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五章【踏み潰すようなはやさで<Ⅶ>】

 客室にて給されるココアの味わいは、私という相手を前にしているので砂糖に関する節約意識は皆無。使われている牛乳への鮮度意識も高く、実に頬っぺたが蕩けて崩れ落ちる甘さ。

 所謂に甘いは正義、というヤツだ。

 血糖値?気にする必要のある年頃ではないから気にしない。


「お待たせだわさ、待ちかねたかしら?」

「いいやいいや、それどころかココアに誘惑されて、お代わりを今堪能しているところさ」


 実は三杯目だったりする。

 だが忘れて欲しくはないし思い出してほしい、今は夜も真っ盛りの時間帯で私は夕食を抜いている。蛇足を付け足すなら昼食を終えてから紅茶も口にしていない。私の魂までが生粋のアルヴィオン人だったならば耐えれない仕打ちだ。

 それを思えばココアの三杯など、幼気な乙女の仕草として許容されるべき事だ。


「あらそう、じゃあ幼気な女の子ならこの後はお行儀良くしてね。今から行くのは夜のお茶会、ロンディニオンの裏社会を代表する者達が集い共存を図る夜のお茶会。生意気は命取りだわさ…まあ好々爺がいるから余程を…しそうね、貴女」


 何とも物騒な単語、裏社会という単語が伯爵の口から飛び出してきたが、裏社会とはつまりあれか、極道だのマフィアだのギャングだのと言うのが棲息する社会の事か。一生縁遠し場所だと思っていただけに、何よりそんな住人達がナイトロードの主催するお茶会に出席する。

 予想以上に、ナイトロードの息は裏側へ浸透しているらしい。


「フフン、私とて礼節を重んじるアルヴィオン人だ。喧嘩腰の許されない相手くらい、語らずとも区別はつくさ。まあ安心してご覧あれというものだ」

「安心をさせたいならもう少し年を重ねる事ね。礼節は培った量ではなく、実践した時間によってのみ証明されるのだわさ」

「確かにそれもそ…ここでつまらない話なんだが」

「唐突ね、しかも唐突につまらない話とはなんだわさ?」

「ディラン・メイヤー…あれでオクサンフォルダ大学出なんだ。教養礼節その他の諸々を学んで実践して来たあれの礼節。初見の挨拶で商談が破談し―――」

「あれは論外の外だわさ!あれ以外!あれ以外の礼節!参考書の様な人物に囲まれてるんだから、そっちを参考にしなさい!!」


 ティールームへ向かう道中での些細な小話に、伯爵は過剰に反応したおかげで立ち止まる数多くの使用人達。まったく夜分に…いや彼等かすれば真昼間かな?そんな時間帯に大声を上げるとは…マナーがなっていないのではないか?

 とか指摘すればさらに声を上げる事疑い様も無しなので、ここは察して口のチャックを閉じておこう。

 そして一通りの小話を終える頃にティールームへと到着した。

 扉の前には衛兵と思われる色彩豊かな衣類を纏う厳つい男が二人。

 

「既に陛下は御入来しております。他の参加者も席に着いておりますので、いち早いご入室を」


 早く入って席に着けと言わんばかりに、ただし乱暴さは一切出さずに扉を開かれたので私は伯爵に連れ立って中へ。すると少し進んだ先へ蝋燭の様明かりな明かりが見える、ただ距離にして10ヤード程を少し先と表現すべきか?

 静やかな足音を響かせながら表現を迷う内に、通路を進み終え視界が開けると、そこにはナイトロードの寛ぐ寝椅子が目の前に。

 そこから円を描くように様々な、思い思いの椅子が置かれ、後ろには通ってきたのと同様な感じの通路。室内の雰囲気はまさに怪人の似合う、オペラハウスを思わせる様式。

 椅子にはそれと見合う者が座り、こちらを観察する視線を送って来ていた。

 随分と待たせてしまったのかな?ただ不機嫌そうではないし、こちらも観察させてもらおう。

 まずは時計回りに右からだが、最初の富豪が座りそうな上等にして堅実な椅子は空席。


 ついで革張りの膝掛椅子に座るは中背で恰幅が良く、真っ黒なラウンジスーツを着込み、その様相に見合う風格の老年の男性。しかして年齢から来る衰えなど感じさせない面構えは、子供なら泣き出す獰猛顔。

 咥える火を灯す直前と思われる葉巻の先端が、乱暴な切り口なのは…もしや噛み千切ったのか?


 お次は古風な服装で、こちらも老年の男性だが知的で背丈はスラリとしている。

 モノクルを嵌める事で知的さがより際立つも、どこか狡猾な雰囲気を臭わせる爬虫類の様な顔立ち。なお何故古風かというのは、立てた襟に鋭さを感じずにはいられないから。一昔前の襟は立ててるし、糊で大根すら両断できるのではないか?と思わせるくらいに固めるのが、紳士の在り方だったんだ。

 それと口ひげを生やし咥えるのはパイプ。


 その次は籐で出来た、さも裸婦画の一場面の様な椅子に座る、色の濃い肌を過度に露出させ、性的に自らを飾り立てる化粧を施した熟年の女性。しかし纏う色香はナイトロードとは別の意味で官能的で、童貞なら前屈みになるのは致し方ない。

 こちらの女性はストローの様な棒の先端に、紙巻のタバコを付けている。

 あれって確か…シガレットホルダーだったね。


 後は空席が二つ、やたらと下品さを感じずにはいられない、いやむしろ意識して下品に仕上げているのでは?という程に豪奢な椅子と、中華料理店にありそうな簡素に木の丸椅子。

 以上だ。


「さて、今日は本題を始める前にわっちの新しいお気に入りを紹介せてもらうな」

「本当に唐突過ぎるぞナイトロード、まあ俺は慣れているし、その見た目が気になるお嬢ちゃんだから教えてもらえると嬉しい」


 ナイトロードが口を開くと合わせる様に、熟年の女性は口を開く。良い感じの間でもあるし、異論を唱えるのを防ぐには丁度良い歓迎の一言だ。


「ふん、わしが言うのも何だがあまり堅気に手を出すのは感心せんぞ?嬢ちゃんもだ、相手が誰なのか分かっていない上でこの場にいるなら、すぐに帰れ」


 逆に獰猛そうな顔で、地鳴りのような声で、何やらこちらを心配する言葉を口にした獰猛顔の男性。意外に善き人か?


「良いじゃないか!僕は歓迎だよ。ナイトロードの気まぐれは何時だって楽しいからね。まあ災いか否かはお嬢さん次第だね」


 そして絶対に腹に何かよからぬ考えを煮詰めていそうな、見た目通りの爬虫類顔の男性。

 ここは万国風変りな人総結集のお茶会か?と疑問を抱いてしまいそうな、ナイトロードの発言への回答。これ以上の変人との面識は遠慮したい。


「別に手を出すつもりは…今の所はないんよ?それよりも紹介するな~この子はカーラ・ケッペルっていうんよ。ほら皆も自己紹介して」


 そこは私が喋るところなんだけど?と思いつつ、流れを妨げても空腹が増すだけだなので引き続きお口のチャックを閉じておく。


「年功序列なら若輩者から言うべきだな。俺はマダム・アラビアータ。ロンディニオンの色街、知らないだろうが蜻蛉街の元締めさ。縁は無いだろうがよろしく」


 蜻蛉街…ああ。


「知ってるさ、おこちゃまなとある男には刺激が強過ぎて、金を払うだけで逃げ帰った場所だ。後日小耳にはさんだ愚妻の奴が、盛大に怒り狂っていたから覚えているよ。何でも高級娼館しかない上流階級向けだと」

「正解だわさ、ただし正確に言うならば、国も下手に手を出せない事実上の独立自治区が蜻蛉街。高度に自治され、独自の兵力や福祉施設すらも充実させている。彼女はそこをを仕切ってる総元締めだわさ」


 そいつは大物だ。確かに裏社会の代表者が集まるお茶会…つまり残りの二人も、そして出席していない三名もまた大物という事か?今回は大人しく借りてきた子猫に徹しよう。


「次はわしだな。わしはボス・ベルナルド、アルレッキーノ・ファミリーの首領だ。そしてわしとは関わるな。あえて理由を言うのならギャングだ」


 マダム・アラビアータとは違い、突っぱねるような言い方、そしてギャング…明確な裏社会の住人。確かに関わり合いは避けるに越した事はない、が。


「まあそう言うなよボス・ベルナルド。ここで知り合ったが縁と言うじゃないか。お茶会で顔を合わせる時くらいは仲良くしようぜ?」

「あんたの肝っ玉どうなってんだわさ!?相手ギャングよ?しかもロンディニオンで最も勢力を誇りかつ、抗争では最も多くの流血を流して来た武闘派中の武闘派!お口を閉じ続けてるだわさ!!」


 性分だから仕方が無いのさ、と開き直る。

 あれだよ、私は借りてきた子猫にはなれないし、お口のチャックは常に潤滑油を差してるからすぐに開てしまうんだ。


「ふん、まあいいさ。それとナイトロード、子供が来るなら事前に言ってくれ。菓子の一つや二つは持参する」

「相変わらず好々爺やな~」

「それよりもベルナルド君、君が先に言うと僕が人間の出席者で最年長だとバレてしまうじゃないか?年若い女の子の前では何時までも好青年でいたいというのに……うぉっほん、では改めて、僕はレイモンド・アダムス。セバスチャン・ホテルの副支配人なただの善良な素敵紳士だよ」

 

 自らの率先して素敵紳士だとかいうヤツは十中八九の九割九分、胡散臭い奴。

 と私の脳裏にその一言が過る自己紹介。実際に伯爵が渋い面構え。

 ただセバスチャン・ホテルという名が一つである限り、かのアダムスと名乗る副支配人はロンディニオンでも随一の格式を誇る、時には上流階級の社交場、時には外交官の社交場にも使われる一流ホテルの副支配人という事になる。

 ならばこの場にいる理由とは?


「何が素敵紳士だわさ!この犯罪王が!カーラ、この爺さんも信用すんじゃないわよ?国際的な犯罪コンサルタント組織であるセバスチャン・ホテルの実際の支配人。つまり大事件の黒幕だわさ」

「ちょっとサン=ジェルマン君!僕の秘密をバラさないでよ!それに流儀としては小さな女の子には手を出さないし、逆に心善き頼れる素敵紳士である事にしているんだ。だからお嬢さんも、何かあれば計画を提供するよ?」


 つまり…かの有名な私立探偵が登場する小説にてラスボスを担いし、犯罪界のナポレオンの様に手を汚さずに犯罪を繰り返す男、という訳だ。確かに伯爵が私に警戒を促すのも道理だ。

 復讐、それを目的として生きるのなら飛びつきたくなるのが一般的な模範な回答だからね。


「フフッ、そいつはありがたい提案だが、私は自ら汗水を流し花を育てる事に生き甲斐を感じる質でね。他人様の助力を頼みにするのは好まない主義。一握の麦穂選びは手伝ってもらいたいけどね、その時はよろしく。副支配人?」

「良い目のお嬢さんだ。確かにナイトロードが気に入るのも分かる。いや本当に僕も気に入ったよ」


 さて、この胡散臭い御仁の紹介をもって、出席者の自己紹介は終わりという訳だ。

 残す三つの椅子はどれも空席だから後日の楽しみに取っておく事にしよう。そうなるとはてさて、残すはどういった人物なのか?こうも色濃し者達に名を連ねるのならば、相応に色物…裏社会でも屈指の巨悪というのは筆舌の必要もなく分かる事だ。

 もう一人くらいギャングはいそうな気はする。


「それじゃあ~お披露目は終わり。ここからは本当に真っ黒な語り合いだから、カーラはお家に帰ろうな~」

「そうさせてもらうよ。ねえ伯爵、帰りも送ってくれるんだよね?」

「当たり前だわさ。連れて来た後は送り届けるのが流儀、常夜界(ここ)で一晩を明かしたらエァルランドへ直帰だわさ」


 そいつはありがたい。ロンディニオン観光などするつもりはなかったし、何よりも魔法合銀(ミスリル)の目途が立ったのならば、次に起こすべき行動は既に決まっていた。直帰の後にちゃっちゃと行動に移したいから、余計にどこかへ足を運ばないのは実にありがたい。

 ただその前に、軽く空腹を満たしてやらねば胃袋の癇癪で眠るに眠れない。腹八分目では多すぎるから、話のさわり程度の量で抑えて翌朝に心行くまで。が出来る程度の量が食べられるパブで…あ、フィッシュ&チップスだけはごめんだ。


「そうなん……ごめんな~お開きは無かった事になったんよ。皆も口喧嘩だけにしてな?」

「「「……」」」


 帰り支度を始めようかと思いたると同時に、ナイトロードは背後の闇から何者かに耳打ちをされたらしく、急遽過ぎる予定の変更を口にした。ただ一瞬の間だけの僅かな表情の変化を、思いがけず私の目の端は捉えてしまう。

 それより一拍子遅れて響き始める足音。すると私が去るまでは和気あいあいという空気を保とうとしていたお三方が、同時に剣呑に沈黙をする。

 これは…面倒な事が足音を立てて近寄っているという事だ。

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