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五章【踏み潰すようなはやさで<Ⅴ>】

 馬車に揺られる事僅かな時間。流れとして目的地とする場所へ早々に到着する…したんだが、間違いのある筈もなく目的地に到着したと断言しよう。

 というのもだ、そうでなければ()()は一体なんだと言うのか?

 既に私の理解を飛び越え続けているというのに、眼前の光景はさらに理解という範囲を飛び越える、突拍子もなく現れた城館。あれは一体どういう様式なのか?と思いを巡らせてもたどり着けない、不可思議を極めた異様。

 普通は時代毎に流行する様式があり、時の権力者に相応しい在り方で城館という建築物は建てられる。戦乱の世ならば要塞としての機能を充実させ、太平の世ならば威信と威厳を醸し出す事に心血が注がれるように。

 

 ならばあの城館は?

 要塞とするには実に優美たる姿を讃えたくなるが、しかして要塞ではないと断定するには実に難攻さと不落さを演出している。だがそれ以上に私を困惑させたるは…一体どの時代の様式だというのか?という感想だ。

 誰しもが懐かしい、そう思い至るには理由がある。

 先程もどや顔で語り聞かせたが、時代毎の流行や情勢が建築物には如実に反映されるのは筆舌の必要のない事だ。そしてそれが人々の心に、懐かしき時代を思い馳せさせ哀愁を抱かせる。

 だがあれは如何に?

 古くは最初であり、今の東西のあらゆる様式に繋がり、近未来から遠未来まで繋がっていくのだろう、という感想しか言い表せない。何故ならば眼前の威容は、神話的であり古典的でありながら、現代的であり未来的でもあるのだ。

 そう言い例える以外の例えがあるのならば、実際に自分の(まなこ)で見て、やって見せて欲しいものだ。


「あれがナイトロードの城館。聞いた話では記録に残っていない、最初の文明から始まる様式だわさ。遠く東の果ての、日の出る処の皇国にも繋がっていく様式でもあるだわさ」

「にほ…秋津洲に?そいつは実に壮大かつ荒唐無稽なお話だ。まさか、アトランティスだのムーだのいう気かい?」

「さあ?ムーというのは初耳だけど、アトランティスは創作だわさ。啓発の為の物語を、後の人々が勝手に尾ひれと背びれを取り付けて本当だと勘違いしただけ…ただ、元になった当時で既に古代になった時代の話はあったそうよ」


 信じられないに信じ難い話だ。

 ムーもアトランティスも浪漫と蒙昧を履き違えた人間が、無関係な事柄を組み合わせて今も語り継ぐオカルトだ。同じ意味合いの名称であっても、ここがあっちとは違う世界であるのは理解しているが、それを本当の話だと納得するには荒唐無稽を極めている。


「だけどそうだと主張するなら、貴女のその手足の材料はどう説明付けをするのかしら?地上で、貴男(あなた)のいた世界で、同じような物があったのかしら?」

「……無かった、と負け犬の様に認めるしかないね。ああ、そうだとも地上ではあり得ないし、時雄()のいた世界にも無かった。似た様な、という遠吠えを付け足しはするが」

「自覚のある負け惜しみは可愛げがあるから気にしないわ。そう、今の世に残っている技術よりも廃れ、途絶え、忘れ去れた技術の方が圧倒的に多い。逆説的には常夜界(ここ)には今も残っている、だからこの光景、それだけだわさ」


 言い切られたが…まあ、実際に納得せざるおえない事を私ではなく時雄が知っていた。

 南米、スペイン人の侵略によって滅ぼされた文明はヨーロッパよりもずっと早く、紀元前からプラチナの加工を行っていた。が、スペイン人の蛮行によって、それらの技術の一切を余す事無く漏れる事無く根絶やしにされた。

 ならばこの世界にもそういう技術があり、あった、とするなら納得するしかない。

 だが同時に一つの疑問が付け足された。それらを理解して納得し受け入れるこのサン=ジェルマン伯爵とは如何なる人物なのか?という純然たる疑問だ。


「そうね、歩きながら説明するだわさ、まあ難しくはない事よ。ワタシ達は、サン=ジェルマン一族は人類で最初に文字を発明した一族だわさ」

「文字を?」

口伝で語り継ぐ(オーラル・ヒストリー)しかなかった遥か(いにしえ)に、今は忘れされられた王朝の歴史を未来へと、永劫に正確かつ明確に語り継ぐ為に一人の知恵者が文字を生み出した。以降、その者は記録する観測者(ウォッチャー)として歩み、それが今の世にも続く観測者(ウォッチャー)の一族、サン=ジェルマン一族へと繋がっていったのだわさ」

「…何とも、今日という日は理解に悶絶する事ばかり現れる。いきなり文字を発明した者の末裔の一族だとか……だから、ここに出入りできるのかい?」

「そうよ、ナイトロードの恩寵を授かってるの。そしてワタシ達一族は世界中にいる。アルヴィオンのサン=ジェルマン伯爵がワタシ。他にも暗視眼鏡を提供したアレマラントのサン=ジェルマン、秋津洲の聖字絵曼(サン=ジェルマン)、他にも多数」


 恐ろしい限りのネットワークだ。携帯端末機一台で世界中と繋がれる時代の前に、それに匹敵する人と人という原始的ではあるが、世界規模での繋がりを構築した一族。情報戦の重要性を国民単位で痛感した国の住民を、前前世に持つ身としては恐ろし極めるぜ。

 あと、後の世で格好の陰謀論の材料にされそうだ。

 かの|世界一有名な癖に秘密の結社フリーメーソンと似た匂いがするし。


「あら、なにその笑み?ヴィクターでもそこまで凶暴な笑みはうかべないわよ?顔の割にアーサーやチェルシー並みの凶暴性ね」

「フフン、そいつは褒め言葉としては受け取れないね。これでも乙女なんだぜ?蝶よ花よとは育てられてないが、乙女なんだぜ?」

「あら失礼、褒めてないし。それと到着したわ、出迎えもあるわね」


 伯爵の指示した方向には、門を通り過ぎ状況の入り口に辿り着くのに合わせていたのか、テールコートに身を任せた、日の光に背を向けて長らくという肌色のフットマンが扉を開けて現れる。


「お待ちしておりました、そしてよく顔向けできましたねサン=ジェルマン伯爵」

「あらいきなり失礼な人っ!こっちはナイトロードに面白い生き物を見せに来たっていうのに!」

「面白い生き物?ああ、そちらの…成程、ではご案内します。気をしっかりと持って着いて来てください、これが最後になるかもしれないお嬢さん」


 随分と慇懃無礼な会話を淡々と、抑揚のない声で言い合い終えたフットマンは手っ取り早く踵を返して歩き出す。伯爵もそれにならい、私も伯爵にならい後ろを歩き眼前の、ナイトロードが住まうという城館へ、大扉を潜って足を踏み入れる。

 入って早々に出迎えたのは薄暗闇の中で煌く、不可思議な青や赤と辛うじて表現出来る色合いの照明器具。ただオイルというには過大な光量、ガスというには臭わず、電球というには揺蕩う。

 幸いにも室内の様式はバロックやロココを感じさせてくれる、優美で伸び伸びとした曲線。豪奢でありつつも品性を保つ金装飾。多色によって染め上げられる、随分と歴史を感じさせるかかつての流行が取り入れられて調度品。

 外とは違い親しみを感じさせてくれる。

 

「そろそろ気をしっかりと保ち続ける辺りね、何があっても自らの位置を見失分ければ辿りつけるだわさ」

「気をしっかりと?意味を察しづらい言い方だがどういう意味合いなんだ…――――」


 最後まで言い終える事が出来なかったのは、文字通りの突拍子の無い事態との遭遇が原因。途中までの室内から何時の間に私は別の館へ移動したのか?と混乱させる様に、パッとテレビのチャンネルを切り替える様に、視界が変わったのだ。

 ゴシック調の石材が剥き出しにされる、上へ上へと壁伝いに伸び上がっていく長大な階段。中央に深淵へと続くようにぽっかりと空いたままの空間。地面に、階段の一段(ひとだん)に足を付けていると分かっていても、思わず手すりか目の前にる伯爵の衣服を掴んで支えにしてしまう光景に、突拍子もなく私は入り込んでいた。


「あら、だから言ったでしょう?気をしっかりと保ちなさいと。まだまだ続くわよ」


 伯爵は歩みを止める事無く階段を一段、一段、踏みしめ続ける。

 私もまた同じように上り続け、そこでふと足から感じられる感覚の変化と耳に木霊する音に変化が起こっていた事に気が付き、すると私は古代ローマを彷彿とさせる色あせた地下空間を歩いていたと思い知らされる。

 上がっていた最中の突拍子の無い変化に、私は一瞬、目が眩むような感覚を覚えたが、寸の所で耐え忍んだが…私の心情など気にも留めず世界は絶え間なく変化し続ける。

 先程の最初に歩ていた室内へ戻ったと思ったが、実際は()()を歩いていた。しかも…私は逆さまになっているという正常な感覚を保ち続けながら、地面に足を付けて歩いているという異常な感覚を持った状態で。


 円筒の中に設けられた階段を、その円筒が倒れた状態で真っ直ぐ階段を踏みしめて、グルグルと円筒を上がり続け。

 右端の扉から入り、左端の扉へ出る。

 シュールレアリズムの絵画の中を、正常な感覚と異常な感覚が螺旋階段の様に廻り続ける中を、自らの足で旅をする、永遠にも感じられる悠久の時間が進み続け、自らの存在が段々と希釈し世界へと溶け出す感覚が、そもそもわた……………………―――――。


「はっ!?……はぁ…はぁ……」

「お疲れ様だわさ。どうだったかしら?言った通りに夕食を抜いていて良かったでしょう?食べていたら今頃、あら凄惨!」

「フ…フフッ、今のは一体何だったんだい?一瞬、私が消えて行く感覚にペロリと一飲みにされそうだったんだが?」

「さあ?神話の時代に、自分の不始末で生まれた子供を外に出さない為に考案された、人の心を壊す迷路らしいわ。そこに関してはワタシではなく別のサン=ジェルマンの領分だからお手上げだわさ」

「おいおい…まあ良いさ」


 凄惨にも、どこかの少年漫画のワンシーンの様に、乙女としては最悪に近い醜態を晒さずに済んだから、これ以上の追及は止めておく程度には私にも義理人情はある。それに不意に現れたこの一等立派な扉が、目的とする場所へ到達したのだと知らしてくれているから、騒ぎ出すのは部屋の主に対して実に失敬だ。

 フットマンの、じゃれ合いは目障りという視線もあるしね。


「陛下、サン=ジェルマン伯爵が戻られました。それとお連れの方が無事に到達出来ました」


 フットマンはノックをして言葉が返ってくるのを静かに待ちわびる。

 すると…。


「ええよ、入って来て」


 と意外に可愛らしくもありながら、色っぽく穏やかな声が響いて来た。

 ナイトロードというだけあって、もっと威厳や荘厳と、相手を『俗物が!』と罵りそうな声を予想していただけに、少しだけ意表を突かれてしまったのを正直に告白しておこう。本当に予想外だった。

 などと感想を述べている内に扉は開き、何とも奇妙な甘く刺激的な匂いが漂ってくる。

 伯爵はその展開に慣れているらしく「行くだわさ」と言って先陣を切る。

 私もそれにならって部屋の中へ。


 そこは薄暗く、甘く刺激的な匂いは焚かれているお香の匂いだったらしく。部屋の奥の怪しい色合いのベールで仕切られる直前に、複数の香炉が置かれその先には、ベール越しから薄っすらと見えるのは…ゆったりと寝椅子で寛ぐ姿だった。

 こちらがその姿を確認したとように、あちらも私達が目の前にいる事に気が付き…。


「よう来たね、もっと(ちこ)うよって来てええよ」


 と手招きをする。

 隣に立っていた伯爵は私の背中を叩く。どうやら私がいの一番にベールの向こうへと行けというらしい。度胸が試されているし、そもそも用事があるのは私だ。ならここからは私が主役という訳だ。

 なので一歩踏み出しベールを越える。

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