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幕間【遥か後への禍根】

 會栄興(ツェン・ロンシン)が馬車へと逃げ乗り込むまでそれを我慢出来たのは大人としての矜持からだったのだろう。だとしてもやはり心胆が凍え切った彼の防波堤が決壊するのは、怒らせた相手が悪かったと同情する余地のない因果応報なのでもあった。

 全身を這い走るゴキブリの様な恥辱に、髪を掻き毟りその醜い面構えに相応しい耳障りな奇声を持って憤慨の感情を表現しないのは彼が、世界の枢軸を担う大帝国が一つに居を構える清幇の支部を信任される大幹部としての矜持からだった。

 しかし……。


「このにお――――」

「喧しいよ!お前それでも構成員ならな!気を遣えないから死ぬんだよ!」


 鼻に障る臭気を股間から放出する事に気が付いた同乗する部下の一人の口が滑った事を許容する程の器を、彼の自尊心は持ち合わせていなかった。

 風を切り裂く音さえも響かせずに、會は虚空から物質を取り出す手品のように暗器を、匕首を手に握りしめて対面の部下の喉首を切断した。


「……?」


 何が起こったのか理解するにはあまりにも突然過ぎる一閃だったので、同乗する部下は血と共に漏れ出る空気に戸惑い、咄嗟に喉を抑えるも間を置かずに絶命し、部下だったモノへと変じ見下ろす會は動揺して肩で惨めに息をした。。

 その光景にもう一人の同乗者は呆れつつも會へと忠告をした。


「ボス、常夜界(ここ)での殺人はナイトロードの逆鱗に触れますよ?」

(ヂャオ)!こいつはわたしィの部下で生殺の!与奪の権利はわたしィにあるんだよ!それにこの馬車の中は清幇の土地だ、常夜界(ナイトワールド)の法に指先も触れていない」


 その言い分で納得をするような相手だったのならばどれだけ楽だろうか、と會の部下にして組織のナンバー3である趙奇葆ヂャオ・チィパオは辛うじて、内心で呆れ溜息をつくに留めた。

 自己を三千世界の中心として完結する価値観を万民共通認識とする華爛人の言い分とすれば、間違ってはいないが君主の上にすら憲法を冠する近代国家の文明人の、その中でも随一称すべきナイトロードに通じる訳はなく。

 それを理解する趙は彼女に気取られぬ事を祈りながら、眼前の會が早い事癇癪を沈めてくれるよう怨嗟も念を送る。


「クソ!クソ!クソ!あの雌餓鬼!カーラ!!許さん、絶対に許さん。この屈辱はあの雌餓鬼への応報によって晴らしてやる!」

「…カーラ?何も…――もしやそのカーラ?とはナイトロードの…」

「ああ、ナイトロードの雌だ」

「止めてください、思っただけでも下手な事です。手を出せば…死すら救済となる報復が待ってます、前任者のように」

「分かってんだよんな事は!そうならない様に応報してやるってわたしィは言ってんだ!」


 華爛人の悪しき伝統とも言えた面子への異常な執着。恨みの絶えない相手に良い気分で茶化していれば、したり顔で自らの顔に衆目の集まる中、愉悦をもって汚泥を懇切丁寧に塗りたくって面子を丸々潰したカーラへの憎悪。

 恥辱への逆恨みに燃える會は、淡々と勝てぬ相手とは戦わないという清幇の方針へ反逆を決意した。


「おい、ニューゲートの連中へ答えが出たと言ってこい!」

「ボス!本国へ伺いも無く…」

老子(ラオズー)がわたしィに彼奴等との関わり合いを仕立てなのだから、方針に切り替えるのが(チヨウ)老子のご意向に沿う事だ。伺い奉るのは本国ではないし、バカな前任者の派閥など当てにする気か?」

「……いえ。常夜界(ナイトワールド)を出た然るべき後に使いを出します」


 何事にも物事は蝶の羽ばたきが遠い地で竜巻を引き起こす様に、その時の行動が遥か後に煙も無かった場所から煙が立つように突拍子も無く関わって来る事がある。

 これもまたそれであり、カーラ自身の気づかぬ内に踏みつけた事が後々の禍根へと転じ始めていた。

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