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五章【踏み潰すようなはやさで<Ⅺ>】

「いや~はははっ、どうして誰も一歩前へ踏み出せないのかな?」


 一歩踏み出したのは、前の方ではなく後ろ側から、つまりレンスター公だった。

 無表情に微笑みを讃えながら軽やかな足運びで講師達に近づき、清閑ながら仄かに低く鋭い声でレンスター公はそう質問を投げかけると、発破をかけられたと思い違った講師の1人が場違いに前へと踏み出した。


「次は自分の番で…―――」

「震える足で勇んでは何も解決はしないぞ?何事にも覚悟が必要だ、今は命を奪い奪われる覚悟だ。彼女は容赦なく君の首を斬り落とす。断言しよう、必ず斬り落とす」


 フフッ、本日会って僅かばかりのお相手であるレンスター公は、意外にも私の本音を理解していた。ああぁそうとも、私は殺す覚悟を胸に秘めているが逆説的に殺される覚悟も秘めている。

 生と死との境にて繰り広げる決闘を楽しむには覚悟が必要だ。それは料理には欠かせぬ塩と同じ必須調味料でもあるのだから。


「彼が倒されたのなら次を求める相手に一番に声を上げられない。その時点で君達の処遇は決したのだ。ここには不相応、しからばここを去りなさい。大丈夫、穏便な処遇で終わらせるから」

「レンスター公!?いくら貴方でもそのも言いは、白昼夢を見ているとしてもただではすみませんよ!!」


 生まれたての小鹿(バンビ)も顔負けな震えようで、後ろから勇ましく声を上げたリーダー格の…覚える価値の見出せぬ相手だからこのままリーダー格で良いだろう。そのリーダー格は自分の後ろ盾の威を借りてレンスター公に噛みついた。

 ただしチワワでも、もう僅かに震えは穏やかだぜ?と鼻で笑ってしまう内股での震える足。正直、言葉の剣幕に対しての急勾配に爆笑を醸し出す有様だが、本人の勇気を振り絞った表情で幸いにも喉元で堪える事は出来た。

 そんなリーダー格にニコヤカな微笑みを讃えたまま、ササっと振り向いて近づいたレンスター公は、そっとリーダー格の肩に手を置いた。


「いや~はははっ、そういえばそうだったねナッシュ君。もう話し合いは終わり、落としどころについては用意が出来ているんだって事を今から告げるんだった。君達が懇意にしている議員だが…明日、逮捕される事に決まった」

「……」


 絶句、という言葉の似合う様相を呈するリーダー格。

 そして成程ね、道理で日程がこの日までずれ込んだ訳だ。つまりレンスター公は後から話を付ける予定だった方々に予め根を回して下準備をしていた。その為の準備期間を挟んだので今日この頃になったいう訳だ。

 素敵紳士を所望したら素敵ときめき紳士が登場したという展開か。いいね!悪くないし、この紋所とかいうのも嫌いじゃない。勧善懲悪には思う面もあるが、好む趣向ではあるしね。

 

「以前からずっと子供を売りにして小狡く稼ぐ者達を、晩秋の麦踏みのように一つ一つ、丁寧に丁寧に、踏み潰すような速さで根を絶やしていたが…ここは盲点だった」


 静やかな、されどブラッドレイ夫人にも負けぬ劣らぬ凄みのある声を乗せた語りは、容易く肝の据わらない相手を恐怖の断崖絶壁へと追いやる。遠目から観覧する私でさえ、思わず背筋を冷たい感覚が走り抜けてゾッとしてしまった。

 口にした内容は相手を脅迫するような黒々しさのない当り障りのない内容であってもだ。


「最後の頼みの購入者達だが軒並み蜥蜴の尻尾切りを決め込んでね。率先して君達を私に差し出し生殺与奪の是非をこの手の平で握っている。今なら無能を晒して追い出されたと言い逃れるように取り計らうが、どうする?」

「…新聞社に、走り込めば…共倒れに持ち込めると思いは?」


 自棄で行動を起こすぞ?と抵抗を試みるリーダー格だったが、こちら側から見えぬも間違いなくレンスター公から微笑みが消えうせたのは理解できた。フフッ、これぞまさに逆鱗の上でフォークダンス。

 肩に添えられていただけの手に明確な力の篭った所作が見て取られた。


「いや~はははっ…まだ分かってくれないらしい。いいかい?君達が逮捕されればここも道連れだと思うのは正解だが、何も道連れはここだけではあるまい?君の家族、親族、友人の全てに購入者達は報復の手を伸ばすは疑い様無し」

「っ……!?」

「こちらは一波乱ですむが、君の知り得る全てに押し込む強盗は、どのような惨事を引き起こすかなど想像に容易い。今なら君達が年端の行かぬ少女に完敗し、その指導力の無能さを晒して追い出されたにしてやれる。次の機会のある形で終わらせたくは無いのかい?」


 ただの小狡い小遣い稼ぎ、守るべき秩序(ルール)に縛られない俺達って凄くない?とただちょっと粋がっただけなのに、という表情で絶望の色に染め上がるリーダー格。なれどその瞳には不当な扱いを受けていると、一つとして反省の色は浮かんでいない。

 ただそれでも負け際を弁えていたらしく…。


「……メイナード議員の仰る通り…自分の、自分達の実力が不足していたばかりに、多くの子供達に正しい指導を行えていなかった。カーラのおかげで目を覚ます事が出来ました…自らの…愚かさを恥じ、講師を辞職し去ります」

「ああ、良い子だ。分相応に弁えていれば、次の職はすぐに見つかる」


 と負けを認め、視線で残りの講師達に破滅したのだと知らしつつも、私へ怨嗟の眼差しを送る。

 フフン、だいぶ時間を要したがこれにて名実ともに私が選定の家を代表する筆頭となり、後ろ盾を失ったイーサンの破滅は明日にでも訪れる。少しは溜まる一方の鬱憤も晴れるというモノ。


 こうして私が選定の家の筆頭となる為の策謀に幕は下りる。

 講師達は早々に追い出されて、代わりの講師は間を置かずして赴任した。

 イーサンに関しては即日元の救貧院学校へと送り返されたが、そこで反省する事無く選定の家での悪事をやり続けて、孤児院からも追い出されその後の消息は不明という終局を迎えたが、私の関知すべき事ではないので知らされた時は「イーサンって誰だっけ?犬の名前?」と思うだけだった。

 ただまあ、この時に少しは自らの歩みで踏み台にした相手が思わぬ形でネバーしギブアップして来る事を警戒していれば、窮鼠猫を噛むという痛い目を合わずに済んだのにと、後々の私が痛感するのであった。

 それはずっと先とまでは行かず、もう少し先よりは遠い後日の事である

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