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五章【踏み潰すようなはやさで<Ⅷ>】

「やや?どうにも遅きに失してしまったと、遅参の事を詫びるべきですかな?」


 簡素な木の丸椅子側の通路からひょっこりという音を立てて現れたのは、少年期と見まがう小柄で鼠顔な、おかっぱ頭の華爛人。断言してみせたのは、簡単明瞭な伝統服だったから。時雄の記憶と照らし合わせさっぱりと言うのならチャイナ服という物を着込んでいるから。

 ああそれと、糸目なのも合わさると微妙な気持ち悪さも演出されて生理的に少し…そうそう言っておくが私は亜細亜(アジヤ)人への差別意識は持っていないぜ。前世は時雄という日本人の少年だった、ジェインは底抜けのお人好しだから差別意識は嫌っていた。

 なのでこれは純粋に、顔面の構造が醜悪だから起こる生理的な反応であると、主張させてもらおう。

 それに付け加えて、件の華爛人が現れるや和気あいあいという空気の色が、殺伐とした殺し合う者達の集いという危険な色合いに変化もした。剣呑な沈黙が馳せ参じているから、実に肝の冷える光景だ。


「いいや、まだお茶会は開いたばかりやよ。はよ~席に着いてカーラに自己紹介してな」

「カーラ?やや!そちらの奇妙に風変りな…お嬢さん?ですか、ええしますともしますとも」


 奇妙に風変りまで気にしまい。実際にチンドン屋と見まがう姿形なのは自覚している…だがお嬢さんの後に疑問符を付けた事へは、前前世が男であったから許せたが、この自慢にはしていない相応に立派な胸に対して疑問を抱く余地を言う度胸あるか?と問い詰めたい気持ちが沸々と煮えたぎるのは致し方ない。

 だがここは我慢。些細に口を滑らせれば拮抗状態で止まっている現状に、ティースプーン一杯の衝撃を加える事になる。

 養豚場の豚に向ける眼差しを湛えるマダム・アラビアータ。

 微笑みには明確な氷点下を浮かべる副支配人。

 牙を剥かず、ただ冷酷に怨敵たる獲物を見据える猟犬の様なボス・ベルナルド。

 鈍感な私でも分かる。これぞまさに黒い髭の危機一髪。下手な軽いお口は大火事の主因というヤツだぜ。


「ではでは初めまして、わたしィ會栄興(ツェン・ロンシン)。華爛系ギャング、清幇(チンパン)のロンディニオン支部を任せられるボス。主に人様の売買(うりかい)や夢心地になれるお薬などを扱っています…がブラッドジェリーは取り扱っていませんのでよろしく」

「おい、子供の手前で(ヤク)の事を口走ってんじゃあねぇぞ?」

「やや?別段わたしィは間違った内容で自己紹介をしていませんよ?主な取り扱いの品と、取り扱えない品を言ったまで。もしやボス・ベルナドルは売買契約は相手に説明せずに取り決める質で?」


 場の空気の張りつめ方がより一層強まったと、私の勘違いではないと思えるのは、渋い表情を浮かべる伯爵のおかげだろう。ボス・ベルナルドの気質は裏社会の住人と言うには、子供が関わるのを嫌う善良さが含まれている。その気質から容易に察せられる筈の事を、考慮しない。會《ツェン》と名乗った男は、遊び気分で相手の逆鱗を、地雷を触れて踏みしめる気質らしい。

 お陰様でボス・ベルナルドのご機嫌はすこぶる最悪。もはや帰り支度を始めていた身として、踵を返して退散と行きたいが放置すれば煽るのが生きがいという体裁の會が、私を山車にしてボス・ベルナルドをさらに煽り運転のように挑発するのは明白。


「気にしなくて良いさボス・ベルナルド。話題選びの厳選が出来ないやからなんて、反応するだけ無駄な労力の消費。それに話はとうに大人の時間を迎えていたんだ。子供の私はこのまま颯爽と帰るよ」


 なので適度に會を皮肉りつつ、私は帰るからもう子供云々は気にしなくても良いと、ボス・ベルナルドへ伝える。これでも空気の読める方でね、ここまでの剣呑はこれにて幕引きという流れを作って、さあ帰宅だ。

 踵を返して、入って来た側へと足を向けた。

 何より普通に眠い、だからこそ早く帰ってシャワー…は今も不可能だから立ち洗いをして寝る。夕食はもう諦めるのが最良の選択だろう。


「やや?お帰りですか?親愛の証にとわたしィのお店にでもご招待しようとお誘いを思い、極上の、夢見心地などご提供出来るとお伝えしようと思っていたのに…残念至極」

「ぶちり!」


 ぶちり、という音は感情を表現する為の擬音ではなく、実際に咥える葉巻が喰いしばる力に耐えられずに、噛み千切れた音が響いたから。憤然と立ち上がるボス・ベルナルドは、子供に危険なお薬で歓待すると口を滑らした會へ向かって歩みだそうとしていた。

 ギャングのボスが別のギャングのボスへ、その先の展開が終われば次に抗争。共存し共栄する為のお茶会を台無しにするのは、一人の淑女たる乙女としては捨て置けない。付け足すとこういう場合に、一歩動いてしまうのが時雄で、その要素を受け継ぐ私も…。


「ねえ、會栄興」

「やや?何ですか、今からわたしィの店にこられ―――」


 動いてしまう。

 さっとボス・ベルナルドを遮る形で會の前に立ち、前髪を掴んで私を仰ぎ見させる。

 戸惑いと困惑に動揺も加わった酷い面で、こちらを見やる會に、私は努めて良い笑顔を送りながら見下ろす。


「お茶会で、話題選びの出来ない男は最底辺だ。パラータから取り寄せた上等な茶葉も、本場の職人が付くりしマカロンも、添えられる話題が下品を極めれば台無しだ。フフッ、実に簡単な話だと思わないかい?」


 ぶちぶちと、前髪が毛根から離れて行く様すら、その痛みすら感じ入る事も出来ない程に、會の表情は恐怖に染め上がっていた。わずか10歳そこらの乙女へ向けるには、少々仰々しい表情ではあるが、心優しき私は粗相をした幼子に言い聞かせるように語り聞かせる。


「ナイトロードを御前に迎えるお茶会は、より一層の話題選びへ気を遣うのが礼節だ。それくらいの礼節は弁えずに馳せ参じたとか、そんな不作法は無いよね?會栄興?」

「…やや?これはわたしィのした事が、実に失礼をしたみたいで」


 前髪を犠牲にして會は私の魔の手から、後ろへ転げ落ちる様に逃れると、最初から落ち着き払っているという体裁を整えて、何とも様になった負け惜しみを口にしだす。


「さすがのわたしィも空気は読みます。本日はこの辺りでお暇をさせていただきます。それでは次のお茶会で」


 まさに百点満点の負け惜しみ、だったが…どうしようか?この前髪?

 正直に言えば貰っても困るだけの前髪だ、誰かに贈答するか、はたまた土にでも埋めていずれは分解され肥やしになるとすべきか?まあ取り合えず、頭痛薬を1瓶単位で飲み干しそうな伯爵に相談しよう。


「あんた、一応あれ程度でも武闘派だって気づいてた?暗殺の実績で成り上がった男だわさ。ナイトロードの御前でなければ、喉首をナイフで撫でられていたかもしれないわよ?」

「へえそいつは奇妙な経歴だ、私が感じる限りでは意表を突く以外にあれが武闘派を名乗るのは不可能。フフン、不能という肩書が似合う男だった、実態は事務方じゃないのかい?」

「さあね、取り合えずこれ以上お暇を先延ばしにするのは迷惑をかけるだけだわさ。帰るわよ」


 會の責任でお暇が伸びてしまったが今度こそ、私は伯爵と共にティールームを後にして常夜界(ナイトワールド)の名高きホテルにて夜を明かし、エァルランドへの帰路についた。

 それからほぼ間を置かずに念願を叶えてくれる、ヴィクター博士が渇望してやまない魔法合銀(ミスリル)が大量に納品され、後は新しい義肢が出来上がるのを待って計画を実行に移すだけとなる。

 と言えばあっという間にと次の展開へと行くのだが、残念な事に義肢は翌月には出来上がるも肝心の、足長おじさんを担う素敵な紳士の御仁の予定が絡んで、計画はだいぶ時の過ぎた後に7月の進級試験の場に手実行する段取りなった。

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