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四章【イーストウッド卿と滑稽な復讐者<Ⅷ>】

「お嬢さん、一つ聞いてもいいかね?」

「ん?ああ、私に答えられる事で乙女の秘密に関われなければ、何でも答えるぜ?」

「君は…その傘の値段に納得は出来るかい?」

「気に入ったから欲しい、その値札などは後で知る付属品に過ぎないさ。私は値札を、買いに来た客ではないからね」

 

 あくまでも優美に、価値を知り得る目の肥えた令嬢を装い、一息に返答をした私自身のこの時の内心は?

 聞くな!問うな!尋ねるな!

 私の前世と前前世はね!そういう値段の買い物なんて、一度だってしたことがないんだぜ?何を買うにしても、1円でも安く、1ペニーでも安く、という思考をしている者にペンス単位は存在しない空間とか…思考の埒外だ!

 という感情の発露を、おくびにも出さずに言葉を返した私の胆力は、中々捨てたものじゃない。だけどこれ以上の質問は、ポロリと地金を晒してしまいそうで止して欲しい。


「そうか…だが、最近はね…原価は知れているのだから値段もそれに合わせろと、来る客来る客に言われてね。最初は相手にしてなかったんだが、どうにも……」


 こいつは…予想の範疇を越えて、ウィン=リー百貨店は本腰だ。ハーミット横町を自らのちっぽけな手の内に、握りしめるつもりだ。ならば私が口走るべき言葉は決まっている。

 


「フフッ、なら私が断言しよう。そんな審美眼の貧相な客には材料でも渡してやればいい。材料費で買えるのは材料だけ。私が欲したのは貴方が作った日傘だ、貴方という人間が積み上げ磨き上げた技術と、情熱と、信念の籠ったこの日傘だ。ならば値段は上を提示し下を尋ねるべきではない。それを尋ねるは無知蒙昧を曝け出す行為、厳に慎み恥じ入るべき行いだ」


 目の前の品を見て、材料費しか思案できない愚か者。それを作る為の技術、それを考え至る創造力、それを作り上げる情熱、それを作るに労する時間。それらをまるで勘案せずに材料費だけを口にする原価厨という害悪。

 世界が違えども阿呆はいるのだという共通性に、頭痛を覚えそうだ。

 だが…フフン、成程ね。

 イーストウッド卿がショッピングだなんて、気まぐれな事を言ったのはそういう思惑を閃いたからか。少女の無垢な言葉で甘言を囁けば、ころりと落ちるのが年配の男性だ。愛想を振り撒くのもやぶさかではない。


「胸を張るべきだぜ?今日この日まで、フェネックの傘を知らぬ令嬢が訳知り顔で言うのもあれだが、私はこの日傘との出会いに運命を感じ、ときめいた。それはきっと、ここで傘を買った多くが感じた思いだ」

「もう店をたたもうなどを考えていたが……知らぬうちに耄碌(もうろく)していた。ありがとうお嬢さん、まだまだ意地を張り、胸を張り続けるよ。そしてイーストウッドさん、お話の件、快諾させていただきます」


 イーストウッド卿は店主と固く厚い握手を交わし、男性秘書は何か書類らしき物を手渡し、そのままの流れで店の外へ。


「今日は人生で初めてになる大きな買い物だったよ。どうお礼をすればいいか?見当は付けられないが、ただ一言、ありがとう、イーストウッド卿」

「おや?カーラ、今日はと話し始めるにはまだ早いぞ、さあ次の店に行くのだよ」


 ん?んん??今、妙な言葉が耳に入って来たのだけども…どこぞの男の月収と等価以上の日傘を購入したんだ。ショッピングで許容される一日の上限額をホップしてステップして越えているぜ?今日はもうお開きだろう。


「イーストウッド卿、甘える立場でいけしゃしゃあと言うが、続きは日を改めるのはどうだろうか?こんな高価な―――」

「カーラ、私のような者には、その日傘は一般的な当たり障りのない普通の値段なのだよ。今日は少し日差しが強い、なら日傘をそこで買おう。そんな日常の一幕に過ぎない」


 ブルジョワジィイイーーーッッッ!?!?……衝撃のあまり、言語中枢がマヒしてちょっと利口さに欠ける反応してしまった。……いや、これ一般的な買い物か?これが上流階級のショッピングだって言うのかい??

 この笑顔は…真実だ、隣の男性秘書の顔も…諫める色合いは無い。


「では次に行くべき店は…革製品の、そうだな手袋などを専門とする商店だな。あそこは上等になめした革しか使わないのだよ」

「もしもしイーストウッド卿?聞いてくれてるかい?ねえ、明日にしようぜ」

「諦めてください、社長は乗り気です」


 男性秘書は『諦めろ』と、私の肩を叩く。

 それからの私は、目玉が爆発四散、心臓が四分五裂しそうなショッピングを体験する。

 時雄の知る、アラブの石油王だけがすると思っていた富豪買い。価格を聞かずに、スーパーでもやしを買い込むが如く、買い物かごにスーパーカーを放り込む様と同等の光景を、私は間近で見た。

 馬車の荷台には買い込まれた品々が載せられ、揺れ動くたびに振動で荷が壊れやしないか?と、卵を前かごに載せた自転車で疾走する心持ちで、百貨店へと向かう帰路についている。が、そろそろ気を取り直して、イーストウッド卿に幾つか尋ねるべき事を尋ねよう。


「さてイーストウッド卿、今日はショッピングを楽しませてもらったが、そろそろ私をここへ強引に連れて来た理由を教えてもらえるかい?まさかショッピングをすることが目的だった訳じゃあないんだろう?」

「ああ。事前に言えば断れれると思ったからね、強引な手段を用いたのだよ」

「ふーん、でぇ?ご用件は如何に?」


 揺れる馬車、差し込む斜陽の中で核心を問いただすように言葉を投げかけると、イーストウッド卿は真っすぐ私の目を見据えてはっきりと言う。


「カーラ、君をイーストウッド家の養女に迎え入れたいのだよ」


 以前とは違う、明確に(カーラ)へ向けられた言葉だった。私という一個人へ向けられた言葉で、その目はジェインを見てはいない。真剣な眼差しだったが、至極当然に私は…。


「フフッ、イーストウッド卿、私は一身上の都合によりその提案は固辞させてもらうよ」

「ああ、そう返すと分かっていたのだよ」


 おや?随分と呆気なく引き下がった、どうやらイーストウッド卿自身も私がその提案を受け入れないと、既に結論付けていたようだ。残念そうにしているが、どこか分かっていたという面持ちが、それを如実に語っている。


「さて、話は変わるけどイーストウッド卿、その胸中に秘めたる策略は、実を結びそうなのかい?」

「半数は返答を貰った、残り半数も後から来るだろう。しかしよく分かったくれたのだよ。カーラがべた褒めをしてくれたおかげで、店主達を口説く事が出来た」

「フフン、そうでなければ、私をショッピングに連れ回す必要は無いからね。無垢なる子供の称賛に、打算も、計算も含まれないと思うのが世間様の認識。真摯に受け止めてくれていたぜ」


 清々しく、邪悪さを感じられない悪い微笑みをイーストウッド卿は浮かべる。先程の人の好さは残しつつだが、私は別段、意外性を感じてはいない。

 魑魅魍魎が跋扈するロンディニオンで、高級百貨店を経営するなんてのは、一種の覇業だ。権謀術数の心得なくては、パブにも入れない。至極真っ当な一面を垣間見たに過ぎない。だからこそ私は何時ものように微笑み返す。


「アッハハハハ!いいね、反吐の出そうな言葉を並べ立てた甲斐があったぜ。それでは次に何をする予定なんだい?」

「カーラならどうするのだね?」

「そんなの決まっているじゃないか、見本市、大見本市だ。確か画廊があったよね?そこで大、大、大々々的にやれば賑やかに、広く響き渡ると思うぜ?」

「それは良き考えなのだよ、では早々に準備に取り掛かろう。君、帰ったらすぐに会議を開くぞ」

「はい社長」


 ノリノリだね、この方々は…だが、理解は出来る。

 やれたい放題にやられたいたから、丁度良過ぎる鬱憤晴らしになる。私自身もウィン=リー百貨店に痛打を浴びせられるのだから乗り気だ。しかして、奇縁を感じずにはいられない、まさか私がこういう風にイーストウッド夫妻に関わり合いを持つ事になったのは。

 合わさる事の無い道だと思っていただけに、(えにし)を感じすにはいられない。

 フフッ、ならちょっぴり利用させてもらおう。


「ねえイーストウッド卿、ちょっとしたお願いがあるんだけど?まあ、実態はちょっとと言うにはまるでちょっとじゃない、割とかなり図々しいお願いなのだけど?」

「何なのだね?言ってみると良いのだよ」


 それではお言葉に甘えて、私は予てからの懸案事項を解決する為のお願いを、イーストウッド卿に口にした。


「うぅむ…まあ、問題はない、任せておけ。但しその代わりとして、見本市を開く為に方々を共に走り回ってもらうのだよ」

「いいぜ、人脈を広げるには絶好の機会だしね」


 これで懸案事項の一つは解決という事になる。残すは自力が二つと他力が一つ。

 しかして今は忙しくなる日々を楽しむのに専念しよう。

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