六章【彼氏彼女と狂言廻し<Ⅴ>】
フフン、さてさて、ここで紅茶の淹れ方とは?という些細な小話を挟もう。
お手軽にしてあちらの現代人の必需品たるティーバックは、残念にも今は発明される以前だ。なので王道たる茶葉から淹れる話であるが、最良の時間の一歩目はお買い求めの片手間に店員とのお喋りをして訪ねるから始める。
現代人の思う常識というのは、多くの時間の研鑽と洗練によってなされたモノだ。
湯量から抽出時間までを箱なり缶になりラベルなりに書くには、さらなる時間の流れを要し、その間に起こる諸々を過ぎ去りし頃。なので今はお買い求めの折に尋ねるの一択。
私が普段飲むことの多い茶葉はティースプーンが一杯に対して湯量を5オンス、抽出は三分前後を目安として、その時々で時間をずらして濃さを調整する。私は濃い目を好むので三分と一分の半分、この半分の加減が美味しさの肝なのだが……三分と一分の半分の時間で私は出迎える為に階下へと降りた。
「「……」」
その間にどういう触れ合いの果てに気まずい空気を醸し出せるのか?という疑問を思わず私は、心の中で抱いた。
先程まで口論でもしていたのか、ウサギの瞳のように顔の紅潮が抜けぬマティルダと、顔を隣から逸らして死んだ魚の瞳もまだまだ生き生きしていると思える、実に濁って沈んだ瞳のエリオット。
フフッ、出だした一歩目から無理難題で、実に楽しませてくれる。
「やあやあよくいらしたお客人。私が今回の接待役を騎士爵・アーサー・ブラッドレイより仰せつかった者。初にお目にかかる、カーラ・ケッペルだ」
なので何時もの調子で私は名乗りを上げる。
すると大わらわに顔の表情を整えて、エリオットとマティルダの二人は声の方へ視線を送り、そこにいるのは自分達と年の変わらぬ私だと気づき目をギョッとさせる。
まあ、顔中傷だらけの、身形も今時の乙女にしては実に流行の最先端を突き進み、将来で在りし日の頃を思い出しては『ああぁ……』と頭を抱える黒歴史真っ最中な格好というのも目をギョッとさせた理由でもある。
この私が、この私が!色合いと飾りつけにて、清純さを前面に出したるハイウェストのスカートと、純白のブラウスを身に纏う時点で……痛い人だ。
「遠路、遥々、飛行船の旅でお疲れと思うが最初の社交辞令でも?そちらのお名前をお聞きしても?」
されでもやるべき仕事はやっておくのが私の主義だ。
まずはエリオットへ言葉を投げかける。
「あ、ええと…エリオット・ダリル・フィッツジェラルドです」
それをしっかりと…いうにはおどおどと借りてきた子犬の様な……いや子犬だ。
私の胸あたりか?それともそれよりも下か?隣に立つマティルダと左程も変わらぬ背丈。
何だろうね、飴ちゃんいる?と尋ねたくなるおどおどっぷりだ。
だが勇気を振り絞って握手の為に手を伸ばしたのなら、それに答えるのが礼節。
私はその手を…。
「失礼、エリオット様と握手をされるならその手袋を取り外すのが先決。無礼ですよ?」
クレヴァリー氏は空気を読まずに、私が手にはめる物に角を立てる。
別に革手袋でもなし、白い綿の手袋が気に入らないのか?この顔を見たなら、乙女らしい恥じらいから手にはめていると勝手に察するのが紳士だろうに。まあ、私は別段恥らぬ事などないが、ここはあざとく行くのも悪くはない。
「おおっ!これは失礼をした。どうにもこれがこれな物でね」
手袋から顕わになる生身ではない手を、とても良く見えやすい様に一同へ。
どういう反応が返ってくるか?個人的に彼と彼女の為人を知る為の手袋を外さないという悪戯だったりする。
さて、どういう反応が返ってくるか…おや?エリオットの瞳に輝きが?
「……凄い、手指の厚みは間違いなく上から被せていないし、表面の光沢の具合は塗って絵で騙しているモノでもない。自由共和国で実用化された機械義肢とは明確に主体となる技術の体系が違う!触った感触は…銀?だけど色合いは鋼の様だから…合金?それに何か特殊な加工が表面に程しているから…つまり滑り止め、指紋の役割か!駆動に必要な動力は蒸気機関の機械義肢とは明確に違うけど、油圧でもないなら…つまり人工の筋肉までも実用化!?凄い!!電気信号だけで本物の筋肉と同じ伸縮が出来るなんて!どういった技術を使えば?いやそれ以前の材質から全てが未知ばかりだしそもそも摩耗に関する問題はどうするんだろう?何より全体的に大型の重機を人型に当てはめた機械義肢とは違った工芸品の様な出来栄えは…もしかして昆虫を参考にしているのかな?それなら……」
…宿ったと思ったら突然私の手を掴んで興奮し過ぎた口調で、止めてくれと願いたくなる機関銃トークを始めた!?
「そういえば下り来る時の足音は普通と細やかに違っていたから…え?嘘!?じゃあ両足も義足?だけどあれだけ滑らかに動くなんて歩くなら手とは全く違う難問だらけなのに?機械義肢は足の大きさを巨大にして、無理やり平行に立った上で歩けるようにした不格好なのに、普通に靴を履いているという事は…見てもいい?」
「もう!言い分けないでしょっ!?女の子の手をそんなに掴んで触り倒すだけでも失礼なのに、足を見せて触らせてなんて、破廉恥よ!」
「ごめんっ!?」
「私じゃなくて、ええと…カーラさんに!」
困惑しどうしの私に代わってマティルダが、興奮した流れで足に向かおうとするエリオットを後ろから抑えて、私から距離を取った。
で分かった。
たぶんだがこの二人は性格の相性がすこぶる最適解。
興奮すると暴走気味に話し行動を起こす、オタク気質…アニメ等のサブカルチャーを愛する方ではなく、技術畑のオタクだが、エリオットという少年は彼が度々口にしていた自由共和国で後に言われるであろう技術オタクだ。
マティルダは突っ走りだすエリオットの手綱を握る、年上のしっかり者のお姉さんという事だろうね。
「だけど凄いよあの義手や義足。機械義肢が辛うじて実用化したって言い張る程度なのにあれは10年…いいや30年は先を行っているんだ!」
「もうっ!それを言い訳にしても、男同士でする要領で女の子の手を撫でまわすのはご法度!相手が良いと言ったからといっても、男の子と女の子では良いと悪いの違いがあるの。人によりけりだけど、お家同士の争いにまで発展してしまうわ」
「ううぅ……」
「もう…次からは気を付けてね?何時でも私が止めに入れる訳じゃないんだから……」
怒られる様は飼い主の静止を無視するのが日常なやんちゃな子犬と、叱りつけつつもしょんぼりして瞳を潤ませる姿に、最終的には許してしまう飼い主と…一瞬だったが、エリオットに耳と尻尾が生えている姿を幻視をしてしまった。
そしてやはりどうやら二人の本来の仲は、類稀なる仲睦まじさの筈。
今のやり取りがあるべき形の姿であり、やはりとドヤ顔を作って言うのなら二人の仲を妨げて、すれ違いを演出するお邪魔な虫がいる。と、今この場ではっきりと確信を得れた。
「とにかく、改めて!初めまして、今日からお世話になるエリオット・ダリル・フィッツジェラルドの婚約者でマティルダ・ストレンジです!」
「えと…その、失礼をしました。僕がマティルダの婚約者でエリオット・ダリル・フィッツジェラルドです」
「フフッ、気にしてないさ。そして接待役を務めるカーラ・ケッペルだ。ブラッドレイ家の養子候補で、今いずれは一時的に名乗るかもしれない乙女さ」
気をとりなした二人と私は握手を交わす。
先程の階下へと降りた直後の表情は今だけは消えているみたいだが、この後はどうなるか?まあそれに関しては二人の仲を知り得る事でうまい具合の橋渡しに興じればいい、なので親睦を深める場を提案しよう。
時間的にそういう時間でもあるしね。
「長旅で疲れただろう?明日からに備えて、親睦会も含めてお茶でもいかがな?今日は良い塩梅のフェアリーケーキを用意しているんだ。エリオットとマティルダの事も知りたいし、そちらにも私を知って欲しい…如何かな?」
飛行船での旅路は極めて食で苦悩するのが常、何度も経験した私が言うのだから間違いない。ハムもコンビーフも存在しない、バタートーストに胡椒を振りかけて挟んだあれが、まだマシな料理なのだから。
であるからしておやつ時を迎えるこの場で、接待を任せられた私が舌鼓の打てるもてなしをするのが作法。
ああそれと、聞きなれぬ名を口にしたが名前の通り妖精の様に小さなカップケーキだ。そこにさらにダメ押しとばかりに違う世界の、食に関して世界からドン引きされるくらいの食いしん坊民族の知識も取り入れている。
可愛らしく、華やかに、そして優美でもある…一般人あら主にコンビニとかで見かけるあの飾りつけ、を施した小さなカップケーキ。
私のおもてなしに死角はないぜ?
「お待ちください、そのような話は事前に伝え聞いていませんが?」
ほころぶ頬を見せた二人と見守る私の間に、お見事に空気を読まぬ横槍を入れたのは語るまでもないがクレヴァリー氏であった。
「何だい?別に問題はないだろう。長旅の疲れを癒すもてなしなら、事前に伝え知らすよりもその場で、が一番心躍ると思うが?」
「いいえ、この後すぐに始める予定となっています。期間は短い、だからこそほんの僅かな時間の浪費も計画的にする必要がある。貴女ならその出自で理解は難しいでしょうが、本来女性の身に着ける教養は非常に多い。当方はそう申し上げたいのです」
疲れているであろう、いや顔に出さぬ様に務めているだけで疲れ果てている少年少女に積極性をもって鞭を打つ。と同時に平然と私の出自を、二人は気を使って問わなかったというのにこの男は執拗に指摘する。
空気も明るめの子供同士の軽やかさを失って、重々しくどんよりとしたロンディニオンの空模様となっている。
こういう大人は本当に反吐が出る。
「そうかい、まあそういう予定を組んで段取りとしているのを、私は今この場のここにて知ったからね。なら夕食前か夕食後の楽しみとする…フフン、それでどうだろうか?」
「…良いでしょう」
そっちも伝えていない、と不備をきっちり指摘して釘を深々と突き刺してから妥協案を提示すると、そこまでされたのなら空気が読めたらしく、すんなりとクレヴァリー氏は承諾する。
こうして初日は重苦しい空気を充満させたまま始まった。




