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五章【踏み潰すようなはやさで<Ⅲ>】

 久しぶりでもないロンディニオン。

 何やら自らが与り知らぬ内に話が纏まってからの流れは実に忙しなく、最近のもっぱらが唐突な事態の急展開ばかりで、もう少し穏やかな物事の運びを期待したい私の今日の気持ちは、端的に言うならもう慣れた。

 怒涛の急展開の連続とまでは行かなくとも、唐突に新展開に何度も見舞われもすれば、誰であろうと諦めがつき、達観して流れに身を任せて場面が切り替わるのを静かに眺める心持ちになってしまう。

 件の伯爵と共に夕闇が過ぎ去り、夜闇に抱かれる帝都ロンディニオンを歩く頃合いには、逆に開き直りからの気分は心機一転の心構え。それにあまりこういう時間帯、か弱き乙女が歩くのも憚られる真夜中の帝都というのも乙で、割と楽しんでもいる。

 鬼火のように揺蕩うのはパブや住居から漏れ出す灯と、犯罪者達から居場所を奪う為に執念深く設置されたガス灯の灯。実におどろおどろしく、今にも片隅から、ナイフを持った名無しの権兵衛などが現れそうな雰囲気。

 今から吸血鬼(ヴァンパイア)のいる場所へ行こうというこの時に、実に相性の良い風景だ。


「さて、そろそろ説明の一つでもしておこうかしら、ワタシはヴィクターのように不親切でも礼儀知らずでもないし、何より女性に対しては紳士たる事を心掛ける男だし」

「そいつはありがたい、こんな真夜中の夜道を不用心に徒歩で、なんだ。何か気の紛れる話の一つでもしてもらわないと、拉致された甲斐がないぜ」

「あら本当に生意気だわさ。それに拉致だなんて物騒な表現…まあ殆ど事実だけども」


 フフン、意外にも殊勝なお心掛け。幾つか棘の利いた言い返しを期待していたが…この偉丈夫は随分と紳士的だ。アクィタニア人というのはこういう人種なのだろうか?私の知りうる限りでは、革命を越して特権階級を排してまた特権階級を生み出した連中。

 という認識だったから、ほんのちょっぴりだけ改めるのも悪くはない。だがそれと同時に気になる事の山だらけだけ。

 ヴィクター博士の工房から連れ出されてからの一連はまさに聞く暇のない怒涛。

 飛行船のお急ぎ便に乗り込み半日もせずに夕闇に染まるロンディニオンへと降り立ち、夕食を摂る事を禁じられての今現在。訪ねるべき事は、相手が紳士である事を務めていようが無遠慮に聞く必要がある。


「それじゃあ聞かせくれよ、というよりもいの一番に言うべきだと思う事だが、どこへ向かってるんだい?」

「地下鉄、場所は…まあどこでも良いだわさ。時刻さえ間違えなければ乗り遅れはしないし。それと夕食はあきらめなさいな、胃の中に物があると後々に醜態を晒すだわさ」

「…?」


 どういう意味合いなのか?これから右捻り左捻りか~ら~の逆さづくりが売りのジェットコースターに乗り込むわけでもなし。胃の中の空白が酷く不愉快なので、軽く小腹を満たす暇くらい欲しい。

 そういう視線は送ってみたものの、伯爵は危険を避ける為の速足ので届かず。

 少しくらいの悠長な構えが欲しいと思うも、帝都ロンディニオンの治安の悪さをかつて住まう世界の地方都市。懐かしき前前世の港町と同等に扱うのは、家猫とサーベルタイガーを同列に扱うのと同じ。ここは黙り込んで歩調を合わせよう。

 年の割には大柄という利点を最大の歩幅で使いこなし、速足で闇夜を歩く伯爵の隣を歩く事30分、目的とする地下鉄へと辿り着く。

 当然だが、時間を考慮して閉鎖されているのが当然なのだけど、伯爵は何の事もなく閉ざされた地下鉄のホームへと降り立つが、必然として真っ暗闇であり「ワタシの袖を掴むだわさ」と伯爵の袖だけを頼りにしなければ歩けもしない状況下。

 駅のホームと言ってはみたが、伯爵が立ち止まるからそうだと納得しているだけ。

 それとよくまあ星光も届かぬ地下で平然と歩けるものだが、もしや……。


「最新鋭の暗視眼鏡だわさ。アレマラントのサン=ジェルマンを通して仕入れておいたの」

「フフッ、私の分もという気を利かせてほしかったが…で?ここからどうやって、吸血鬼(ヴァンパイア)達の住む地へと行くんだい?まさかアブラカタブラちちんぷいとか言うと、何処かへ瞬間移動するとか?」

「何それ?地下鉄が目の前にあるなら、普通に汽車に乗って行くだわさ。今晩はお茶会の日だし、定期便が走ってる筈だからそろそろ到着するわ。それに乗って地下世界、吸血鬼(ヴァンパイア)達の住む常夜界(ナイトワールド)へ行くのよ」


 常夜界ナイトワールド


「人によっては率直に地下世界(アンダーワールド)とも言うし。場合によっては含めないのが常識の隔離地区(ゲットー)に含んで言う人もいるわ。まあそう言う人は概ね、忌まわしき戦争外相とご友人。ここ大切だから記憶しておくだわさ」


 地下世界(アンダーワールド)とも言う…そうなるならば聞いて「こうかな?」と思い描いた構図は、まるっきり当てはまりそうにない。光の欠片のない真なる暗闇の中で、伯爵と共に駅のホームにて待ちわびる私の心中は実に高揚している。

 カーラ()という人格として生を受けてから、明確に時雄()のいた世界と違う。ゲームである【転生令嬢の成り上がり】とも明確に違う。走り書きだけだった吸血鬼(ヴァンパイア)達との邂逅。

 ジェイン(あたし)からすれば御伽噺と珍獣の中間的存在との邂逅。

 おしゃまな乙女としては高揚感を覚えてしまうのは必然というものだ。

 なので「まだかな?まだかな?」とピクニックを直前とする落ち着きのない少女のように、私は汽車が眼前に現れる事を待望していると木霊する蒸気の猛り声が耳に届く。

 しかし…不可思議な事に真っ暗である。

 震える空気感は近づく汽車の存在をありありと語っているというのに、灯が全くと言って見えない。それでもけたたましくブレーキの金切り声を上げて、汽車に引っ張られし客車が目の前に立ち止まる……真っ暗で判別が出来ないのでたぶん客車だ。

 機関車が客の眼前に止まるのはうっかりのミスであり、眼前に止まるべきは客車。


「乗るだわさ。足元を気を付けて一歩大きく歩みだしなさい」

「ああそうするとも」


 臆する気持ちが無いと言うならば嘘となるが、ここで身を竦ませるのは実にか弱い。乙女ではあるが男としての要素も兼ね備える身としては、一歩目を躊躇するに値しない。壁のように思える暗闇に恐れていては、この先の人生を躊躇いだけで過ごす羽目になるのだから。

 勢いを付けず、日常の一歩目と同じように客車へと乗り込み伯爵の後ろを歩いて、たぶん座席の前についたのだろう。伯爵が歩みを止めたので私も歩みを止め、目の前の風景に普段の客車を思い描き、座る位置の見当を付けてから静かに座る。

 意外にも上等な座席らしく、ソファーのように柔らかく包容力のある座り心地。もう少し硬くて不親切な座り心地だと思っていただけに実に意外だ。


「さて、ここからもう少し掛かるし…ちょっとした問題」

「フフッ、それでは受けて立とう。さあ何時だっていいぜ?」

「ロンディニオンの地下鉄。所有者は誰でしょう?」


 地下鉄の所有者?そんな大それた権利を手にしている者は鉄道会社か、国営の、国鉄のような組織であり国と相場が決まっている。むしろ簡単すぎて問題の体をなしていないと、図に乗った物言いも回答欄に付け足しておこう。


「残念外れだわさ」

「………はい?」

「地下鉄は、いえ帝都ロンディニオン地下全体はナイトロードに所有する世界だわさ」

「地下全体が?いいや、その前に気になっていたんだがナイトロードとは何者だい?名前からして吸血鬼(ヴァンパイア)の中でも特に位の高い人物なのは予想出来るが」

夜の支配者(ナイトロード)、つまりアルヴィオンの裏側を統べる女主人にして、女帝と対等の権威を持つ尊き御方だわさ」


 とんでもなく雲上人、という訳か。


「そして貴女が今から面会するのもナイトロードだわさ。失礼は即時的に無礼打ちだから気を張っておく事ね」


 でもって私は今から、この真っ暗闇に包まれた汽車に乗って、この真っ暗闇の地下鉄を突き進んだ先にある常夜界(ナイトワールド)にて、その夜の女主人(ナイトロード)と会うのか。

 フフン、どうやら気づかぬ内に冒険小説一冊分のイベントが発生していたという訳か。 

 とりあえず初見殺しの選択肢に溢れ返っていない事だけは祈っておこう。

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