四章【イーストウッド卿と滑稽な復讐者<Ⅳ>】
それから数日後程して、イーストウッド卿は復帰した。
各紙、大々的に、センセーショナルに報じていたが、それ以上に目を引き、私へ苛立ちを覚えさせるのは言うまでもなく、言わせないでも欲しいウィン=リー百貨店の躍進!実に腹立たしいものだ!!
今までは高根の花と背を向け、羨望の眼差しを送る敷居にも立てなかった高級なブランド品。その廉価品を大量に、格安で、かつ大量に入荷して叩き売る。その煽りで他の百貨店も値下げ競争に参入させられて、嗚呼、悲しきかな?
仕入れ値の違いは業績に如実に表れて、赤字に慄く他の百貨店と、黒字をさらに黒く塗りつぶすウィン=リー百貨店、腹正しいとも!お臍で牛乳を温めて、茶葉を煮込んでミルクティーを作れるくらい腹立たしい!
とまあ、心穏やかではいられない私の今日この頃。
何をしていますか?と尋ねられれば……拉致された。
いや冗談とか、ここから何かかーらーのー?とか、と見せかけてとかそういう些末事なく、純粋に拉致された。修道院が定期的に行っている炊き出しの場で、突風のように現れた車に、手早く荷物を積み込むように後ろの座席に放り込まれた。
ただ誘拐はされていない、前以てブラッドレイ夫人やシスター・ヴェロニカには、話を通しているだろう。
なにせ実行犯が……。
「カーラちゃんは飛行船に乗るのが初めてよね?なら、私に任せて!何度も乗っているから、もう玄人なのよ」
「いやいや、イーストウッド夫人?何かと言いたい事、聞きたい事、怒りたい事などがアルプスの頂に至る程にあるんだが、まずは一言、何してくれてんの?」
「まあまあ、見て!驚いたわ、まさかアレマラント製の飛行船が導入されていたなんて!煩わしい外装は取り払っても分かるわ、間違いなくアレマラントで建造された船よ」
道すがらから、何一つとして私の言葉に耳を傾けてくれない、イーストウッド夫人だからだ。
そんな私は、ドゥブリンにある飛行船の発着場で、両腕を縛られた状態でベンチに座らされている。近場には護衛と思わしき男性二名と女中が一名、それとこちらを何事かと訝しむ利用客数多。
主犯のイーストウッド夫人は停泊している飛行船の、姿形がアルヴィオンで建造された物として明らかに異なる点を見つけて、アレマラント製だと確信して少女のように興奮している。両腕を縛られていなかったら、私だって興奮して見ているんだけども。
私が現在いる発着場は、エァルランドの首都ドゥブリンから、6マイルと少し離れた場所にあり、空港に類するものだが、どちらかと言えば船の停泊地に近い雰囲気でもある。
飛行機ならば?当然だが着陸する場所と離陸する場所を兼ね備える、長い長い滑走路が必要だがここにはない、代わりと地上から約49フィートの高さまで聳え立つ、鉄筋とガラスと、時折コンクリートな駅のホームのような巨大格納庫。
SF映画の、宇宙船や戦艦の停泊する宇宙港を感じさせる事のある発着場には、イーストウッド夫人を興奮させている飛行船が何隻も停泊しているのだが、時雄が思い浮かべるヘリウムか、水素を充満する気球の凄い版ではなく、鉄と鉄で覆われた帆船のフリゲートを思わせる風貌、それがこの世界における飛行船だ。
上下に備える船橋が無ければ、大海原を渡る船に見えなくもないが、船尾や船舷に鎮座する二重、三重、四重のプロペラが明確な自己主張をし、着実に目に映るので早々に飛行船だと認識できる。。
ただ、イーストウッド夫人が指し示す飛行船だけは、明確に船とは思わせない。
サメを感じさせる輪郭に、プロペラの見当たらない在り方、何よりも絢爛豪華とするには、過剰を極めた装飾。停泊する他の飛行船もそれなりに、外観の見栄えには気を払っているが、到底足元にも及ばない、むしろ及びたくもない威容を放っている。
「ちなみにねカーラちゃん、あんな豪奢は重くなるだけで見栄え以外の優位性は無いのだけど、あれだけの着飾れる浮力、速力の証明にはなるの。だからグラーフ・ツェッペリン号から続けるアレマラント製のプロペラ不在と並ぶ伝統なのよね」
「グラーフ・ツェッペリン…確か目の前と違って、フリゲートの名残りが強かったあれか。かつてのジェインが、ロンディニオン橋にて見上げていたので覚えているよ。忘れられない、目に痛い豪奢っぷりだった」
それから十数分した後に、絢爛豪華の行き過ぎた方ではなく、相応に豪奢ではあるが近場の光景に見栄え負けし、摩訶不思議と貞淑たる淑女が如き、アルヴィオンで建造された飛行船へと乗り込む。
流石に社長夫人が乗り込むのだから、それなりに大きい、しかし船内はお互いの譲り合いと気遣いによって、通路を迂遠なく歩く必要があり、成人男性2名、成人女性2名、10歳以下の少女一名の団体なんぞ、通路を塞ぐ要因になってしまう。
出歩けばまさに邪魔。
なので早々に客室へと引きこもり、隣の客室に護衛の男性が二人。
こちらの客室には、私、イーストウッド夫人、女中、の私のだったが、一息を付く為に必要なお茶を求めて、女中は食堂室へと向かい現在は私とイーストウッド夫人の二名だけ。流れ的にはお茶が来てからというのが、まあ多少なれどの気遣い。
しかしこちらは、忘れてはいけない拉致された身の上、慇懃無礼は暗黙の了解として、早々に質問を投げかけよう。
「さてイーストウッド夫人、尊敬語抜きでズバリと聞くが、私を拉致した目的は如何に?」
「そうね…百貨店についてからお楽しみ、今は初めてのお空の旅を楽しむのが先決よ」
つまりは主犯はもう一人、自身は主犯であるが共犯でもある。そうなるともう一人は、熟考の必要性もなくイーストウッド卿。だが動機は分からない、分からないが取りあえずお茶が、紅茶が来るのを待ちわびよう。
個人的にはコーヒーかほうじ茶を所望したい、アルヴィオンと言えば紅茶と思われがちだが、コーヒーもまた盛んだ。喫茶店でコーヒーを片手に新聞を読むのが、一大ムーブメントな時代もあったのだ。
ただしほうじ茶は無理だ。
秋津洲と同盟関係にあり、かの国より来たりし移民はチラホラといるが、緑茶抹茶ほうじ茶は、遠い遠い我らの子孫が、嗜むようになることを期待するしかないのが現状、今この時は、つまり紅茶の一択しかない。
「それじゃあ話題を変える質問を二つ、到着予定とする時刻は?それとまだまだ早いが昼食は何を期待したら?」
「到着予定は…上手に風に乗れたら今日の夕刻ね。お料理は…カーラちゃん、国営汽船で一番美味しい料理は何だと思う?」
「一番美味しい?国営だろ……」
フフン、そりゃあ国営なら多くが美味しいだろうに。日本の国会議員が数千円の絶品カレーライスを食べられる、英国大使館は料理をネットで紹介している。何より国営は国家の威信を含む。
ならばチップバティ―……いやこれは私個人の願望だ。海外からのお客人を招く事も勘案すると、サンデーローストで同じみなローストビーフ、ポークもあるし、若草を食む時期じゃないからラムは期待しない。エァルランド名物の黒ビールのシチューも、独特な風味が癖になるから、名物として並んでいても不可思議な事ではない。
「涎を流している所への答えは…トースト・サンドイッチ」
「………じゅる……フフッ、どうやら疲れれて耳が遠い異国へ旅立っていたようだ。あれだろ?有名な、帝室御用達を冠するベーコンを果敢に用いるベーコンバティとか……」
「よく聞いてね、トースト・サンドイッチ」
「嘘だと言ってくれ!!」
信じれない、だがイーストウッド夫人の悲哀に満ちる真剣な眼差しは、それが変え難き現実だと如実に語っている。
信じれないぜ、まさか極地の料理下手や、使用人に全てを委ねる上流階級のご令嬢にご婦人でも、苦難の末に作れ至るバターを塗って塩コショウを振ったパン二枚で、焼きしパンを挟みたもうた。
最も安上がりな料理が、一番美味な食事。
私は頬を抓り、走る痛みに絶望を抱かずにはいられなかった。
ロンディニオンに着いた、チップバティ―が食べたいな……。




