六章【彼氏彼女と狂言廻し<Ⅳ>】
さて、カーラは意気揚々と準備を万端すべく保険にまで入る周到の良さを垣間見せる中でも、物事においては気を利かせて予定外で突発的な事柄が起こったり起こっていたりするもので、今は起こっていたり。
そうとは思わぬカーラは準備を進め、時間は淡々と歩みを止める事無く進み続け、既に7月も終わり8月が始まる頃。工房のマナーハウスへ向かう馬車の車中であっても、少年の心は今でも夢でした!という展開を期待していた。
少年の名前は言うまでも無くエリオット・ダリル・フィッツジェラルド。
瞳は死んだ魚のように輝きは無く淀み、表情の暗さと大人しい顔立ちが根暗さを醸し出し、窓辺から外を見やる姿は処刑台へと歩む囚人。
元来の顔立ちがコーギーの様に可愛らしい事が何よりも、彼の一番最初に感じる印象を悪くしていた。
向かい合う席に座る婚約者たるマティルダ・ストレンジとの初めての、目と鼻の先というにはほんのちょっぴり海を挟んでいる程度だが、それでも初めての合宿という形であっても海外旅行の場ではあまりにも不釣り合いだった。
「エァルランドって初めて土を踏んだけど、思っていたよりも田舎っぽくないのね。よく聞く大昔のご先祖様が作った、遺跡とか史跡がいっぱい残っているって兄さんが言っていたから、もっと原生林が生い茂っているって、期待してたわ」
「…うん」
溌溂とした額の広い、伸ばした栗色の髪を三つ編みにした、さも規律や規則に煩そうな眼鏡をかけていない委員長の様な少女、マティルダ・ストレンジは生まれて初めてのエァルランドに心が自然と踊り、何かとつけてはエリオットに話しかける。
ただエリオットは何を言われても、どう投げかけられても「うん」か「ああ」と定型句しか口にしていなかった。
「もうエリオット!貴方は見慣れているかもしれないけど、私は今日が初めてなの!」
「……うん」
味気ない返答に声を荒げてしまうマティルダに、エリオットは何かを言いたそうな苛立ちを誘う間を置いてから「うん」という受け答える言葉を口にして、まさに火に油を直に浴びせかける。なので…。
「もう!何か言いたい事があるのなら、はっきり言って!男らしく!」
「…無いよ」
目を合わせて言っていたのならば少し位は、マティルダの溜飲が下がっていたのだが、「どうせ何を言っても」という諦めの心境から、横目の窓ガラスに向かって言ってしまい今度は燃え盛る火に、火薬を放り投げる結果となり…。
「男の子!なんでしょ!!目を見て言う!」
とお説教を始める。
最近の二人がするやり取りはエリオットがマティルダを苛立たせる、はっきりと自分の意思を言葉にしない。何も言葉を交わさぬ内に一方的に諦め打ち切る。という対応から、マティルダのお説教ばかり。
根が生真面目過ぎる、融通の利き辛い優等生気質のマティルダだけに注意するべき事は注意しないといけないという、悪癖が前面に出てばかりで。
結果として気の弱いエリオットはさらなる沈黙を、嵐が過ぎ去るのを小屋の中で忍耐強く待つ心境となり、お互いに擦れ違い続けていた。
以前はもっとお互いに触れ合う時間を心待ちにしていた二人だったというのに。
されどもすれ違う二人を乗せた馬車は迂遠なく走り続け、ホワイト・シティ近郊にある件のマナーハウス、カーラが命名した「工房のマナーハウス」へと到着する。
「おっきい」
と馬車から降り立った中流階級の真ん中よりも下辺りのマティルダは、眼前の大層立派なマナーハウスに感嘆の声を漏らし。
「まあまあの大きさだね」
逆に生粋の貴族だけでなく由緒正しき、祖父も曽祖父もそのまた祖父もご先祖様も代々が海軍の軍人か、それに関わり合う者達で彩られるアルヴィオンの大貴族の一人であるエリオットは、自身の基準からそれなりという判断を下す。
実際にエリオットも住まうフィッツジェラルド家の屋敷は、屋敷というよりも宮殿であり、その他の所有する屋敷の悉くが眼前のマナーハウスがそれなりと思える規模ばかり。
そうと知っているマティルダだったが平然「まあまあ」と口に出来るエリオットは、やはりジェントリにも足の届かぬストレンジ家と明確に住む世界が本来は違うのだと痛感していた。
ただその事に気後れをするような淑やかさを持たぬマティルダは、平然とした振る舞いを崩さなかった。
♦♦♦♦
窓辺のカーテンの隙間から覗き込むと、玄関近くに止まる馬車が3台。
一台は主賓を乗せた馬車であり、残るは合宿に必要な諸々を乗せた荷馬車だ。
使用人に関しては数日前からこのマナーハウスへ派遣され、主役を迎え入れる準備をミス・ソラーズが監視する中で進めていた…が、正直に言うならばあれが伯爵家の使用人?という惨状だった。
無駄口の多さは目を瞑れても仕事への手抜きは、ミス・ソラーズの目が黒い内には許す筈も無く、彼女の叱責に急かされながら全ての段取りを終えたのが今朝方。それも私まで総動員しての今朝方だ。
そのあわただしさもそのままに主賓が迎え入れるという体たらく。鼻で笑う気も失せる実情だが、それ以上に気になるのは二人の表情である。
エリオットは…喪に服しているのか?という程に淀み切った表情で、マティルダは反対に先程までは怒りを顕わにしていたという、興奮冷めやらぬ顔色。
噂通りの擦れ違い様だが、その経緯に関して伯爵からの一次報告が気がかりを極め、ゲームで知っていた各ルートの攻略情報、それに付属する人間同士の関係性が、そのまま当てはめるには危うく。そもそもエリオットが、周囲から蔑視されるまでの経緯にゲームと違う大々的な齟齬がありそうな予感。
「フフッ、物事を解き明かすのには時系列に並べたい所だが情報はまだまだほんのちょっぴり」
伯爵からの一次報告からエリオットとマティルダの婚約時期が、ゲームで語られていなかったものの、物語開始時点の関係性からエリオットの母が生きていた時に結ばれてたものと予想を立てていた。
だが実際は死後、ゲームで語られている事を踏まえればエリオットへの風当たりが強くなっていた筈の時期。
あとゲームとの差異、というよりもここが現実の世界である所作たる母の死後、多忙なるフィッツジェラルド伯爵に代わって家を仕切る以前から同居する出戻されの伯母。副執事のクレヴァリー氏という存在。ここら辺に解き明かす取っ掛かりがありそうだ。
それと判明した名前の語れていなかった父と亡き母、二人の兄の名前。
父はスティーブン・アダム・フィッツジェラルド。
亡き母はマイナ・フィッツジェラルド。
そして二つ年を上とする長男アンソニー・カーチス・フィッツジェラルド。双子ではないが同年の、フィッツジェラルド伯爵の亡き弟夫婦の息子であり、血縁上では従兄な義兄のジェイコブ・クリフトン・フィッツジェラルド。
マティルダの家族構成については、何故か調査の優先する順位の関係で後回し。二次報告か、もしくはその後の後日談なので今は語れない。
以上が一次報告で判明したゲームとの差異。
「しかしだ。婚約の決まった時期のズレは一番由々しき齟齬だ。マティルダが行き遅れの余り者なら、体よく処理が出来るという女ならまだしも、そうでない以上はエリオットの評価が下がっている筈の時期での縁談…まったくまたまたの出たとこ勝負という訳か」
二人に接触し話を聞きだして、悪いかみ合わせを調整して推理をした上で、伯爵の報告で決定付ける。それから噛み合わせを悪くするお邪魔虫を処理する。まさに臨機応変に出たところで勝負という訳だが、その方が私らしくもある。
十全に備えて待ち構えるのが最も理想とする初手だが、万事層出来る訳でないし万事そう出来ない訳でもある。なら伯爵からの本命たる二次報告を待ちつつも二人の仲を取り持つ。
それにもしももしもだが、二人の間に亀裂が生じる事無く逆に深まってしまえば、カムラン校へ入学した直後からキャスリンが目指すハーレムルートはとん挫する。
実に愉快な開幕と言えて、私の考える痛快な復讐劇の序幕を締めくくるには幸先の良い事。その余剰をキャスリン以外の高いびきをあげ、復讐される未来など夢にも思っていないクソ共へ振り向ける事も出来る。
「獲らぬ内から皮算用にしゃれ込むとは…フフッ、私も相当に浮足立って浮かれているという事か?」
そう思いつつ、私は賓客を迎える為に階下へと足を運ぶ。




