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四章【イーストウッド卿と滑稽な復讐者<Ⅵ>】

「イーストウッド卿、二、三くらい質問があるんだけど?」

「ん?ああ、どんな質問なのだね?」

「一つ、その蒸留所は、些細な事を含めて経営面で困っていたのかい?」

「経営面で?いいや、むしろ我が百貨店と取引を始めた事で方々から声がかかり、先行きは上々。日々は嬉しい悲鳴に満ちていたのだよ」

「ふーん、じゃあ次の質問。もしや、その蒸留所はお金を借りる相手、融資をしてくれる銀行を鞍替えした?」

「っ!?ああ、たぶん…他のウィン=リー百貨店向けの商品を製造し始めた会社は、軒並みロンディニオン銀行からの融資を受けれれるようになった」


 ああ、百発百中でキャスリンが裏にいる。

 ウェスト&ウェスト蒸留所が態々、自分達が積み上げたものを全て瓦解させてまで、ウィン=リー百貨店向けの商品を製造する。すると摩訶不思議!明確に経営が悪化するであろう会社に、大銀行が融資を始める!

 不良債権になりかねない会社に!

 それも一社ではなく複数社。健全な思考からは絶対に首を縦に触れない案件だのに!なんとロンディニオン銀行が融資を行う、普通に異常性を感じる。現総裁たるヴィンセント・フロスト・メイヤーが知れば、お冠の事態が現在進行形。

 確証は、たぶんイーストウッド卿の次に口にする言葉で確信が得られる。 


「それと、理由は分からないが、どうも以前取引していた銀行は急に、強引な融資の全額回収を始めたらしくてね。そこへ…信じられぬ事にディラン・メイヤー氏が各会社に融資を持ち掛けたらしい、悪名で名高いディラン・メイヤー氏が」


 ほらね!

 ディランにそんな知能も知性も知恵も英知も才能もない、なら主犯を担うはキャスリン以外に誰がいる?誰もいない。協力者は、ヴィンセント氏を疎む本家とそこに近い分家の方々、当然だが彼等はヴィセント氏にお灸を据えられた面々だから主犯は無理。

 じゃあキャスリン一択!

 ただ、どうやって他の銀行を操ったのかは知らないし、推理のしようもない。何せ私は、現在のあいつの中身がどこの誰で?どこそこの何者なのかを知らない。唯一の知るのは私と同じ視点、この世界をゲームと同質の世界だと認識しているという事だけ。

 だから奴が裏で糸を引いている以外はさっぱり分からない。


「露骨に、今までそういった商品を作っていない会社が、廉価品よりも劣る商品を作られては、客層の関係からうちでは取り扱えなくなる。扱えばこちらの品位も堕ちる。そうなれば、客足が途絶えてしまうのだよ」

「成程ね、それはそれは死活問題だ。世間様からの見栄えが気になる上流階級には、腐っても鯛だとしても腐っているなら戸棚へお帰り下さいだろうしね。で、対策は?先回りをしようとかは?」

「それも考えて奔走しているが、次にどこが狙われるか、予想が出来ないのだよ」


 予想ね……理論立てて考えるならば、どうしてその心境に至ったかは予想も出来ないが、たぶん融資の回収の対象に選んだ理由になら、次なる標的ならば予想が出来る。ただし、的確な情報さえあれば。

 それをイーストウッド卿は持っているか?そこが問題だ。


「ねえイーストウッド卿、何か、噂話とか収拾する趣味はあったりする?」

「噂話?……ああ!確か、従業員へ定期的に、巷で語られている噂話などを箇条書きにして提出してもらっている筈だ。流行とは人々の口々から始まるというのが、曽祖父の考えでね、今も守っているのだよ」

「そいつはありがたい、フフン、ならそれさえあれば、次に狙われそうな場所を当てずっぽう気味だが、予想はできると思うぜ?」

「まあまあ!どうしてなのカーラちゃん?普通は予想のしようのない事なのよ?」

「いいやいいや、簡潔だぜ?融資の回収を思い立ったなら、まずはどうする?いずれは不良債権になりかねない場所からだろう?例えば、耳聞こえの悪い所とか」


 私の答えに男性秘書を含める四人の顔が「はっ!?」という驚きに染まる。いや、そこまで難しいかい?難しくはないと思うが、いや人間は常に追いつめられると思考が鈍るし、相手が論理的に動かない場合は、論理的な面々には予想外になる、という事なのだろうね。


「銀行家の心境も、事情も、私には想像もできないが、融資の回収を行う立場に立ったならここにいる誰でも想像が出来る、想像が出来たならば次なる標的も予想できる。悪い噂が流れる場所から回収を始め、払えない、となった会社を選りすぐんで、悪魔は話を持ち掛けているに決まっているからね」

「成程、君、資材課に問い合わせて明日までに資料を…そうだな、会議室に運び込むように伝えてくれ。噂話を集めた物とそれと分かる限りの、うちで取引をしている会社や銀行の経営状況、他にもロンディニオン中の老舗や店々もだ!」

「「はい!」」


 秘書の男性を含めて、部屋の様子を伺いに来た従業員も含めて一斉に走り出す。

 その後はイーストウッド卿がロンディニオンに所有する別宅へと向かい、そこに宿泊する事になった。色々と動くのは明日から、という訳だ。



♦♦♦♦



 翌朝。

 かび臭くないベット、自分の体格に合わぬ小柄なベット、そういった不便さの感じずに眠りにつくという、心地よい体験を終えたばかりの、健やかな早朝を迎えた私を出迎えた朝食は、お皿を埋め尽くしても飽き足らず、さらに並ぶ料理の数々。

 つまりフル・ブレッグファースト!

 『選定の家』での朝食は、一般の労働者階級の朝食と比較するならば豪勢な、中産階級ならば質素な朝食。育ち盛りの乙女には物足りなさを覚えていただけに、感激を抱かずにはいられない!

 そんな充足感に満ち溢れる朝の一時を終えてから、私はイーストウッド百貨店の会議室にて、山のように積み上げられた数々の資料とご対面をしている。年齢の割には背の高い私が、椅子に座れば見えなくなってしまう程の高さにまでだ。


「カーラ、その…手分けをした方が良いのではないのかね?この量だ、読み切るのに何日かかるか……」

「フフッ、問題ないぜイーストウッド卿、理由は自慢にならない事だから尋ねて欲しくないが、速読には自信があるんだ。それに近々の情勢に絞れば、早々に行き当たると思うよ」


 と、イーストウッド卿に見得を切って、私は一つの束に纏められた数々の資料を片っ端から読み進める。が、それにしても良くここまで耳年増になれるものだ、普通なら屁も出ないと切り捨てる、四方山話まで、しっかりと書き留められている。

 

「社長、この少女は一体?任せてよろしいので?」

「問題ない、問題はないのだよ!」

「しかし、大切な資料でもありますし、中には部外秘も……」

「まあまあ、カーラちゃんが信用できないの?大丈夫、お口は堅い子なのよ」


 何々、イーストエンドで真っ白な肌で目の充血した人間が良くあらわれる?うん、関係ないね!銀製の茶こしは亜鉛中毒になるという評判、医学書を読めやい!他に他にも色々と、あまり笑かすなよ、という噂話が数多あるね。

 だがしかし、お陰様で、あっさりとお目当てに辿り着いた。


「イーストウッド卿、ハーミット横町の各店々の経営状況に関する資料、及びそことお付き合いをしている銀行の現状。たぶん、幾つかの店が大わらわだ」

「ハーミット横町?待て待て、待つのだよカーラ。あそこの店はどの百貨店にも商品を卸していない、いや卸せない程の小規模な商店ばかりだ。狙われたりは……」

「社長、どうやら大当たりです。最近の調査資料には、フェネックという傘の専門店がいくつもの銀行に融資の申し込みを行っているようです。ただほとんどが断られてているようで」

「「「……」」」


 ヒソヒソと、話し合いをしていた人達も顔を見合わせて私を見合う。

 一応、ジェインは実家からの自立を目指して、時雄は自らの置かれた環境から抜け出す為に、努力と努力の日々を積み上げて来た。けっこう、能力は高いと自負はある。まあさすがに熟達の経営者達には負けるが、君達にはない視点を持っていると思うぜ?


「さて、ここからはイーストウッド卿次第だ。私のお役目は御免となるから、『選定の家』に戻らしてもらうよ。呼ばれた要件は…またいずれで」


 椅子から立ち上がって、この要領で後はよろしく、と立ち去ろうとしたのだけど……立ち塞がりしイーストウッド夫人の表情が『逃がさないわよ』という笑顔なのはなぜ?


「カーラ、ちょっと買い物に行こう。ただしその前に着替えなのだよ。その恰好はダメだ」

「なら私に任せて、おばさんだけど最近の流行には聡いのよ。さあカーラちゃん、ちょっと着替えに行きましょう」

「いや私は帰りたいんだが、それとこの格好は義肢の駆動に最適なハーフパンツ、半袖のブラウス、ウェストコートの三つ揃えなんだけど?」

「ダメよ!全然可愛くないわ!!年頃の女の子ならもっと服装に気を使わないとダメ、さあカーラちゃん、おばさんに全部委ねなさい」

「いや、そもそもね?私みたいなのが可愛さを求めるとか、需要ないぜ?」

「可愛いは多種多様にして千差万別、知的で可愛い、大人びて可愛い、等々々!カーラちゃんにはカーラちゃんこその可愛さがあるのよ!」


 いやそんな熱弁されても!

 こんな背高のっぽが似合う服とか、ジェインの時だって窮屈さを感じない服には限りがあったし、何より!時雄の部分がちょーっとだけ抵抗感を覚えているし、ねえ?またの今度の機会とか、ダメ?と目で訴える。

 されど、イーストウッド夫人は私の視線での訴えを「絶対にダメ、認めません」という視線で返し、観念しなさいという意味合いと、着せ替え人形で遊び始める少女の無邪気さを醸し出す笑顔を貼り付かせて、私の肩に手を置いた。

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