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六章【彼氏彼女と狂言廻し<Ⅷ>】

 悪巧み、と言えば愛らしく思えてしまう、ちょっと趣向を凝らした各方面へ向けてのサプライズを催す為に、私は色々と下準備に奔走する事になる。まあ実際に一番苦労し奔走するのは、私よりもお声をかけた方々(かたがた)なのだけど。

 それよりも今はミス・ソラーズが良い塩梅に調律しなおした日程表で、共に過ごせる時間は据え置きながらも、私と過ごす時間は割増しとなった恋人達と楽しくお喋りに興じよう。

 実は私自身、彼等の事をあまりにも知らない。正確に言えばこの世界での彼等、だが。

 なのであれから一週間、私はゆったりと時間を過ごせる彼等と楽しくお茶をしている。

 あ、ちゃんと下準備は着実に進めているぜ?むしろ第一弾のサプライズは絶賛進行中だ。


「なにカーラその楽しそうな笑顔?まるでトカゲで遊びまわる猫みたい」

「フフッ、料理は下ごしらえから楽しい、という事さ」

「何それ?あ、でもハーブを自分で育てる事から始めるハーブティー作りは、確かにとっても楽しいわ!」


 本日はお日柄も良く、室内の温度はふくよかに過ぎるご夫人が身を引き締めるのに適温となっているので、引き締まっている乙女が二人でいるには辛い。なのでベランダにてお茶会の真っ最中。

 今日のお茶請けは伝統的にして古典的、なれども古臭さとは無縁の王道たるジャムタルトだ。どのようなタルトか?いやもうこれが驚愕的にシンプルにして簡潔。ただジャムを小さなタルト生地へ淑やかに置いて焼いただけ。

 だがそのシンプルな在り方は、共に立つ紅茶とまさに意気投合。器に並べた姿は、映えあるジャムの鮮やかさでまさに宝石だ。


「フフッ、不動たる帝室御用達(インペリアルワラント)のジャムは絶妙な甘みの加減だ。甘さを探求する姿勢、砂糖に依存する事を良しとせず、果実本来の甘みを殺さない志は舌が賞賛せずにはいられない」

「え…?」


 何よりも使うジャムは、イーストウッド卿からの差し入れをふんだんに使っている。

 高級過ぎて取り扱う店の、その店主すら味わえぬアルプスに比肩する高根の花たるヘイゼル&バートン社のジャム。本日はあれにもこれにも使っている………作っている最中の私の覚悟を多くが察してくれているだろう。

 スプーン一杯でも相当額は当然のジャム。嗚呼、心臓にとても悪かった。

 それと暗にジャムの正体をチラリと見せた事で、マティルダは目を見開き口に頬張ろうとしたジャムタルトを、寸の所で惜しく止めている。勢いのままに頬張ってくれていた方が、反応を楽しむ側としては楽しかったのだがあと一歩で踏みとどまってしまっている。


「おいおい、そのまま一息の一口で食べてしまった方が美味しいぜ?せっかく直前で打ち明けたというのにさあ!」

「もうっ!?カーラったら!すぐそうやって人で遊ぶ!最初に言ってくれていたら一つ一つ味わったのに……」

「残念そうにするなよ、ジャムはイーストウッド夫妻の御好意熱烈にまだまだ有り余っているんだ。むしろ、パクっとペロッと食べて貰わないと消費し切れないんだ」

「カーラは慣れているかもしれないけど、私は特別に祝う時以外で口にすればお尻を叩かれる品物なのよ!」

「ならばこその、今を楽しめばいいのさ!ほらどんどん食べてくれよ」


 たぶんだが多くの諸氏は、私とマティルダが和気あいあいとケラケラと笑う姿に違和感を覚えているだろう。

 この一週間は最初の裏方という立ち位置から、多くの仕事をあまり出会わぬミスター・ブリストルと気が付けば行動を共にするミス・ソラーズに丸っと譲渡し、表舞台で自由気ままに立ち回っている。

 伯爵からの追加報告もまだまだその日まで遠く、ならば今の内でも知れる事を知り尽くしておこうと、マティルダに接触して彼女から彼女自身の事を聞き出した。その結果として一種の知り合い以上であと一歩で友人という関係を築くに至ったのである。

 それにより、ストレンジ家の家族構成を深く知る事が出来た。

 まずは家長である父、ダレン・クリフォード・ストレンジ。

 オクサンフォルダ大学の考古学教授だ。

 母はパトリス・ストレンジ。

 ただしここからはゲームとの差異で、オクサンフォルダの植物園に以前は勤務していたが、結婚後は家庭菜園で植物学の研究をする専業主婦だ。

 そしてさらなるゲームとの差異は兄がいる事。

 名前はダレン・クリフォード・ストレンジ・ジュニア。

 年齢はマティルダより2歳年上で父と同じく考古学者を志す、目を離せば国内の遺跡や遺構へ冒険しようと街まで足を運ぶ、活動的な少年らしい。

 とまあ以上がマティルダから聞き取った、早期の内に伯爵が私へ報告すべきだった事柄だ。それではサプライズの日までの残す時間を、有意義に女子トークに費やすだけか?いやいや人生という限られた時間を無作為に浪費する(いとま)を私は現状持ち合わせがない。

 そもそも家族構成を知る、それは二度も言うが最初期に知っておくべき前提だ。

 私がマティルダと仲良しこよしとお茶を飲むのは、伯爵では調べ知り得ない彼氏と彼女だけの秘密を聞き出す為だ。


「それにしても…言っては機嫌を損ねると思うが、良くもまあ、あれだけ酷評の尽きない相手との婚約にこだわるのか?渡し舟が用意されているのに、拒否をするのか?解せない」

「…カーラ」


 一言エリオットをこき下ろせば、マティルダの表情は淑女だからカップを持っている。普通なら胸倉を持っている、という非常に険しくかつ鋭い眼差しへと変貌した。

 予定調和の反応に、私は早々に失言だったという振る舞いで…。


「そう睨むなよ。実際に会ってみればそれがただの新聞記事の様に脚色に塗れた虚構であったのは一目で分かったよ。真実は真逆、優秀だし天才的だ…若干、自制の利かぬ面はあるが。されども気になるだろう?一途に愛する理由がさあ?」

「それは……」


 手のひらを返してエリオットを褒めちぎれば、ぱあッと表情を和らげて透かさず一途に惚れ込む理由を尋ねると、たぶん本人の中で理由たるその時に一場面が脳裏で再生されたらしく、これもまたぱあッと頬を赤らめて口籠る。

 少しばかり茶化したい気持ちが、その赤らめる頬を見て思わず衝動として私の本能に訴えるが、グッとこらえて私はもう一度はっきりとマティルダに教えてくれと要求する。


「ねえ、マティルダ。教えてくれよ?気になって気になって仕方がないんだ。それに私の胸を揉んだろう?偶然の、不良の事故とも言えなくもないがね」

「それは……」


 屋敷に増設された使い勝手の良さに気を払えなかったシャワーの使い方を教える段で、マティルダは私の胸を揉んだ。

 不慮の事故としか言えないが、生粋の委員長気質であり善悪に対してきっちりと成すべきことを成すマティルダは、同性とはいえ相手の胸を揉んだ事に責任を関している。なのでそこらへんを突っ突く。


「すぐに手を離さずに、しっかりと揉みに揉んだじゃないか?」

「もうっ!分かったわよ!教える!!だけど…秘密にしてね?恥ずかしい事じゃないのだけど、やっぱりそういう事はみだりに話す事じゃないし……」

「ああ、そこは私も弁えているよ。口の堅さは審判のラッパが鳴こうが開けぬと自負しているんだ。胸を貸すから…いや、何物理的な意味で捉えようとしているんだい!?」

「え?あっ……こほんッ、一度だけしか言わないからね?」


 私の胸元へと伸び始めていた手を、マティルダはさッと引っ込めてから先払いで誤魔化し、念を押してから二人の出会いの甘~い恋話を始めた。


「あれは…確かまだ私が八歳の時、つまり5年前。その頃からエリオットは内向的でお兄様達の快活さとは対照的な、何時も部屋でピアノやバイオリンを弾いたり、何か…とても難しい絵?の様なものを描いていたの」

「ふ~ん……」


 難しい絵…数学を好みあの技術オタクっぷりから容易く想像が出来る。つまり何かしろの設計図だ。義肢への興味を鑑みれば…この辺りはゲームでは深く触れられていないから想像の域にも達しない。

 今度、本人の隙を伺って覗き見にしょれこもう。日常的な手遊びとして思い至れば、自然と手近な用紙に描いているだろう。


「だからね、その…最初は嫌だって思ったの。自分の意見も口に出来ない、言われたら言い返そうという気概をさえ持とうともせずに避けて、隅っこでウジウジしてばっかり。そんな相手が婚約者だなんて!」

「そいつは以外だ。あれだけの惚れ込みは一目から惚れたんだと思っていたぜ?」

「子犬みたいで可愛いッ!て思ったわ、でもそれだけ。だからお父様に何度も訴えの、別の人にしてほしいって。でも何度か会っている内に、エリオットは、彼は自分の意見を言えないんじゃない。周りが抑えつけ言えなくしているだけだって分かったの」

「周りが?」

「ええ、あの頃は…2年前にエリオットのお母様が亡くなって、フィッツジェラルド伯は不在が多くなって、だから代わりに伯母のジェマさんが家を取り仕切っていて…私、あの人大嫌い!エリオットを虐めるのよ!それにお兄さんのアンソニーさんも、何かとエリオットに酷い事を言うの!」


 成程ね。これで合点がいった。

 エリオットの評価は、少なくとも婚約が決まった段階ではフィッツジェラルド伯から正当に評価されていた。そしてストレンジ教授からも。犯人は一人で決まりだが、はてさて動機は如何に?そこらへんは私の仕事ではないから、いずれは仕事すべき方に丸投げをしよう。


「だから私、少しでも時間を作れたらエリオットに会いに行き続けたの。誰もエリオットを守らないなら、私が!エリオットのお母さんの、マイナさんの代わりにエリオットを守るって!」


 そしてこれも合点。

 エリオットへの厳しい態度の裏側には、誰よりもエリオットを守りたいという一種の女性としての、母性の発露している。ただし、し過ぎて一方通行になっているが。


「そんな時だったの。あの日は、とても晴れやかな日だったのに、周りの人達は、口々に沼地の意地悪なカエルみたいにエリオットの悪口ばかり、だから堪らなくなってエリオットを外へ連れ出したの」


 すると、どうやら運悪く穏やかな昼下がりは、早々に打ち壊される。

 追いかけてきた者達ではなく、待ち構える様にいた野犬。

 獰猛そうな巨躯の野犬。とても8歳の子供と7歳の小柄な子供では太刀打ちのしようのない相手。マティルダはエリオットを守ろうとしたが…。


「エリオットは私を守る為に野犬に立ち向かったの!震えながらでも、持ち出していた…とても分厚い本を振り回して!そうしたら野犬は驚いてどこかへ逃げて行ったわ。それで分かったの、エリオットは決して臆病者でも腰抜けでもない、大きな困難を前にしても立ち向かえる勇気をちゃんと持っているって!それに気付いたら……」

「惚れちまった、という訳か」

「だって!まるで!」

「白馬に乗りし王子様?それとも姫を守る騎士かい?」

「もうっ!?カーラはすぐそうやって!!」


 成程、成程、なーる程。それを切っ掛けにマティルダはエリオットに心底から惚れ込んだ。分かれば大して頭を悩ませる事でもなければ、難題でもない、ごく当たり前の経緯だ。

 私にも覚えはある、反吐の出る思い出だが。


 こうして予定通りにお茶の場で、エリオットとマティルダの馴れ初め話を聞き出したが、つい衝動に負けてしまってマティルダの機嫌を少しばかり損ねてしまったものの、概ね良い感じの手応えで終わった。

 ただお詫びとして、今度のお茶請けはイーストウッド卿から頂いた高級なヘルヴェティアチョコレートを…遺憾ながら給する事になった。

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