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六章【彼氏彼女と狂言廻し<Ⅶ>】

 それぞれの日程に戻る後姿を見送れば、残された私は一度私室へ足を運んだ。

 斜陽にはまだ早い太陽の位置でも、カーテンを閉め切ればとても薄暗く。広々とした室内が、隙間から差し込む木漏れ日を厭う物陰を生み出す。そんな今回の合宿の為に用立てられた私室。

 そこへさっと一歩進み出でて、扉を閉める。すると…。


「合宿が始まってよりずっと、こちらの目を掻い潜ってまで外部へ連絡を取っているみたいですね。複数個所に設置している電話機が仇になった、と捉えるべきでしょうか?」


 まるでスパイ小説の諜報員の様に、ヌッと物陰から…、という一文を携えてミス・ソラーズは姿を現した。別の言い方なら締めた扉の後ろにという、夏場の怪談噺の様に、でもあるが。

 一応、気配は察していたので辛うじて悲鳴は上げなかった、が心臓に良いかと尋ねられれば否!と即答しよう。


「やあミス・ソラーズ。慣れ切った私ならまだしも、察しの悪い人にはやるなよ?心臓が口から飛び出してさようならを言ってしまうぜ?」

「そこはこんちわ、本日もお日柄も良くでは?」

「心臓が飛び出した時点で死んでる」

「そんな物理的な……」


 このやりとり、実は彼女に指示を下す立場になってから毎度の展開、という頻度で行っている。どうやらミス・ソラーズはスパイ小説が、本棚にひしめき合う程に大好きらしい。ボケをやれば、ツッコミを入れる空気をよく読む私なら、やっても平気だろうとやってくるのだ。

 おかげで動じない平常心を常に携帯する羽目になっている。

 

「電話機の件だが、そのおけげで短絡的な強硬策に打って出ていないのだから、下手に追い回すのは愚策だ。滑稽にも間抜けなのか、尻尾を出したままで歩き回っているんだ。放置しておけば良い、ただし尻尾は何時でも握れるように構えただが」


 なので動じずに最初に投げかけられ、放置しっぱなしになっている言葉への返答と、今後はどうすべきか?その指示を出した。

 しかし、他人様の家の電話を家主か使用人へ一言もいう事も無く、深夜の台所へ盗み入って飲み食いするように使う。ますますその経歴の疑わしさに拍車が掛かってきている。

 とても歴史と伝統に彩られる伯爵家の、その家の副執事を務める男には不相応な品性。

 日々の言動の如何にもな三下感。下町のゴロツキならもう少し風格を伴うが、クレヴァリー氏の風格は、着ている衣服の上等さで辛うじて保っている程度だ。


「それで後はどうしますか?」

「後は?ああ、使用人の口についてか…放置でかまわないよ」

「聞くに堪えぬので、一人として残さず縫ってしまいたいのですが……」

「気持ちは分かるさ、だが今はそれよりも二人の日程について変更を、私の意向を添えて作り直してほしいんだ。ただし癪に触ってもクレヴァリー氏の要求もある程度は込み込んで、それをミス・ソラーズに一任するよ」

「クレヴァリーの要求…どのような事だとお考えで?」

「難解さはない。彼の当初からの方針として、二人で共に過ごす時間を減らせと言ってくるだろうね。後は…こちらがあちらの使用人の品行に口出しをし過ぎるな、とも」

「……………かしこました」


 不服、という雰囲気を隠さずミス・ソラーズは私の指示を承諾する。

 まあ、無理もない。

 この五日間の、フィッツジェラルド家の使用人達の下品さ加減は、見るに堪えず聞くに堪えず、存在を許せぬの度合いはゴキブリと対等ともいえる酷さ。ミスター・ブリストルの報告は、もっとも近くで聞く羽目となっているミス・ソラーズが一番感じている事だ。

 それを私はそのままにしろ、といったのだ。内心では私をどう思っているか?与えられた立場が無ければ、早々に反旗を高らかに翻しているだろうね。


「それにしても…これはフィッツジェラルド伯が関わっている事、と結論付けてしまう状態です。ご子息の身の回りを、あの程度で満足しているのですか」

「フフッ、ちょっぴり違うぜミス・ソラーズ。これはフィッツジェラルド伯の与り知らぬ思惑…いや計画だ」

「関わっていない?ありえません、自らのご子息があれだけ優秀なのに不満を抱き、耳障りに囀る者達を野放しにしている。意思が介在しなければありえない事です」


 どうやらミス・ソラーズはおおいに勘違いをしているらしい。

 もしもフィッツジェラルド伯が自らの意思でエリオットを陥れる腹積もりなら、こんな周りくど過ぎる計画など組み立てもしないし実行にも移しはしない。

 醜聞を自ら広める悪趣味があれば、という前提を立てればありえるが、ブラッドレイ卿と仲良しとなればありえない。仮にありえたとしたら、真っ先に縊って潰されている。

 結論は簡単だ。


「フィッツジェラルド伯はエリオットを知らない。もはや見知らぬ他人同然だ」

「知らない…実の息子なのですよ?」

「ああ、具体的に言えば…マティルダを婚約者としてからのエリオットを知らないだ。だからこそ、この合宿でありクレヴァリー氏がブラッドレイ卿の名前には耐えれて、二言目で芋を引いた理由だ」

「芋を…引く?」

「おっっと失礼、尻尾をまいて逃げた」


 うっかり日本人くらいしか分からない例えを口にしてしまった。


「つまり、フィッツジェラルド伯は現在のエリオットが如何なる者なのか?それ等の一切を知ろうともせず、風聞のみで家の恥だと断じているんだ。海軍軍人は多忙だからね、日頃から家を信認する誰かに任せるしかない。当然、そこを通してからでしか普段のエリオットを知る事が出来ない」


 唯一、エリオットを知る機会である僅かな余暇を利用した親子の語らいも、その吹き込まれた醜聞を前提にすれば、ただの罵りの場に終始する。


「だから見知らぬ…ではクレヴァリーの電話相手は?」

「ああ、ここまでを画策した犯人とだ。結論は…今は確証に乏しいが一択だ。それとエリオットを見知らぬのは、マティルダの父親も同じだろうね」


 だからこそマティルダがエリオットを庇う理由に父親は理解し難い、しようがない。むしろ実の娘のバカさ加減を勝手に決めて呆れ、執着する姿に失望する。

 その前提なら二人のそれぞれの追い詰められようにも理解が出来る。マティルダは…これから本人に確認するが、エリオットは即言出来る。味方の一人もいない四面楚歌だ。

 唯一の味方だった筈のマティルダがあの一本調子なのだから。

 つまりゲームでは私という緩急材を挟む事無く日々を送り、早々で破滅へと突き進んだ。

 ならば私は二人の間にこのまま挟まって橋渡しを?いや、そんなのは典型的な破滅の先延ばし。仮に合宿を無事に終えたとしても、後々で全てがご破算。二人の仲を死が分かつまでに運んでも、祝福をする者がいなければ凄惨だ。

 ロミオとジュリエット、なんて事になりかねない。


「ならどうして二人の時間を割くのです?共にいる時間を我々が死守すべきです」

「おやおや、ミス・ソラーズはミルクチョコレートよりもお甘いようだ。じゃあ逆に聞くが、私達がいなくなった後は誰が二人を守るんだい?」

「っ!?それは……」

 

 あくまでも、二人が乗り越えなければ無意味だ。

 私達が手取り足取り、上げ膳据え膳、至れり尽くせり、甲斐甲斐しく世話を焼けば乗り越えられるだろうね。私達だけのおかげで、自分達の力を使う事無く。

 それが二人の糧になるのか?

 なりはしない。次に同じ状況下に陥れば、あっさりと破局を迎えるのは、多くの人間が歩んで実証している。


「出来るのは橋を渡し繋ぎとめるだけ、後は二人がお互いにぶつかり合い、傷つけ合い、そして乗り越える。そこで初めて自らの経験として糧になり、地力となる。ミス・ソラーズ、自己の良心を満足させる為の善意は、偽善よりも悪質だ」

「…ですが、エリオット様はもう持ちません。限界はとうに超えています、昨日も今日も口汚く囁かれ続け、きっと明日も……」

「そっちの心配はもう終わる。ようやく答えが出た。計画は最初からクレヴァリー氏やその他の使用人が手を下すんじゃない。マティルダにエリオットを潰させるつもりだ」


 その一言にミス・ソラーズは目を見開くと、すぐにこれまでのマティルダの一本調子と、わざわざこんなエァルランドで隔離された状況化を作ったのか?を理解し、今日一番の苦虫を噛み潰した表情となり、最後は怒りの表情へと至る。

 と同時に私へもその怒りは向けられている。

 当然だけどね。


「そう怒るなよ。どうせ通らないといけない避けられぬ道なんだ。あと別に私は二人の仲を応援しないとは言っていない。他人様の恋路を邪魔する無粋なお邪魔虫を、蹴って殺す馬になろうと言っているんだ。害虫駆除は業者に任せるもんだろう?」


 何より、策は綿密に組み立てれば組み立てる程に、さらりと瓦解するのが世の常だ。

 だってさ、大前提が不可能から組み立ているんだから穴だらけだぜ?より取り見取りの穴、だらけだぜ?

 私が私室に戻ったのも、その穴を大穴に掘り広げる為なのだから!フフン、方々(かたがた)に脅しをかけて脇役として奔走してもらおう、登場人物が一気に増えすぎて面白おかしくなるぞ。バカがバカな面を顔に張り付けたまま日常を送っている内に、そろりそろりと下準備に奔走だ。

 ただ悠長には構えていられないが。

 取り合えず、近くで訝し気なミス・ソラーズに段取りを説明しておこう。

 ああして、こうして、こうするって!


「…………………………………………たぶん、後数分は顔が引きつったままになる程の趣味悪!」

「良い趣味を持った覚えはないよ」

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