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四章【イーストウッド卿と滑稽な復讐者<Ⅴ>】

 辺りが薄暗く染まる中、定刻を厳守するように、私はロンディニオンでも随一の規模を誇る、大百貨店の中の大百貨店。近場のウィン=リー百貨店と明確に、格が違うという威容を誇る、イーストウッド百貨店へと辿り着いた。

 護衛を務めていた二人は女中と共に本日宿泊する、イーストウッド家がロンディニオンの高級住宅街に所有する、別宅へと向かい、今はイーストウッド夫人と私の二人きりだ。

 眼前の百貨店は、見上げれば首がもげそうになる高さと見下ろせば気を失いそうな高さ。

 最上階にはちょっとしたテーマパークまであるという豪華さと、白亜の城という感想を抱く絢爛さ。と、同時に全体の輪郭はまさに、蒸気が吹き荒れ、蒸気吹き荒ぶロンディニオンにこそ相応しいという風格。

 ガス灯の揺蕩う群光(ぐんこう)に照らされる様は、幻想的でもあり神秘的でもある。

 そして内部は言うと宝石箱の中を彷彿とさせた。

 左を向き、右を向き、前も、後ろも、全方位に取り揃えられる蠱惑的な商品の数々、百貨店を『退廃の園』などと言い例える記事を読んだことは何度もあるが、こうも魅了される品々に溢れかえれば、道徳心がお出掛けをしてしまうだろうね。

 百貨店と窃盗癖の関係性を声高に語る医学書が、何かと頻繁に出版されるのも分かる。

 イーストウッド夫人の後ろを歩きながら、ジェインの知る兎にも角にも、安さを優先する煩雑さに塗れた、狭苦しくて、まるで一昔前のコルセットのような有様だったから。敷居が変われば、これ程の驚愕に襲われるとか思いもよらなかった。

 何せ照明器具に白熱電球!ウィン=リー百貨店は鯨油ランプだったぜ。

 

 遠くから見つめる事も叶わなかった、多くの下層に位置する紳士淑女が憧れるしかない、名高きイーストウッド百貨店の内部を、この目で見て歩けるという事実に感激を覚えつつ、私はイーストウッド夫人の後ろを歩き。

 昇降機に乗り込み、そこからさらに従業員専用と書かれた昇降機に乗り換え、挙句に隠し扉を彷彿とさせる従業員用入り口を通って、さらなる上の階へと行き、すれ違う従業員へ軽く挨拶を交わして行きつく社長室の扉の前。

 来賓も意識しての職人仕上げの扉をイーストウッド夫人が叩くと、中からイーストウッド卿とは違う男性の声が、来訪者に名乗る様に促し「遅くなったけど、今到着したわ」とイーストウッド夫人が返事をすると扉が自然に開く。


「遅くはないさ。書類仕事を終えて一息を付ける所だから、とても良い時なのだよ」

「そう、でもまだ本調子じゃないんだから、あまり無理をしないでね?」

「分かっているよ。あ、君、ココアを人数分頼むよ、お菓子は…夕食を考えれば……」

「控えた方がよろしいですよ社長。ではココアを三つご用意します。」


 出迎えるイーストウッド夫人は、愛しの妻を労いつつ、隣に控える男性秘書に、私を含めた分のココア!いいねココア、甘味(かんみ)甘味(あまみ)は疲れた体に丁度よい。

 エァルランドから軽い長旅だったから、心底とまではいかないが疲れてはいる。

 触れた事の無い上質な革張りの、むしろ尻を置くとか普通は末恐ろしくて出来もしないソファーに腰を掛けて、今か今かとココアを待ちつつ、私は対面に座るイーストウッド卿へ早々に疑問を投げかける。


「ココアを待つ間の小話だけどイーストウッド卿、私をここへ拉致した理由をお尋ねしても?」

「拉致とは…少し物騒な言い方だ、そういう企みではなかったのだが…取りあえずココアを飲んで一息を付けてからだなのだよ」


 と、やはり人の好い笑顔でお茶を濁らされる。

 だがまあ、空気を読んだタイミングで銀製のトレイを携えて戻って来た男性秘書の、その盤上に見える、採食の施された白磁のティーカップを満たす、魅惑な香りを漂わせるココアを優先しよう。

 適温に冷まされ、適温を保つココア。

 その味とは?一言、ココアって良い物、だ。

 ジェインの知るココアは、端的に泥水の親類だった。使う材料は粗悪品、作る使用人は見様見真似。出来上がる物が、飲み物の形を成しているだけでも奇跡という酷い有様で、時雄の知るココアとは似ても似つきようがなかった。

 なのでようやく本物のココアに巡り合え、一息を付けることが出来た。

 なので…。


「気の短い奴と思われてしまうが、本題へ移らせてもらえるかい?」

「構わないよ、事前に伝えると口頭で断られると思ってね。なので少し強引にさせてもらった…」


 フフッ、少し強引とは…少しと強引に対して、双方で食い違うがあるようだが、まあ今は至高の端に置いて。若干、口籠り気味なイーストウッド卿が次に口遊む言葉に、どう返答するか?今はそれに集中するとしよう。

 さて、蛇が出るか?それとも、蛇が出てくれるか!


「迂遠な言い方はよそう、カーラ、君を――――」

「社長!!!!!」

「何なのだね!?今は大切な話の最中なのだよ!」


 意を決して口を開くと同時に……あーあ、如何にも職人の手仕事による見事な一本の扉が、さもコントのワンシーンのように、扉ってそういう風に壊れるんだ!と感激を覚えてしまう形で、慌てふためく従業員の若い男と共に地面に倒れ込んだ。

 あまりの急展開の出現と、意を決した緊張の中だったイーストウッド卿は、裏返った声で、突入して来た者へ向かって、半ばてんぱった雰囲気で怒りを露にする。


「た、大変なんです!」

「今の君の状況よりもか!?血が出てるぞ!誰か!救急箱を持って来て!」

「それよりも!ウェスト&ウェスト蒸留所がウィン=リー百貨店向けの商品を作ってしました!」

「ま、まさか…粗悪なジンを?」

「はい、品質を検めた者から、酷い有様の、評判の悪いパブで給される、出所不明のホットジンにも劣らない品質だったと……」

「なんてことだ、もう取り扱えくなってしまうのだよ。確か在庫は少量だったな?話が広まる前に、不本意だが値下げをして売り切ろう……」


 んん?今、苛立ちとか、苛立ちを感じる名称が耳に届いたが…いや、今は落ち込むイーストウッド卿と、名前の知らぬ暴れん坊な従業員が、揃って真っ暗な顔をしている理由が気になる。

 話を察する限り、ウェスト&ウェストというたぶん、ジンを製造する、巷で不道徳の酒と言われる、ジンを製造する物好きな蒸留所が、低品質で値段の安さにこだわったジンを作ってしまったという事なのだろうが、どこに問題があるのだろうか?

 二人に…尋ねても返事が期待できないから、夫人に尋ねよう。


「ねえイーストウッド夫人、どうしてあの二人は落ち込んでるんだい?」

「まあ当然の疑問よね~カーラちゃんの中のジンの印象は?」

「不道徳の酒だろ?一杯でたった3ペンスのホットジンは、中産階級からも蛇蝎の如く忌避される酒。私でもそのくらいは知っているさ」

「でもね、最近は大手の蒸留所が、品質に気を使って、労働者が飲むだけの安酒ではなく、上流階級も窘めるお酒になり始めてるの。それで、うちでもいくつか取り扱いを始めた矢先。つまり出だしで躓いてしまったわけなの、大変よね~」


 いやいやいや、それは他人事ですよオホホっと笑う所じゃないよね?

 そりゃあ二人が、絶望の崖っぷちに立ってしまいましたという顔になって然るべき…だが、それはとっっても妙な話だ。不道徳の酒という悪い印象ばかりの酒が、上流階級にも受け入れられ始めたご時世に、その悪い紙札をさらに張り付ける必要はあるのか?

 無い、むしろ意地でも貼らない、貼らせてなるものか!となるのが必定。

 しかもウィン=リー百貨店向けと来たら……フフッ、臭うね。

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