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六章【彼氏彼女と狂言廻し<Ⅻ>】

「お茶の時間だぜ、ヘイッ!」

「……ッ!?!?」


 鬱陶しい湿気を帯びたる空気をどのような一撃でならば一息に霧散させられるか?正攻法を語るとすれば空気を読まずに、止まり始めた涙もびっくり止まる勢いでドアを蹴り開ける事だろう。

 驚愕と呆気によって、悲鳴も何もパクパクと開いては閉じる口から吐き出せずにいるのは、実により善き場面展開と言える。湿気を帯びたる空気は晴れやかな…空模様とは言えないが、生乾き程度にはマシになった。この後の展開で愚図をこねられるのは面倒なので強引さは据え置きで行こう。


「昼食の時間はちょっとした事が多発し過ぎてけっこうズレるそうだ。このままだと小腹がさらに減りそうだから、焼きたてのスコーンを用意した。お茶にしようぜ?」

「……ッ!?!?」

「おいおい、そろそろ開く口から何か発してくれよ?返答一つ無いならお姫様の様に抱きかかえて連れて行くが?」

「……今、私がそういう気分じゃないのは百も承知なのよね?」


 ニタリ、と微笑んで私は表承知の上でだと情で返答する。

 時と場合は何時だって気分を置き去りにするんだ、今は気分じゃなくても付き合いをしなければ、将来的に紳士淑女の場には足を運べない。居留守はマナーとして使えるが、今から多用し過ぎると癖にもなり過ぎるしね。

 私は強引にマティルダを自らの足で動かねばならない状況化を仕立て上げて、日頃に使う談話室へと足を運ばずに、別の隅にある部屋へ誘う。

 そこは位置的に往来から離れるひっそりとした空間で、耳を澄ませれば小鳥の囀りが漂ってくるそういう趣のある部屋だった。なので私はそこにお茶会の場を設けた。

 姦しい乙女が会話に花を咲かせるには幾分、閑静ではあるが。


「焼きたてのスコーン、いちごとブラックベリーのジャムが一瓶ずつ、残念だがマーマレードは切らしているんだ。フフン、その代わりに惜しむ事の無いクロテッドクリームの山盛り。紅茶はブラッドレイ家御用達の店が謹製とするブレンドティーだ」


 マティルダに座るように促しながら、私は隣のワゴンに乗せられる湯を沸かす為のオイルランプに火を点け、薬缶に満たされる水がお湯へ変じるとまずはティーポットとカップを温めてから、再び必要量の水を足して火にかける。

 その間の細やかな静寂は年頃の乙女には不似合いであるし、何よりもまだ不服という表情を浮かべ続けるマティルダへ一つ、二つは声をかけるのが作法だ。


「どうせ、一人きりの部屋でやれる事など、悪い事しかないんだ。それに人という生き物は腹が減るだけで考えは悪い方向に向かう習性を持っている。反省にせよ、自己嫌悪にせよ、空腹時は止めておいた方が良いぜ?」

「……私は…」

「だからさ、まずは食べなよ。それとも四の五の言う口に無理やり押し込まれるのがお好みなら、嫌という程に詰め込んでやるが?」

「もうっ!分かった!いただきます!!」

「それで良い」


 マティルダはそういうとスコーンで埋め尽くされる大皿から一つ取り上げて、綺麗に開いたオオカミの口からパかっと二つに割って、適度な量のジャムとクロテッドクリームを塗るとガッツリと大きく一口。

 不貞腐れようが空腹を前にして、焼き立ての特有たるあの胃袋を惑わせる香りには勝ちようは無い。香りに誘われて一口、味に唆されて二口、三口と次第に夢中になって行く。

 私は徐々に空腹が癒され、満たされる心に連動する表情を伺いながら、不要となったティーポットとカップのお湯を容器に捨て、ティーポッドには茶葉とお湯を用法容量を正しく守りて入れて注ぐ。

 抽出時間は二分と半分、計るのは砂時計ではなくイーストウッド卿から頂いた懐中時計。

 時間になれば茶こしを通して、カップへと紅茶を注ぎ入れば出来上がりだ。

 その頃には一個目を食べ終え、人心地ついたマティルダが…


「美味しい……」


 と、呟くので私はその流れに従って…


「フフッ、そいつは良かった。ではお次は紅茶でも如何かな?」

「ありがとう、カーラ」


 自然の流れでマティルダは紅茶を口に含み、私は席へと座る。

 最早、気分ではないからお茶会はしない、という拒否の意思表所など出来ぬ状況。

 良い塩梅の空気の加減だ。ではエリオットへそうしたようにマティルダにもいくらかの助言と発破をしてしんぜよう。ちょっとだけ意地悪な入り方で。


「ねえマティルダ」

「なに?」

「クロテッドクリームが無い時は、木の年輪の様に分厚くバターを塗るのが流儀だけどさ。実はクロテッドクリームの時はアルプスのの頂の様に塗ってジャムも同様にすると美味しいんだぜ?ほらこんな風にさ」


 私は二つに割ったスコーンの片方に、それはもうドン引きという程に、いやもうドン引きとしか言い様がない量のクロテッドクリームとジャムを塗る…盛る。割った片方と同じ厚みかそれ以上の厚みで。

 それを見るマティルダの怪訝そうな表情に、私は努めて意地悪さを醸し出さぬ微笑みを浮かべて差し出す。美味しいぜ?という笑顔で促せば、人の好いマティルダはまんまと騙されて一口。


「むぐッ!?」

「アッハハハハ!引っかかった、目の冴えわたる甘さだろう?」

「ゴク、ゴク…もうっ!?カーラ!」

「悪い悪い、ほら何も塗っていない方がまだ残してあるからこっちへ移すといい」

 

 口に運んだ山盛りのクロテッドクリームとジャムの強烈な、多々ある風味を打ち消す鮮烈な甘さに、マティルダは目を丸くした後に紅茶でそれを流し込んでから今にもポカポカ、という擬音交じりで叩きそうな恨めしい眼差しで私を睨む。

 ただ半分に割った片方を受け取る理性は残っているので、淑女の礼儀作法として辛うじて立ち上がったりはせず、渋々と食べかけのスコーンの上を適量にしてから一息に食べ切った。

 大口は、まあ小姑が同席している訳でなし咎める気もないし、私自身もその方が好む質だから何も指摘しない。フフン、空気を読むのも良きアルヴィオン人の作法なのさ。


「どれだけ美味しい物であろうと、欲張り量を間違えれば不味いという善き教訓になっただろう?」

「それくらい私でも知ってるわ!なのにカーラは…すぐにそうやって人を揶揄うのが悪い癖よ!」

「怒るなよ、知っているようで実はまるで理解していない教訓を体感させてしんぜただけだぞ?これは。薬と毒が表裏一体であるように、励ましの、相手を(いつく)しむ言葉もまた適量を間違たれば罵声となる、ってヤツだぜ」

「え?」

「エリオットにとって、今日までのマティルダの言葉はそのスコーンの上と同じだった。そもそもあれは、認めようとしない相手ではなく、(はな)から認める気など毛頭ない相手に認められようとしていたんだ。受け止める為の空間は既に埋め尽くされていたのさ」


 聡い乙女だ。自らの手に持つスコーンを見て、私の言わんとする言葉の意味合いを理解したらしい。どれだけ思い、励まし、背中を押さんと発した言葉であっても、度が過ぎればただの罵声でしかないという事に。

 理解すればドッとマティルダを後悔が襲い、瞳は再び涙で濡れ始める。


「……私は…私は…どうしたよかったのかな?」


 絞りだした言葉に含まれる慙愧の念が己の行いをどれだけ悔いているのか?ありありと語り、舌三寸で生きる偽善者ならその場しか凌げぬ励ましん言葉でも投げかけるが、私はどうすべきだったのかを知っているので適切な助言を進呈しよう。

 ただ、内容はまあ…時代は後の時代ではないし、今だから別に問題ないが…問題にしたい放火魔なら火を点けたくなる内容だが。


「簡単さ、ただ抱きしめて受け止めれば良い。男という生き物は生まれた時から見栄を張って生きねばならぬ宿命を背負っているんだ。だから男には(しがらみ)を忘れていられる場所に、寄る辺になってやれば良い」


 本当にこの時代の男という生き物は難儀だ。

 後の時代で多く女が口々に大昔から男は権利に恵まれていると声を上げる。確かに女が社会で戦うには、条件が不利な事が数多だ。

 昔なら一層に不平等で、男の方が恵まれているとしか捉えれないが、しかし視点を変えて同時に付属するモノを目にした時には本当にそう言えるのか?

 権利は義務と責任が伴う。この時代の男は女よりも多くの権利に恵まれ、義務と責任にも恵まれる。そのおかげで招集がかかれば突撃を知らせる笛の音と共に突撃して、砲煙弾雨に打たれねばならない。

 どれだけ傷だけになろうが何て事は無いと、ボロボロの前など後ろには決して見せず、何時だって男と見栄を張らねばならない。泣きっ面など言語道断、辛くても不敵に笑い、遺す言葉にさえ泣き言など許されないのが男という生き物の生涯。

 だから女は、妻は、母は、そんな男の寄る辺であらねばならない。

 マティルダもまたそうである事が必要だ。さすればエリオットは前を向いて立ち向かえる。守るべき、愛すべき人を守る為に、一人の男として。


「…私に…出来るのかな?」

「今すぐ出来たなら苦労いらずだが焦らずとも恋人とは、そうなる為の準備期間。フフン、さっそくだが、扉の向こうで気まずそうにしている王子様と語り合うといい」

「ええっ!?」


 バレていないとでも思っていたのか?私がそう口走るとエリオットは驚きの声をうっかりとあげてしまい、マティルダに存在が露見してしまう。するとさらに気まずそうに扉を開いてエリオットが姿を現す。


「それじゃあお邪魔虫は退散するぜ、後は恋人同士の時間だ。語り合いの時間が何よりも今必要だからね」


 私は席を立って部屋を後にする。

 したふりをして聞き耳をたてるのも一興だが、それは品性に乏しい行いだ。野次馬は何時だって余計、この後に二人がどのように語り合い絆を深めてたのか?それは諸氏の想像力に任せるとして、ただ一言口走るなら良い雰囲気になった。

 だがその事は私の関与すべき事ではない、今は態々足を運んだ伯爵の応対が私のすべきことだ。


「あら、随分とあくどい趣味なのね。愛し合う二人を手玉に取るとか」

「フフッ、それはどうも、で?調査報告は?態々私の趣味が良いか悪いかを指摘しに来ただけじゃないんだろう?」


 廊下で一部始終を覗き見ていた当人も趣味が悪いだろうと指摘したくなる伯爵が、書類の束が詰められた大きな封筒を持って立っていた。今日も今日とてセンスの良いアクィタニア人らしい伊達男な風体で。

 だがマティルダに関する報告書は貰う前に自前で調査を終えているから、その報告だったら皮肉を1ダース分は言わねばならない、という視線を歩きながら伯爵に送る。


「心配しなくても初耳揃いを持ってきただわさ。あとあんたの読み通り主犯は身内だったわよ」

「それに関しては当初から一択だったろう?その報告までこの場っていうのが納得できなんだけど?」

「仕方ないじゃない、まさか無関係だった別件が関係していて大事(おおごと)だったんだから。思ってもみない連中と鉢合わせして、あとダンカン・クレヴァリーに関しても全部終わったから、はいこれ見てみなさい」

「では拝借」


 私は一度立ち止まって封筒の中身を取り出して、読み耽るのは後にしてパラり、パラりと流し読む。そこには……私の考えを肯定するどころか斜め上右三十度から左下四十度からの急上昇行ったり来たりする内容で埋め尽くされ、正直に言うと……


大事(おおごと)の中の大事(おおごと)じゃないかッ!?」

「そうよ、呑気出来なくったわね?さっさと幕引きに掛かりなさいな」

「ああそうするよ…しっかしまあ、分かれば何とも血生臭い」


 私は予想の埒外に面を食らいつつ、サプライズは合宿最終日前日の昼食(ディナー)と定めて、急遽追加された諸々の確認事項と最後の調整にとりかかった。

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