えただした妙案と思い込まされて実行しただけ。

 大叔父様がどれだけお父様を締め上げ締め上げ尽くしても白状のしようが無いの。


「いいか?貴様の様な低能で無能で脳無しの穀潰しは腰も何もかも低くして、社会全体への大荷物である事を自覚し努めて呼吸も最小限にして生きねばならんのだ!」

「そ、そこまで言わなくとも!慈悲は!?」

「急落した株価に相応ならな!!」


 きゃは♪こればかりはアタシも予想外の展開。

 幾ばくかの情報が高級紙で大々的というには紙面の割かれ方は乏しいのだけど、それでも致命的にお父様の名前とウィン=リー百貨店の悪名が的確に飾ってしまったわ。

 題名は…。


『ギャングの所業。銀行家を軒並み脅迫か?ウィン=リー百貨店躍進の真相とディラン・メイヤーの華麗なる失態劇』


 という内容。

 遡る事は1年近く前から。状況証拠の積み重ねれば、という憶測ばかりの。それでも説得力は大衆に対して効果抜群。考える脳みそを教育で育てられていない連中だもの、鵜呑みも鵜呑み、ええ鵜呑み。

 おかげで株価はウィン=リー百貨店と足並みを揃えて急落。

 大忙しで齢などどこ吹く風とやら、とアルヴィオン中から世界中を飛び回る不在の隙間と隙間にやられ、感知した時には既に遅きに失しをさせられた大叔父様の激怒は必定。

 あとは…あは!お父様を後ろから自由自在に操りたいと切望する片隅の冷や飯が主食の元本家と、彼等と仲良しの海向こうなメイヤー家の方々も、これを言い分に再び影響力を拡大せんと勢いを増すのは確実。

 お父様の実績は、切除した内患を再び内に呼び込む以外の成果をなんら出していない。

 怒って正常、怒られるのはまだ慈悲。

 そして一通り怒りを爆発させて冷静さを取りも出せた大叔父様は、冷たく泣く子の息の根も止まる猛禽類の眼差しでお父様を眼球に映すと、まるでその後ろ側で糸を垂らす者へ言うように…。


「お前は、明後日にはもう敵だ」

「ひぃいいッ!?」


 言葉の凄み自体は左程の内容でなくとも、心胆から恐れる相手からの宣戦布告の受託。そんなつもりなんてこれっぽちだけはあっても、本気じゃなかったし布告をした覚えはない!と下半身が赤子の様に泣き出したいお父様は力失い崩れ落ちてしまった。

 その、カーペットを濡らしそうな泣き顔に一瞥もくれず言いたい事を言い吐き捨てた大叔父様は、踵を返して玄関扉へ足を運ぶ。そうするとアタシとばったり必然に出くわす。


「ご機嫌麗しく…いいえ、ご機嫌大嵐な大叔父様。息災で何よりだわ」

「ふん、キャスリンか。顔の出来栄え以外までも母親と同じ者が何をしている?さっさと!中身の出来栄えをマシにしろ!ジェインみたいにッ!!」


 まあ!酷い。とても又姪に吐き捨てる言葉とは思えない罵詈雑言。ジェインを助けるつもりでロベルタを仕えさせた癖に、さも自分は真っ当だ!なんて面構え。

 顔の厚みはスコーンの上を白くクロテッドクリームで染め上げて、ジャムを飾ったよりも厚いんだわ!甥が甥なら、叔父も叔父ね。

 なーんて、唾棄されているなんて知らない大叔父様は颯爽と苛立ちな足取りで出て行く。


「僕は!叔父さんなんてこわッ…怖くないんだッッッ!!」


 見送るお父様は車の軽快な蒸気音が響き聴こえると、産まれたての子羊よりも震える腰の抜けた姿と勇ましさの伴わない小声よりも大きな、大声にはまるで届かない声で大叔父様のいない場所へ向かって叫ぶ。

 意気地の無さを鑑みれば、一応合格点は…あげようかしら?

 最近のお母様から相手にもされない可哀想なお父様だし。

 アタシは泣き顔に染まるお父様に歩み寄り、静かに痛みに打ち震える幼い少年をあやす様に抱きしめて…。


「大丈夫よお父様。大叔父様はまだ上澄みしか気付ていない。もういない占い師から言われた通り、アタシの託宣だけを信じれば大丈夫」

「キャス…キャスリン……大丈夫なんだよな?本当に大丈夫なんだよな?」

「ええ、全部アタシの言うとおりにすればいいの。だから勇気を胸に抱いてお父様。もう後には退けないんだから」


 邪魔だから消えてもらった占い師の遺言を、頑なに縋ってアタシだけを心の拠り所にさせられてしまった、寄る辺の無い孤独で愚かな父は、抗う術も無く甘言の誘うままに、実の娘の抱擁で安息を得る。

 でも安心してお父様。

 株価が下がるのは企てた時に決まっていた事だもの、折込にして挟んでいたわ!それに安さにのみ価値観の絶対を置いている手合いの購買意欲を搔き立てるのは、産まれた時から不況の中で育ち育まれた事のある者なら容易く操れるの。

 だから早速、大叔父様への宣戦布告への返答を明確な形として返してあげましょう!

 アタシはお父様に手早い身支度を要求して、大叔父様の来訪の前の前もって打ち合わせを済ませていたウィン=リー百貨店へと足を運ぶ。

 新聞記者も呼び寄せて、大々、大々、大々的にお父様とジョシュアの厚い信頼関係と特大級のバーゲンセールを催すお誘いを……。


「どけ!どけ!どけ!!」

「消防車の邪魔は轢いてでも押し通るぞ!!」

「そこの親子!邪魔だ邪魔だ!じゃーまーだー!!」


 する筈だったウィン=リー百貨店から立ち込める黒煙。

 とってもモクモクと、ええとってもモクモクと、モクモクと……。


「なんじゃこりゃあ……」


 これって…火災……よね?え?何で??この時に? 

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