五章【踏み潰すようなはやさで<Ⅱ>】
「残念だがそれは無理だ」
ブラッドレイ夫人とシスター・ヴェロニカと仲良くに悪い企み事を話し合った後に、ヴィクター博士の工房へ足を運び、こんな丸見えの試作品ではなく、しっかりとした見栄えの試作品をちょうだいとお強請りすると、帰ってきたのは今先程の返答だった。
簡潔に無理、そう無理という返答。
正直な言葉を述べるならば随分と悠長に事を構えているのだと、呆れて残念な博士を見る目を思わずしてしまう。
「フフッ、ヴィクター博士。こいつは軍用を目指したる義肢だろう?もしや戦場には泥も、砂利も、何もない綺麗で清潔な所だと思っている人?」
「イヒヒヒッ!良くクソ生意気な事を言うクソモルモットだ、もしくは…基礎理論は前回のケーシングで証明済みだ。皮膚の感覚を再現するのは後回しにして、全体を覆うのは可能だ」
「だったら早々に形にしたらどうだい。私は待ててもブラッドレイ卿が気長に待つ保証はないんだ。むしろ良く今まで気長に待っていてくれた、という状況が目の前にあるんだぜ?」
一時の惨状に比べれるなら相当に躍進した義肢ではるものの、軍用義肢を目指す上での最大の欠点…いや欠陥。覆う事無くむき出しの中身、日常生活で些細な一幕で動作不良の原因と遭遇するのも、概ね中身が丸出しという現状が原因。
まさか細かく刻んだ人参がお邪魔しますとしただけで、動作不良を起こして分解して整備を必要する。シスター・ヴェロニカが気を利かせなければ、ブラッドレイ卿の耳に届いていたかもしれない事案も起きた。
現状のままの放置とは、つまり絞首刑台の上で執行待ちの囚人とどっこいどっこいという事だ。生きた心地がしないのは筆舌の必要も無い。
「ブラッドレイ卿の耳に届く前に揉み消せているのは奇跡の御業だ。というか察しているが致命的な事案が起こっていないから言ってこないだけで、今までの不祥事が耳に届けば一巻の終わりだぜ?」
「イヒヒヒッ!言われずとも分かっている、もしくは材料がない」
「材料がない?」
「そうだ。排熱に関して魔法合銀を主体とした部品、後は新素材に幾つかを使えば容易く解決出来るが、肝心の魔法合銀は底をついた。目当ての素材は手に入っているがな」
でその肝心で要たる魔法合銀は一つもない。
だから作れませんなどという言い訳を聞きいれるブラッドレイ卿でも夫人でもない、むしろ二人して首を切り落とす為に山姥のように刃物を研ぎ始めるのは目に見えている。そう私の首がポーンと飛んで行ってしまう未来がすぐ傍にまで来ている。
限られた手札でどうにかするようにけし掛けるか?いや臍を曲げてしまえば呑気に待った先の未来と同じ結果だ。
つまり現物を用意するしかない訳だが…そもそも魔法合銀はどこで作れらているのか?以前に廉価魔法合銀は飛行艇に使われる予定だとか聞いたから、てっきり造船所か国内の製鉄所で作られていると思っていた。
しかして新聞等には新しい飛行艇――海にや湖に着水出来る飛行船が、廉価魔法合銀を用いて作られという記事を目にした覚えがない。あれってどこで作られているんだ?
「ん?外が何だか騒がしいみたいだけど、今日は私以外の来訪はなかったと思うのだけど?」
「いや」
そういう割には扉の外から響き渡る声を前に、何とも嫌そうな表情を浮かべいるが?
ついでに言うとエドガーの「ちょっと待ってください!」という声が次第に次第と近づいてきて、比例して重厚感のある低い声が聞えて来てもいる。そして間を置かずに扉を乱暴に開け放つ音も響き。
「ヴィクター!てめぇどこにいるだわさ!!」
怒鳴り声と共に何者かが工房の中へと現れる。
見た目はそう…上等な服に身を包んだ随分と偉丈夫な男性。年齢は40だろうか?特徴的な高い鼻を持つ、美形のおじさんが泣きっ面のエドガーを引きずりながらのご登場。それと口ぶりから察すればヴィクター博士の知り合いだ。
「イヒヒヒッ!何時から地上に来ていたんだクソ傍観者、お前の担当は地下世界だろうが?もしくは左遷でもされたか?」
「おだまり!ワタシは今も昔もこれからもアルヴィオン全域を監督する責任者なのだわさ!それよりもヴィクター、あんた何て物を寄こしてくれたわね!!」
あと何やら顔に似合わないお姉口調、いや節々に散見されるだけで基本は男か?
どっちにしても二癖は必ずありそうな御仁なのは一連の会話で明々、関わり合いを持ちたくはないが、こういう場での出会いは得てして現状を打破する起爆剤になり得ることが多い。
ひとまずは第三者として観戦しておこう。
「何て物?ああ注文書か。書いた字の通りに必要量を記載した、もしくは必要最低量だからもっと寄こしてくれたも良い」
「寝てもいないのに寝言言ってんじゃなわいよ!魔法合銀は超が数十回ついても足りない貴重品!それをトン手前のキロだの…先方がへそ曲げちまっただわさ!」
「イヒヒヒッ!おいおいクソ傍観者、キロじゃ分からんポンドで言え、もしくはさっさと説得して納品しろ」
「吸血鬼が取引先だって分かってんのテメェ!?それも本拠地!ナイトロードのご温情がなけりゃあワタシはとっくにテムズ川の泥の一部だわさ!!」
ふむふむ、おやおや…今、吸血鬼という単語が耳を掠めたんだが…もしやかの噂に名高き、【転生令嬢の成り上がり】では名称が設定にあるだけで特に本編に絡んでこなかった吸血鬼?
ジェインの記憶では…信じるか信じないか貴方様次第の御伽噺と、希少性の高さから出くわさない珍獣の半々という認識であったから、実在する事にちょっとした驚きと興奮を覚えるも、話の内容から推測する限りでは年内どころか数年先の先まで、新しい義肢は期待できなさそうだいう方が重要。
しかしここで良く知らぬ今日この日に出会った相手に、事情を把握しきれていない段階で、何時もの調子で発破をかければ全てがご破算になりそうだし、さてどうしたら最良なのか?思案を巡らす……おやおや、どうした事か件の男性はこちらを見ているぞ。
「貴女…その手足…もしかしなくてもカーラ・ケッペル?」
「そうだぜ、私がカーラ・ケッペルだがそちら様はどこの何方の何者なんだい?」
思わず普段通りの返しだが、まあどうせヴィクター博士がご親切な説明をしてくれるとか期待するのは、雨が降った後に虹が出るのを期待するのと同じ運任せ。本人がいるなら直接聞き確かめた方が確実性がある。
「そうね…ワタシはアルヴィオンのサン=ジェルマン。アクィタニアの伯爵様だわさ。敬いなさいな、そして呼ぶ時は敬いを込めてサン=ジェルマン伯爵か伯爵と呼びなさい」
「フフッ、それじゃあ私を呼ぶ時は親しみを込めてカーラと呼んでくれ。ケッペルは便宜上の家名にすぎないからね。お互いに今後ともよろしく、伯爵」
サン=ジェルマン伯爵……時雄の記憶している【転生令嬢の成り上がり】には登場しない人物だ。名前も語れていないがヴィクター博士との会話からこの人物が、魔法合銀や廉価魔法合銀を仕入れてきている人らしい。
物が物だけに普通の、一般市場に流通していない物だと心の中で思っていたが、どうにも世の中の裏側当たりに行かないと手に入らない品だったようだが、さてさてどう話を好転させるか?
もう少し二人の会話を傍観する側で思案しよう。
「ヴィクター、ちょっち借りるわよこの娘っ子」
「イヒヒヒッ!良いぞ、それで魔法合銀が手に入るならいくらでも持っていけ、もしくは自分の手足の材料くらい自分で目途を立てろ。それが傲岸に不遜に要求する上での所作だ」
「ふん!それは戦法次第だわさ!ナイトロードを相手にするなら上等な土産か、余暇を潰す事に集中出来る話題、後はこの娘っ子の気質によりけりだわさ!」
おや?おやおや?おやおやおや??
何やら一息で話が纏まって一件落着して新展開のようだが…どういう事??
 




